じゃっくり

日常をひたすら記すブログ

幼のメディア論

2004年01月20日 | 雑記
*これを読む前に12月5日の日記を見ていただくと、はいりやすいです。



メールと実際に声にだしてしゃべる音声言語の違いに興味があって、個人的に調査しているんですが、第1回に続いて「幼のメディア論」、第2回の講義をはじめたいと思います。

幼「はい、みなさん、起立! 礼! はい、着席。    ・・・あ、そこはやく座って。 ・・・・ん 何? 最近のお勧めのアイドルおしえてって? しょうがないなぁ・・・・    インリン・オブ・ジョイトイ(ぼそ 」

幼「今日は、メールと音声言語の相手に与える影響力について見ていきます。 まあ、なんちゅうか、いきなり結論からいうよ。」

種類    相手に与える影響力
      +のこと  -のこと
メール   小     大
音声言語  大     小or中

幼「こうなります。まあ、半分適当なんだけど許して。メールで相手に伝える場合は、相手が感じるプラスイメージのこと、例えば”きみかわいいよね”といっても、あまり影響しない。つまり、あまり嬉しくないってこと。逆に音声言語でいった場合、その嬉しさはメールに比べて断然増すよ。で、メールで相手にとってマイナスイメージのことをいった場合、例えば”きみブスだよね”っていったら、かなり影響し、相手の落ち込みようも半端じゃないよ。 音声言語の場合だと、それが多少軽減される、と思う。」

女生徒A「は~い は~い 先生、先生。  そこのちょっと下アゴのたるみが目立ってきた先生。」

幼「・・・・なにかな?(下アゴのたるみって・・・)」

女生徒A「あのね、なんでメールより音声言語のほうが相手に影響力伝わるの?」

幼「いいこといいますね~ あんね、メールって文字を介して相手に伝えるでしょ。 え~ 文字って感情いれること難しいでしょ? 音声言語のように声の強弱、調子などがはいらないから、そういう意味では相手に思ったことを伝えにくいんだよ。 だからね、告白するときは音声言語でするほうが成功率高いよ。 もっと成功率あげるために、実際会うともっといいけどね。 先生もこれで失敗してね・・・・文字で告白しちゃったからなんとかかんとか・・・・」

女生徒A「そこまできいてないから。」

幼「・・・・そ、そうっすね・・・。 ほ、他の人何か質問ないかな? 」

タヌキ寝入り好きの男子生徒「おぅ 先生!  ちょっち、いいかい。 あのな、メールでプラスイメージのこと伝える場合のほうが、音声言語の場合より影響力少ないと思うだげんけど。 そこを、説明してくれんか。」

幼「う・・・・ 痛いところを・・・・。 あ、いや、な、なんでもない。 みんなはそう思わんかもしれんけど、メールってどこか冷たいイメージない? 僕なんかは、感情がない、固定された、人間味がないとかいったイメージあるんだけど。 そこから”きみブスだよね”なんかいわれたら、かなりきつくない? って、すげー 僕なら落ち込むわ。 音声言語の場合、相手の声の調子がわかる分、そこまでショックじゃないと思うんだよな。 まあ、これは人それぞれだと思うけど。」

タヌキ寝入り好きの男子生徒「・・・・・・・・・・・・・・・・・・zzzz。」

幼「こら! タヌキ寝入りするんじゃない!  チョーク投げるよ。 まあいいや、今日はこれで授業おわり! さー みんな外にでなさい。 男女混合で相撲とるで!」

みんな「え~ まじ!? 1人でやってろ!!」

キック、パンチ

2004年01月17日 | 雑記
パス



パス



パス



ビシッ



たまにクリーンヒットして、切れ味のいい音がでる。

ここ3~4ヶ月、毎日のようにローキックの練習をしている。 カーテンに向かって。 カーテンは壁に接している。だから、誤って壁を蹴ってしまい、悶絶する日々も多々あった。 しかし、今はコツをつかんだのか、そういう場面にはあまり遭遇しない。 キックは足にとやかく焦点がいきがちだが、手の振り、特に腰の回転が最重要だ。 これを意識するだけでもだいぶ威力に差がでる。 みなさんも暇ならしてほしい。 カーテンに向かって。

キックの練習ももちろんだが、僕はパンチの方を主において練習している。 ここ1年の間、パンチを1回でもださなかった日はないだろう。 ちょっと暇を見つけては左ジャブ、隙あらば右ストレートだ。 しかし、大衆は僕がパンチ、キックの練習をしているのを知らない。 家族でさえも、だ。

実戦、僕は喧嘩をしないのでためしたことはないが、おそらく高校生3人相手にギリギリ勝てるくらいの実力はあると思う。 まず、その集団のリーダー格の奴をぶっとばす。 他のやつがひるんだところに、ワンツー、そして最後の1人をローキックでじわじわいたぶり、最後に必殺の右ストレートか、僕の得意とする体落としでケリをつけるのを夢みている。



いつも妄想でおわってるけどね。

純粋な文章

2004年01月16日 | 雑記
僕の日記をこまめに見れらっしゃる人ならわかると思いますが、ここ2ヶ月、(笑)、(汗)、(^^)などの絵文字を一切使っていません。 これらは、自分の感情をより相手に分かりやすく伝えるという長所をもっていますが、僕はあえてこれを放棄しました。

