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沖縄旅行記録その1

2018-02-12 16:12:00 |
1月16日から23日の8日間、同級生のNEKOと沖縄を旅して来ました。
帰京が大雪の翌日、その数日後には寒波に耐え切れず家の2階の水道管破裂というアクシデントがあったり、2月4日には大和市生涯学習センター祭コンサートでリハーサルも含め延べ3日通ったこともあり、すっかり更新が遅くなったけど、自分メモのために記録をアップしておきます。

今回の旅はこの2年間高江と辺野古の抗議行動に何度か通ったNEKOが、南部には行ったことがないので一緒に回ろう、後半は辺野古にも一緒にという企画を立ててくれたもので、リゾートではなく初日から3泊は那覇国際通りに近いゲストハウス・リトルアジア。
2フロアに個室とドミトリーが何室もある宿で、私たちが泊まったのは1室に2段ベッドが6台入っているドミトリー。
固いベッドに3泊するのは辛そうと思ったんだけど、案外と慣れるもんで腰が痛くなることもなく思いのほか快適に過ごせました。
1泊1000円で破格の安さだし、スタッフもフレンドリーで館内は清潔に保たれ、ゲストハウスも悪くないなと思った。
初日の夜は国際通りの観光案内所でゲットした「るるぶFREE」で見つけた「沖縄居酒屋すん」にて、泡盛の残波を飲みながら深夜まで語り合い、帰りにコンビニで残波のシークワーサー割も買って宿のリビングで追加飲み。
翌日は小雨模様だったけどまずはモーニング食べられるカフェにと国際通りを歩いたら、10時前には空いている喫茶店が見当たらず県庁前のA&Wに入りました。
せっかくなので、ハンバーガーと共に初めてのルートビアを体験しましたが、あま~い飲み物でした、ドクターペッパーとかに近い感じかな。
お代わり自由というのが、ウケます・・・私らには1杯で十分だけど。
その後ゆいレールで儀保駅まで行き、ぶらぶら徒歩で首里城へ。



門の前の建物では丁度伝統舞踊のステージがあったのでそれをゆっくり観てから、内部を見学。
タクシーで一旦戻ってから、午後は宿から徒歩10分ほどの「りっかりっか湯」に行ってのんびりと湯につかりまして、その後牧志公設市場周辺を散策して夕方から焼き鳥など。
3日目からはレンタカーを予約していたので、赤嶺に取りに行ってから南部へ。
斎場御嶽のあと道の駅で沖縄そばのお昼を食べ、それから平和の礎、平和祈念資料館、魂魄の塔を回ってきた。






前回友人と行った時には観光タクシーを使い、このほかにもひめゆりの塔にも行きましたが、それだとかなり駆け足で巡る形なので、今回は平和祈念資料館を時間をかけてゆっくり見学できたのが良かった。
出発前の天気予報では晴れが続くはずが、着いてから雨模様になってしまったけど、この日はラッキーなことに降られずに済み、滑りやすい石畳を上り下りする斎場御嶽も歩けて幸いだった。
この日はやはり公設市場周辺の飲み屋を色々探したのだけど、喫煙者の私たち2名がくつろげる店が見つからず、結局初日と同じ「すん」に行った。
続けて行ってもダブらないくらいメニューが豊富だし、居心地良かったです。



4日目、リトルアジアにリフォーム工事が入って朝から職人さんが来るから、その時間には出発して雨の中のドライブで読谷村へ。
宿泊は平和運動家の知花昌一さんのお宅の民宿「何我舎」(ぬーがやー)。
早々と午前10時過ぎには着いてしまって、テラスでコーヒーを頂き一服させてもらってから、チビチリガマにお参り。


