ヤマヒデの沖縄便りⅣ 歩き続けて 歩き続ける 再び

「基地の島」沖縄を歩き続け34年、気ままに綴ります。自然観察大好き。琉球諸島を戦場に据える「島嶼防衛」は愚の骨頂。
 

一昨日、昨日、今日(20221003)

2022年10月03日 | その日暮らし

 1日の昼頃、「私名護に来ているから」とメールが入り、案内してと言う。案内するのは良いけれど、そんなに突然かよと焦りました。辺野古テント村での来訪者ならば、次から次へですし、逐一下準備していなかった。ただもう1年余りこうしたパターンから抜けている私です。まして折角ならば、短時間で核心部まで届くような話がしたい。せめてアプローチへの地均しができればいい。

 と思いオーケーしましたが、1日撮影の2本をあげたり(既報)、ぐるぐるしている頭をまとめようとしたり、1日の夜は過ぎていきました。2日朝これを2時間でかたづけました。久しぶりに簡単なメモをつくり、こことあそこがどうつながっているのかを話す資料を作成。まだまだ穴がありましたが、ひとまず間に合わせた。2日は日曜日なので工事もなく、緊迫感がない反面、落ち着いて見ることができます。最初に概論を90分話しました。96年安保再定義から、SACO合意が交わされてと。26年間が経過した。「96年生まれです」と。どれだけの時間が経っているのかが、わかるでしょう。詳細は略しますが、肝心なことは見かけと実態の乖離をわかってもらうことです。基地とはStanding Army だということです。常に実戦態勢に身構えているのです。軍隊・兵隊は、殺し屋・破壊者だということです。

 現に米軍は沖縄から何度も戦争に出撃していきました。ただし今度の相手は中国です。やれば反撃がかえってくる。沖縄は攻撃基地ですから、当然反撃される。またこの戦は、日本列島がひとつのゾーンとしてやる態勢ですから、日本中がやられうる。

 私は今の憲法というものの裏読みをしてきました。平和憲法の弱点は、第1章天皇条項です。「国民主権」と称しながら、国民主権を定める条項は「前文」にしかないのです。また、権力にとっての、この矛盾の有効打は、「日本国民」に没歴史的なものの見方を引き継いだのです。敗戦で憲法を変えざるを得なくなったのですが、以前も以降も、「天皇」を据え直すことで「旨み」を得る人たちがいるのです。今の「国葬」問題もこの延長線上にあります。

 軍事と私たちの暮らしは、どうつながっているのかは、とても大きな問題です。話はどんどん広がります。ですから、多くの引き出しをつくりながら、それをつなげていく話の構造が重要です。聞いてもらう人の問題意識に沿って、話せることが一番わかりやすくなる。また、何を理解していないのかをこちらが理解していくことです。人間は生きている以上、つながりはできていきます。「もうけたい」という意識は、戦争を煽る側に回りかねません。自分が儲けたいと思えば、不都合なことを見なくなる。そして誰もいなくなる。これが核戦争の近未来でしょう。考えるべきことは巨大です。この大きさに惑わされないことも重要です。

 豊原で、瀬嵩で海を見ました。海水にも少々浸かっていました。この海が戦争の基地になるのか、と思うことは重要です。もう私は疲れていて、細かい話をできませんでしたが、少しは伝わったかと思います。私が書いた文書はまだまだ「序論」。もう少し掘り返して公開します。お待ちください。

 そんなわけで、本日10月3日(月)もお散歩を私はさぼりました。「今日は無理」と。犬たちとのお散歩・撮影のいいところは、結構忙しいのだけれど、自然体でいられること。ガツガツ撮らず。気をつかう、つかわれる関係もありますが、お互いにさらっとしているので、楽。読み違うことは殆どありません。人間との関係も、さらっとだけど、読み違えないようにしたいものです。

 毎日のように朝日夕日を撮っている人がいると、友から連絡がありました。私は無理だ。それを日課にできない。というかイレギュラーな暮らしぶりの中で、如何に目標を定めていくのか。

 別の友からは、月と夕景が微妙で良かったと。しかしこの月はピントが甘い。砂の上では三脚使えないし、手持ちの限界。小道具が必要です。今度試してみましょう。それを持ち歩く袋を買うかつくれば、可能だな。一脚と固定板。



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