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「小林一三は新婚早々、新妻or愛人の二者択一を迫られた!」69へえ!

2006年09月21日 | レヴューのトリビア

「小林一三は新婚早々、新妻or愛人の二者択一を迫られた!」
69へえ!

「日本財界人物全集第5巻 小林一三」(三宅晴輝/東洋書館)より

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 一三の「絶対結婚大作戦」(←?)は、おおむねうまく運んだようです。ひとつ番狂わせがあったとしたら、東京での見合いは二人と会う予定が、都合でひとりになってしまったこと。はい、そーです。選択の余地なし!!ってことです。一三、もうひとりにも未練があって、「二人と会う予定が、ひとりしか会えないのは軽蔑されているようで腹がたった」そうですよ。・・・一三、やっぱりちょっとワガママ・・・。

 ともあれ、美人ではないけれど「感じのよい下町娘」の見合いの女性と、一三は結婚することになりましたとさ、めでたしめでたし・・・だったら、何も記事を2本に分けるこたぁないわけで、はい、ここからが見ドコロ。

 結婚は、しました。
 新婚旅行を経て、結婚生活がいざスタート!「身をかため、これでいっぱし。さぁこれから立身出世じゃ!」と、ようやく落ち着いた一三の家に、たずねてきた人がありましたのじゃ。(日本昔ばなし風)

 ある夜、一三が夜おそく帰宅すると、家のお手伝いさんが「今日、(例の大阪→名古屋時代を熱烈恋愛してた)愛人さんが来てたよ」と言うワケ。お手伝いさんは一三が結婚したことを告げ、愛人さんはションボリと帰っていったと。一三、どうしたと思う??わたしは読みながら我が目を疑ったね!

 なんと一三、ソッコーで残っていた有給休暇を使い、新妻には「銀行の友人たちとの約束があってー」うんぬん嘘ついて、愛人と有馬温泉に行っちゃったんだよー!えええー!?大ヒンシュクー!!

 それで有馬温泉で、口をきいてくれない愛人を前に「私がわるかった、わるかった」と謝っていたらしい・・・。(新妻の立場は・・・?)

 この愛人さんですけど、母親が「おまえが大阪天満の実家の表で遊んでいる時、行者風の白装束の男が通って、おまえが結婚する男性は出世する!百万人にひとりしかない幸福な男のお嫁さんになれる人相だ!と言った。そんなことが二、三度もあった」と聞かせて育てたらしーんですね。彼女はそれを信じている。そんな彼女の信念の風情にうたれて、一三はさらに慄然としたらしい。

 さて、二泊の外泊を終えて一三が帰ってみると、新妻から「実家に帰らせていただきます!」の手紙が!!(←愛人のことがバレたらしい)

 東京の親戚からは、
「嫁はもう大阪には帰らないと言っているが、一三が謝ってくるならとりなしてやろう!」
 ってゆー手紙が来たんですけど、これに対する一三の返信がまたヒドい。
「私がどんなに不行儀であったにしても、逃げていくという如きは男の顔に泥を塗ったもので、意地からにも帰ってもらわなくてもよい。それよりも、見合いのできなかった方の写真のお嬢さんと見合いをしたいからお願いする」

 後年、このときのことを「ずうずうしい厚顔だった」と振り返ってはいたらしいけど・・・ずうずうしいっていうか、ちょっと思いやりがないよねえ。ワガママだよねえ。
 銀行員として、なぁんか体裁が大事だったみたいね。
 新妻に逃げられたとは言いにくかったらしく、「妻はちょっと里帰り中。そのうち帰ってきたら披露するから」と、ごまかしー。(じゃあ謝って戻ってもらえばいいのに・・・)

 まあしかし、隠しきれませんわね。
 やがて「小林は新妻を追い出したひどいやつだ」と評判に!

 平賀支店長もシブい顔をするし、もう銀行ヤメようかと思ったんだけど、ヤメる決断もなく、そのまま銀行づとめ続行。

 けっきょく、明治33年にその愛人さんとめでたく結婚しましたとさ。
 一三は、早め出勤で出世した先輩行員にならい、30分早く出勤を実行しましたが、これは(出世のためもあるけど)やんちゃな私生活への銀行内の非難の空気をすこしでも挽回しようとしたものらしい。

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