<ガマの入り口手前に金城さんの書いた歌碑がある>



<シムクガマに下りる途中の森>

その後シムクガマを見学し、JAのフードコートでお昼にタコライスを食べてから役場で「チビチリガマ世代を結ぶ平和の像」再建完了時の記念パンフのコピーを頂く。
そこから読谷村歴史民俗資料館に向かうもリニューアル工事中で休館だったため、雨の中、残波岬にドライブ。
岬に近づくにつれ小雨が暴風雨になり、車から数分出ただけで傘が壊れそうな風にあおられ散歩は断念。
その後近くに住んでおられる彫刻家の金城実さんの自宅兼ギャラリーを訪ね、お留守だったけどお庭の作品を見学させて頂きました。


<金城さんのお庭>

そしてスーパーで買い物の後は宿に向かいお風呂に入り、晩酌していたところ知花さんが帰ってみえたので一緒にお酒を酌み交わし深夜まで語らいました。
翌朝は7時半過ぎに出発して辺野古へ。
その2に続く。



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6月にルーマニア

2017-04-05 19:55:00 |
早いもので、年度も変わり4月になりました。
最後の更新から1ヶ月以上経ってしまっておりましたが、FBにたまに近況を書いているので、ブログの方はお留守になってました。
3月はどのように過ごしていたかと言いますと、10月29日に予定している「月まで飛んでプロジェクト」、還暦の友人たちと企画しているパーティの準備で、クワイアのアレンジ、デモ録音と譜面書きにかける時間が多い日々でした。
ZOOMのR8という8トラのMTRを購入して、安全バンドの「月まで飛んで」の3声コーラスアレンジをして、自分の歌の下手さにうんざりしながら何度も重ねたり、マニュアル首っ引きで作業の日々でした。
参加者の皆さんからはおおむね好評を頂きまして、それを元にプロジェクト2回目の集まりで練習をしたのが2週間ほど前。
また次の練習用の別曲のアレンジも始めねばなりませんが、今月は22日にギタリスト森永淳哉さんの企画、ボーカルにケネス・アンドリュー氏を迎えてのスペシャルライブ@CAVALLINO、私はピアノで参加するため、今は毎日その練習に取り組んでます。

さて、昨日のFBで大宮パスポートセンターの帰りに献血をしたことをアップしましたが、パスポートの理由は6月にルーマニアとブルガリアへの旅に出ることになったため。
なんと、向こうで和太鼓を打って来るのです!
昨年8月は西野師匠、恒田師匠、太鼓塾の有志の皆さんがニューヨークで公演をして来られましたが、私はその時期は9月のライブが迫っていたので同行が叶わなかったのです。
今回、ジャパンフェスティバルに行くことが決まったというお話を聞き、思い切って参加させて頂くことにしました。
自分がヨーロッパで和太鼓を?!、なんだかまだ実感が湧きませんが、のんびりペースの女子部のお稽古に加えて先輩方に教わる機会を増やして、皆さんの足を引っ張らないよう頑張らねばと思ってます。
海外は17年前に妹の結婚式でハワイに行って以来。
パスポートはとっくに切れてるし、旧姓の時のでありました。
最初のパスポートは別の名字だったな~、これで3種類目だ・・・自虐ネタ(笑)。
ちなみに、過去の渡航歴は中国2回とバリ島2回とハワイ。
ヨーロッパなんて初も初なわけですが、ルーマニアを良く知ってるという方は多くはないかと思いますけど、ご存知の方はアドバイスよろしくです。

写真は昨日の献血後、10回記念で頂いたぐい飲みグラス。
多田美波さんという作家の作品で、こんな立派な物が頂けるなんて感動しました。
次の記念品は30回目、年齢制限の69歳までにあと20回は無理そうだけど、血を取ってもらえるのも健康の証だし(前回は比重が足りなかったので、今回はセーフで安心した)、今後もたまに出来ればと思ってます。