いやはや、これらを使わず文章をかくとなると難しい。 なにしろ、自分が面白いと思っていても(笑)を使えないし、絵文字を使ってより強調して自己の思いを伝えれないのですから。 しかし、こういった制約の中で文章をかくとなると、面白いものです。 彼らに頼らない分、どうしたら相手に伝えることができるのか、と思案し、純粋な文章力が求められる。 このごろは、半ば小説家にでもなったかのように文章をかいています。

受付の彼女

2004年01月13日 | 雑記
15秒前、 携帯から1つのアドレスを削除した。



僕が一目ぼれしたHさんだ。



あれは、いつだっただろう・・・ 2年前の夏休みか・・・ 正確には忘れた。 僕は彼女をみたとたん、ビビッ っときた。 そう、ビビッ っと。 今まで一度もあったことがないのに、一度も話したことがないのに、彼女の何もしらないのに。 このような体験をしたことがないので、とまどった。


その娘は、ウォータースライダーとかいう類のアトラクションの受付をしていた。 笑った顔がかわいい、純朴そうな娘だった。 僕は、他のアトラクションで遊んでいる間も、彼女のことが頭から離れなかった。



もう一度会いたい。



そう思い、再びさっきの場所に戻った。 すると、彼女は受付から離れ、店の前のゴミ掃除をしていた。 僕がもじもじしていると、母が彼女の方に向かっていった。 なにをするのだろう・・・・ うぁ カメラ出してる! 写真か! 写真とるのかぁ!?


母「あの~ すいません。 お願いします。」

彼女「はい、写真とりますよー」

母「あ、いえ、ちょっと撮らせてもらってもいいでしょうか?」

彼女「え 私をですか?」



お母さん、ナイス!  まさに、願ってもないチャンスがやってきた。 僕と彼女の2ショット・・・。


僕が、棒のようになってガチガチに緊張して立っていると、彼女が足をすりよせるようによってきた。 心臓の鼓動が早くなる。 僕が右手でピースサインをすると、しばらくして、彼女も左手をあげ、ピースサインをした。



まったくどうしたもんか。 一目ぼれという言葉の真偽さえ疑っていたのに、僕が身をもって体験することになるとは。 園内と、別れをつげてからも、僕は彼女のことを思った。 しばらくして、母にいった。



幼「あの・・・ もう一度中にはいりたいんだけど。」

母「ええ! どうしたぁ~?」

幼「なんというか・・・・・ さっきの娘いただら。 ちょっときになってな。」

母「ほんとかー! じゃあいこー!」



中には、”忘れ物”をした、と理由でいれてもらった。 そそくさと、彼女がいた場所に走って向かう。


・・・・が、彼女はもういなかった。 どうやら、交代時間があるようで、もう帰っちゃったらしい。しかたないので、他の店員さんに、僕の携帯のアドレスがかかれた紙をあずけ、彼女に渡すようにいった。



それから、何日が過ぎただろう。 彼女からメールに連絡があった。

「はじめまして。 店員のHです。 なにか御用ですか?」



彼女は僕に、あくまで”店員”として接しているのだろう。 それは文体からわかった。


幼「あの・・・ あなたのファンになっちゃいました。 よかったらメールしませんか?」


といったような、返信をした。  ・・・で、「OKですよ~」とメールがかえってきた。それから、1~2ヶ月は、たびたびメール交換をした。

しかし、3ヶ月を過ぎたころだろうか、返信時間が遅くなってきた。 1~2日後なんて当たり前で、1週間後などもあった。 彼女が僕に興味をもってないこともだいたいわかっていた。 そして、いつしか、メールの返信はまったくこなくなった。 それでも僕はメールを送り続けた。「お仕事はどうですか? 休みの日は何をしていますか? 好きな男性のタイプはどういう人ですか?」



返信がこなくなって、半年くらい経過したころ、僕は最後のメールを送った。



「かってにメール送リ続けてすいませんでした。 今回で最後のメールにしようと思います。 いままでありがとうございました。 お仕事がんばってください。 応援しています。」

敬語

2004年01月10日 | 雑記
敬語は、相手に尊敬の意味を内包して伝達される。

僕も、年配者に対しては敬語を使う。ただ、そこには”尊敬”はまったく発生していない。 相手とのコミュニケーションを円滑に、滞りなく行う目的で使っている。


「年配の人は敬わないといけないよ。」

と、小さいころから教えられてきた。 幼少期は、そのため年上の人に尊敬、畏敬の念を抱いて接してきた、と思う。しかし、いつからか、そんな思いはどこかにいってしまった。 

僕が抱いている信念は、世代に関係なく、”平等”に接すること。

だから、僕より年齢が浅い高校生、中学生はおろか、小学生に対してさえも見下したりしない。 また、年上の人、おじいちゃん、おばあちゃんに対してもそうだ。

また、障害者、例えば車椅子の人。 彼らを町でみかけても、当然のように

(かわいそうだな・・・・・ 、でも、その障害に負けずにがんばって!)

などと、思ったりしない。 彼らをみて、よく哀れんだりする人がいるが、それは間違いだ。 彼らの大多数は、健常者の人と同等に扱って欲しいと切望してるし、また、多少の障害があろうと、自分の手で乗り越えていこうと思っている。 ただ、段差がどうしても乗り越えれなかったり、危険を伴う時はいつでも助けるつもりだ。