古代出雲王朝ゆかりの地や神話を尋ねて

紀元前4世紀から十七代続いた古代出雲王朝ゆかりの地や神話を尋ねます。

出雲の神様を祀る伊勢一宮 椿大神社 2015年10月7日

2015年10月09日 21時22分13秒 | 古代出雲王朝ゆかりの地を訪ねて
椿大神社は以前から一度たずねたかったところだ。
御在所岳登山へ向かう道に 「椿大神社」の看板を見つけて、山歩きの後にたずねてみた。

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古代出雲王朝の国教は「賽の神三神」であった。

まず クナト大神 この神は大神山ー今の大山に祭られた。
そのお后神が佐比売の命で「佐毘売山」今の三瓶山に祭られた。
そしてその皇子神がサルタ彦であり、出雲北山の鼻高山(はなたかせん)に祀られた。

時代が下った古事記などでは 猿田彦などと書かれたが サルタとは古代インド南部のドラビダ族の言葉
ドラビダ語(現在はタミール人が使っている)で「鼻が長い」もしくは「鼻が大きい」という意味で 象神をあらわす言葉である。
つまりヒンドゥーの神「ガネーシャ」のことなのである。

インドに侵入したアーリア人に押し出されて 南インドから移動を開始したドラビダ人の一派は
ゴビ砂漠からバイカル湖へたどり着き、ブリアートモンゴルと混血を繰り返しながら アムール川を
くだり 日本海を南下して 日本に住み着き、砂鉄の取れる斐伊川下流で 王国を築いたといわれている。
(※斎木雲州著 古事記の編集室 他の著書)

ドラビダ語にはそのほか 古代製鉄法のタタラ(激しい炎)や カネ(鉄)などがあるという。


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大和の出雲王家分家の登美家から分家した 宇治土公家(うじとこけ)により、はやくから伊勢に「椿大神社」
(つばきおおかみやしろ)が建てられて サルタ彦が祀られていた。

その後大和統一が進むにつれて イクメ大王(垂仁)に追われた豊来入姫は 伊勢に逃れ
宇治土公家に保護を求めたという。

豊来入姫は 魏書に書かれた有名な二番目のヒミコ(宇佐王国の豊玉姫)の娘である。
(※ちなみに魏書に書かれた一番目のヒミコはモモソ姫である)

そして魏国の和国駐在武官の張政により豊玉姫(ヒミコ)の後継者に指名されて
魏書に書かれた「トヨー台与」のことである。

大和の桧原神社で月神を祭り「若ヒルメムチ」と呼ばれて人気があった豊来入姫は伊勢に逃れた後は
「宇佐女」と呼ばれたらしいのだが それでは(宇佐とか豊とかと呼ばれると)素性がばれるので
「宇佐女」と呼ばずに「ウズメ」と呼ばれたらしい。
「天の菟津女の命」と ちゃんと宇佐王国のシンボルウサギの字が入っているところがにくい。

記紀では最初の頃は「豊鍬入り姫」と書かれたが 伊勢に行ってからは「天のウズメの命」と書かれた。
そしてサルタ彦と夫婦神と書かれたのである。
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一方同じく同じくイクメ大王に追われた 磯城王家第10代大王 日子坐大王の姫のサホ姫は
最初丹波の真名井神社へ逃れたが やがて伊勢逃れて 出雲系の豪族 井澤登美之命に保護されて
太陽の女神を奉じて 五十鈴川のほとりに 内宮を建てて 初代太陽の女神を祀る斎宮となる。

宇治土公家がサルタ彦を祀る椿大神社を建てたのは、サホ姫が斎宮になるより ずっと古い時代なので、
椿大神社が「伊勢一宮」と称するのも もっともな話である。

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道が分からなくて 途中のコンビニの店員さんに聞いたら 教えてくれた神社がこれだ。
なんか雰囲気が違うなあと思ったら 「椿岸神社」と書いてある。椿大神社(つばきおおかみやしろ)と
たずねたのだが、コンビニのすぐ裏手の この神社をおしえられたのだ。

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境内では 近所の子供たちが 学校帰りに集まって大声で遊んでいた。
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正面の拝殿には やはり「椿岸神社」と書いてある。
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祭神を見てみたら やはり「猿田彦の命」とあるのは 椿大神社と同じだが、天のウズメノ命
と書いてある。つまり豊来入姫(とよきいりひめ つまり若ヒルメムチの事)なのだ。
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そこで この神社に参拝に来ていたご近所のお年寄りに「椿大神社」を聞いてみたら、
この辺で一番大きな神社の「椿神社」なら知っているという。そこでその「椿神社」を教えてもらい、さらに車を走らせた。

すばらしく大きな会館にたどり着いた。
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大きな石碑名盤がたっていて、鳥居がある。
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神社の拝殿かと思いきや、これは単なる入り口の社務所らしい。
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教えられたとおり、長い参道を歩いていく。
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主祭神二柱の絵がかかっていた。やはり「猿田彦大神」と「天之鈿女命」(あめのうずめのみこと)とある。
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長い参道の途中には 出雲の神さんの大黒様と恵比寿様 つまり紀元前二世紀に渡来した
秦国人 徐福とその手下穂日(今の出雲大社宮司の先祖)たちに幽閉殺害された 
古代出雲王家の第八代主王(役職名は大名もち)の八千矛王と第八代副王(役職名は少彦)の八重波津身のお二方なのだ。
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長い参道の突き当りには 立派な建物が見えてきた。
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この建物は 「外拝殿」だという。つまり普通の拝殿ではなく、一番外側の拝殿らしい。
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外拝殿の奥に さらに立派で大きな「内拝殿」があり、本殿はその奥だとか。
つまり本殿はどこからも見えないのだ。
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外拝殿の隣には 巫女さんたちが忙しそうに働いていて、お守りやお札を置いてある。
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広い境内の左奥には さらに大きな社務所があり、神職さんたちが立ち働いている。
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この提灯には「伊勢一宮」と書いてある。伊勢で一番古くて権威ある神社なのだ。
この神社も 伊勢神宮も ともに出雲王家の親族が建てたものだが、こちらの神社のほうが
古くからあるのだ。
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入り口に近いこの建物は 「舞殿」のようだ。
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案内標識に 先ほどたずねた神社と同じ名前の神社が書いてあるので行ってみる。
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椿岸神社の境内拝殿には「天之鈿女命」を祭る「鈿女本宮」と書いてある。
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拝殿には「椿岸神社」の額が掛かり さらに奥に建物が見えるが 本殿ではなさそうだ。
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横へ回ってみたが やはり本殿はどこからも見えない。
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椿大神社で亡くなった豊来入姫(魏書にいうトヨ、また記紀では豊鍬入り姫とかウズメノ命)の遺体は
大和の登美家へ送られて 「ホケノ山古墳」に葬られた。

※この話は檜原神社の由緒にも書いてある。
また彼女は この椿大神社境内の 椿岸神社に祀られた。

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広い敷地には 茶室もあった。
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入り口近くの池には 蛙のような置物があったが どう見ても耳がウサギの耳のように長い。
たまたま通りかかった地元の方に聞くと「子供のころからおまいりに来ているが 耳が長いのは 今日はじめて知りました」とおっしゃっていた。
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ひろい境内には 古代出雲で信仰された「龍蛇神」も祀られている。
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こちらも大きくて立派な建物だが 「神霊殿」と説明があったが何をする建物か分からないが
古くて立派だ。
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こちらの境内にも別の「椿会館」があり、参拝者が何人かいらっしゃった。
という事ですばらしく大きくて立派な神社に 驚いた。
さすが「伊勢一宮」というだけの事はある。
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