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名古屋ツアー報告、その2

2016-10-21 19:17:00 |
今回ライブ中のMCで、行きの新幹線の話をしたのだけど、都内のラストリハ後の打ち合わせまで、KYOKOとギターの長田氏がご夫婦で参加した我ら4人組は東京駅で待ち合わせて一緒に行くものとばかり思い込んでいたのです。
ところが、世田谷組は品川から、KYOKOは新横浜の方が近いということで、結局同じ列車の別々の席で名古屋に向かって名古屋駅で待ち合わせる形でした。
考えてみればそれが近いのだけど、新幹線=東京駅というのは自分だけの思い込みであったことに軽いショックを受け、これは埼玉県人のものであったと思い知ったわけでした(^_^;)
ちなみに帰りも、長田氏は体育の日の月曜に昼から三線の演奏が世田谷であるので早朝に帰路に着き、KYOKOは小学生時代に育った名古屋の家周辺を散策するとのこと、私は名古屋の友人と観光ということで、全くの別行動でした。
まあ、それだけ近いということですね、名古屋は。
といっても、今回我らは新幹線だったけど、都内リハには古澤&伊藤組は車で機材を積んで片道5~6時間かけて何度も通ってくれましたし日帰りの強行軍も多く、来年還暦を迎えるというのに彼らがすごいエネルギーでそのスケジュールをこなしてくれたことに改めて感服しました。

8日は昼に名古屋駅に着いて鶴舞で待ち合わせ、古澤さんの車できしめんのお昼を食べに行ってから植田のヤマハのスタジオでリハ。
きしめんは、しのだという塩味系のものを初体験。


普通のきしめんはしょうゆ味で、薄味系がしのだなのだそうです。

KYOKOが食べたカレーつけ麺のきしめんというのも、初めて見るものでありました。
リハ後は鶴舞から車で10分ほどの、魚鍵旅館という和風ビジネス旅館にチェックインしてから、鶴舞で前夜祭。
味噌串カツや味噌おでんなど食べつつ飲んでから、宿へ戻る。
6畳に2名で一人1泊素泊まりが4600円という超安い宿をKYOKOがネットで見つけてくれていましたが、鈴鹿のF1と重なって市内のビジネスホテルが満室かかなり割高になっている期間に、安い宿が見つかってラッキーでした。
翌朝は喫茶店で名古屋モーニング。
噂にたがわずモーニングの盛んな地で、近所の雁道商店街までの数分の間に5軒くらいは喫茶店があったかな、日曜の朝早くでもやっていてどこも賑わっていました。
昼前に古澤氏が車で迎えに来てくれて、彼のアトリエでしばらく和み一曲KYOKOの歌の録音などもして、昼は味噌煮込みうどんを食べに行って、アトリエに戻って着替えやメイクをある程度済ませてからk・Dハポンへ。
ちなみに、近所の鶴舞公園ではその土日に「から揚げ王選手権」なるイヴェントをやっていて17店舗のから揚げ店が勝敗を競うというチラシを古澤さんに見せてもらって、私たちは行けなかったけど名古屋の友人に土曜にメールで知らせたら「良いことを聞いた!」と、一緒にライブを観に来てくれた二人でから揚げを堪能してからハポンに来たそうです。

ハポンはエスニック系のフードの良い匂いが漂ったり、コーヒーも注文があってから丁寧に1杯ずつドリップしてくれる、とても落ち着いた良い雰囲気のお店。
名古屋地元の二人は高校の同級生で、昔からロックを一緒に聴いたり演奏してきた友人の方たち、また古澤さんのライブで対バンをしたミュージシャンなどが集まってくれて、終演後も熱心に音楽を語り合う時間を持ち、片付け後に昨夜と同じ串太郎に行ったところ、その同級生にまた会ったりして話が弾みました。
宿の門限が12時なので、ギリギリまで飲んでコンビニで買い物してタクシーで滑り込みでした(^_^;)

