札幌時計台に入ったら北大の大先輩たちと対面した。
札幌に住んでいたのは、もう半世紀も前のことで、当時は時計台はそれほどの観光資源的なものでもなく、私もとくに意識することもなく時計台のあたりを歩いていたのだと思います。
当時、札幌の観光客の間では北大農場の見事ななポプラ並木の方に人気があったように思います。
時計台の鐘が鳴る といった曲や、私たちは時計台の鐘が鳴るサッポロの市民です といったフレーズが流行ったりしていたような時期がありましたが、私自身は大して興味はありませんでした。
そういったわけで、今日も単なる時間つぶし的な感覚で、お安い入場料200円を払って、初めて時計台の中に入りました。
一階に色々と、一見地味な時計台関連のものが展示されています。
私にとってはさほど面白そうなものもなくそれらを横目で見ながら二階へ上がるとそこは広い演舞場、時計の機械装置なども展示してあり、意外と沢山入館している観光客の皆さん、せっせとスマホ撮影に余念がありません。館内撮影は自由。
私も少し撮影して、やっぱりつまらなかったなあと思いながら階段を降り出口へ向かいました。
出ようと思ったら、見落としていたコーナーがあり、そこには札幌農学校( 現北海道大学 )出身の有名人たちの写真と業績がずらりと展示してあったのです。
おお、わが母校北海道大学の大先輩たちだ。
食い入るようにそのコーナーを見はじめたのでした。やがて、野心に満ちていた学生時代を思い出し、熱くこみ上げてくるものがありました。
我が大大先輩、松村松年博士は、昆虫学者としておびただしい数の種・亜種を記載しています。例えば、北海道に産するオオイチモンジは白斑の発達が良いとして 亜種 Limenitis populi jezoensis Matsumura, 1919. を記載、後翅裏面白帯が幅広い北海道産 ウラジャノメを Lopinga achine jezoensis Matsumura,1919 として記載する など枚挙にいとまがなくその数 数千~数万とも言われます。 ちなみに 小型かつ眼状紋が小さいウラジャノメ利尻島亜種 Lopinga achine oniwakiensis Y.Yazaki et Hiramoto,1981.は私が記載しています。
宮部金吾博士は北海道然別湖に棲む大型湖沼型オショロコマを研究され、Salvelinus malma miyabei Oshima, 1938 として大島正満博士により亜種記載がなされており、今日、広くミヤベイワナの和名で呼ばれている事はあまりにも有名です。
これら多数の先人偉人・大先輩たちの写真を前にして、思わず 30分ほど立ちつくし、何度も解説を読んだりして感慨にふけってしまったのでした。
急に時計台に興味が湧き始め、もう一回最初から見ると、展示品は案外興味深いものばかり。
少年よ。大志をいだけ。のクラーク博士。
太平洋戦争の前は日本とアメリカは意外と仲が良くて特に民間では仲良し交流が盛んだったようです。
時計台は何度も修繕、改築、塗装がおこなわれてきて、最近やっと現在の形や色彩になったようです。
とある晩餐会のメニュー。
当時、エゾシカはよく食べられていたようです。
しかし、白鳥を食べていたのはびっくり。白鳥は美味しいのでしょうか。
Etc , etc………….。
北海道昆虫同好会の会合評議員会が 15:00 からで そろそろ時間が迫っており、もう一度最初から時計台内の見学ルートを回ってから外に出ました。
生きた化石などと言われるメタセコイヤの大木がありました。私も昔メタセコイヤの化石探しに夢中になったことを思い出しました。
少し歩いて 本日の北海道昆虫同好会総会の会場のホテルニューオータニに到着、チェックインしました。
この項、続く。