さて、ライブの翌日は金山駅まで宿の車で送ってくださり、その後KYOKOは育った町へ、私と名古屋在住のYasue=マゼンダの初期にギターで参加していた旧友とモーニングを食べゆっくり久しぶりの再会の会話を弾ませて、昼からは東山動物園へ。
なぜ東山動物園に行くことにしたか、それは古澤さんの「夢」という新曲が、東山動物園のソマリノロバという絶滅危惧種に出会ったことがきっかけだったという話を聞いたから。
彼が東山動物園でソマリノロバの前に行った時、目が合って向こうが全く目をそらさずずっと見つめてきたと。
なんと、15分も!
その見つめ合った体験から、曲が生まれた。
しかし、私たちが行った時は奥の小屋の前で黙々と餌を食むばかりで、こちらをチラッとも見てくれませんでした。
「さくら」という名前で、「呼ぶと振り向くよ」って書いてあるので、何度も何度も「さくら~!」って呼んで、園内一周してからまた戻って再度「さくら~!」って呼びかけましたが、その時も黙々と餌を食む姿はまったく変わらずでありました。



祝日の青天で家族連れで混み合う園内だったので、何度も呼ばれてうっとうしかったのかと思いますが、空いていたって15分も見つめ合うというのは古澤さんにしか出来ないことなんじゃないかと思います。
彼女の心に届く波長を持っている、古澤さんの目にはそう感じさせる澄んだ深さがあります。


<良いお天気に恵まれ、景色が堪能出来ました>


<タワーから、下のボート池を眺めるとこんな感じ>

さて、さくらちゃんへの訪問の間には、園内のスカイタワーに上って景色を眺めたりまったりと過ごしてから、栄のYasueの生家を訪ねた。
以前一度だけ来たことがあったのですが、それは22年前の西安ロックプロジェクトの時、長沢ヒロのバンドの中国公演の折に名古屋空港を使ったのですが、滑走路で私たちが乗る時間の直前に事故があり7時間足止めを食らったので、その間に一緒に訪ねたのです。
しかし、このお宅はご家族の他界と老朽化で来月取り壊すことが決まっていて、彼女が幼少時に弾いていたピアノも処分するのでその相談も受けピアノを見せてもらった。
その後、近所の居酒屋で新幹線の時間までエビフリャーなどつまみに語り合ってから帰路に着きました。
ライブ、そして旧友との再会など充実の名古屋旅行、楽しかった!


大エビフライは、カットしますか?何個に?と聞かれ、2個にカットしてもらった。
大満足のサイズでした!

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佐渡新潟その3&その後の近況

2016-04-19 17:05:00 |
おそくなりましたが、その3です。
朝食はホテルの1階で、モーニング。
これも350円と激安ですが、パンと飲み物、スクランブルエッグにウィンナにヨーグルトがバイキング形式で、充分な内容でした。
ホテルから徒歩5分のところに、信濃川にかかる萬代橋、国の重要文化財に指定されていて歴史を感じさせる橋があって、そのたもとの乗り場から水上バスでふるさと村へ。



前夜のヒロさんの話で、船をカモメが追いかけて来るよと聞いていたので、かっぱえびせんを買ってカモメさんにおいで~とアピールすると、最初は数羽だったのがみるみる増えてずっと追いかけて来ます。
しばし、餌やりを楽しみました。






<ふるさと村、チューリップが満開>


<31階から信濃川と日本海>

船内も落ち着いたインテリアだし、川沿いには満開の桜で、素晴らしい船旅が味わえた。
ふるさと村では名産品を見て回りお土産を買って、戻る船では朱鷺メッセまで行き、31階の展望フロアでソフトクリームを食べつつ景色を眺め、その後川沿いを散歩してチリンママへ。
ランチに私はカレー、弓ちゃんはタコライスを頂きました。
この日も、押し花アートを制作するグループと、5月のイヴェントの準備をされる方たちでお店は大賑わいでした。
帰りの新幹線を予約してあったので小1時間で店を後にしましたが、「ヒロが買い物に出ているから、途中で会うと思う」と純子さんに案内してもらったら、前からヒロさんの姿が。
荷物を預けてあるホテルまで一緒に歩いて見送ってくれましたが、今日回ったルートを説明したら、それだけ回ればフルコースだよ~!もう他に見るとこ無いよと笑ってた(^^)
東京が23度の日に新潟市内は16度で、海風が涼しくて空気が澄んだ街だとしみじみ感じる一日でした。
駅でさらにお土産を買って、帰路。
本当に充実した3日間だった。

さて、戻った翌々日には、ブライアン・ウィルソンを観に行ったり浮かれた日々を過ごしておりましたが、なんと熊本地震発生。
被害にあわれた皆様に、心よりお見舞い申し上げます。
大分県の宇佐に親しい友人がいますが、大分からは伊方原発も非常に近いですし今後の地震の地域拡大が心配です。
川内原発は停止を、すべての原発の再稼働に反対です!

さて、昨日は和太鼓女子部のお稽古で、今回は「勇駒」と「ねりこみ囃子」に初挑戦しました。
明日は高速に乗って児玉方面の仕事です。

23日の南浦和ライブのベースとコーラスの練習をせねばですが、次週のライブのウクレレベースとメロディオンもあり、全く違うジャンルの課題に気ばかり焦ってます。
来週頭には、グランドピアノ納品に伴った原村の仕事もあるのだ~、今回は高速バスで行きます。
せっかくだから温泉にも入りたいし、その間は練習のことは忘れることにする。。。
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佐渡新潟その2

2016-04-17 22:05:00 |
2日目の移動は定期観光バスも考えたのだけど、行きたいコースが入ってなかったので、ちょっと贅沢に観光タクシーを頼みました。
朝食の後、宿の前の海辺を散策しゆっくり支度をして、10時半から観光スタート。







まずは金山に行き、その後は小木方面を目指しドライブ、たらい舟に乗りました。
運転手さんが観光バスルートでは行かない矢島経島に連れて行ってくれて、こちらはガイドブックなどで見るたらい舟のポイントと違って非常に風光明媚な入り江。
透明度の高い海の中は「たらい舟」の中がグラスボート風になっているのでカラフルなヒトデが見えたり、岩に近づいてサザエやウニなど見つけて説明してくれて、単にたらい舟に乗って漕いでみるだけではない楽しさがあった。







その後、宿根木散策をして、お寿司の美味しい店に寄ってもらってお昼を食べ、佐渡は古いお寺や能舞台などの見どころも多いということで何ヶ所かの神社仏閣を巡ってから両津港に。
16:25のジェットフォイルに乗って、新潟市に移動しホテルにチェックイン。
チリンママの近くのカントリーホテルを純子さんに教えてもらって予約をしてありましたが、超安いのです~1泊一人税込3000円!、しかも綺麗でとても感じの良いホテル、店からも数分の距離でばっちりのロケーションでした。
チリンママお奨めのメニューを頂きながら、遅くまで会話が弾みました。



11月にあったURC45周年でもお会いして一緒に演奏もしているけど、ヒロさんが育った場所に会いに行くというのは、また特別の感慨がありました。
なんといっても、私がベースを始めたのは中学生時代に安全バンドのステージを観たことがきっかけなわけで、ヒロさんと言えば親も同然!
今回、東京の仕事が近々あってもしかすると入れ違いになる可能性もあるという話だったのだけど、無事に新潟でお会いできて本当に良かった。
そして、チリンママを順調に軌道に乗せた純子さんが、地域の文化の発信基地を担っている様子に間近に接したのにはとても元気づけられました。
東京生まれ東京育ちの純子さんが新潟に移り住むのは、勇気のいる決断だったと思うけど、新たな人間関係をどんどん広げて行ったポジティブさは本当に凄いです。
色々なイヴェントをどんどん企画されていて、5月には本町通5番町Loten with パンマルシェを行なうので、私たちが行った日にも沢山の方が打ち合わせに見えていました。



翌日は水上バスに乗って観光した後にランチを食べに行く約束をしてホテルに戻り、弓ちゃんとまたまた深夜まで語り合った。

その3に続く。
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