武弘・Takehiroの部屋

われ反省す 故に われ在り

サハリン物語(10)

2024年07月02日 05時42分50秒 | 小説『サハリン物語』

プーシキンの遺体を返すと、スパシーバ王子は彼の最後の言葉が気になって仕方がありませんでした。プーシキンは「スパシーバよ、俺の負けだ。見事だったな。リューバ姫をよろしく」と言ったのです。そして、武人らしい立派な最期を遂げました。 スパシーバはたしかに勝負には勝ちましたが、心の大きさ・広さで自分がプーシキンに負けたような気がしたのです。彼は最後にリューバ妃のことまで気遣っていました。それは純粋な気持の表れだったのでしょう。スパシーバは今や、宿敵を倒したことにかえって“空しさ”を感じていたのです。それは、戦うモチベーションを失うということでしょうか。
ちょうどその頃、カラフト国のヒゲモジャ王一族は、ロマンス国の首都・ノグリキを訪れ王宮に入りました。リューバ妃にとっては待ちに待った里帰りでしたが、両親のツルハゲ王夫妻はいません。国王夫妻がいないことにこちらも空しい思いを噛みしめていました。彼女はすっかり子供らしくなったマトリョーシカを抱きしめながら、ふと、一日も早くサハリンに平和な統一王朝ができないものかと願っていたのです。

 さて、オハの戦線ですが、相変わらず両軍のにらみ合い、膠着状態が続いていました。ロマンス・シベリア側の動きは、ラスプーチン宰相の内通によってかなり詳しく分かるようになりましたが、総攻撃をかけるにはこちらの態勢がまだ十分ではありません。そういうことで、カラフト・ヤマト側は戦術の最終的な詰めを行なっていましたが、そこへ重大な知らせがヤマト帝国から届きました。皇帝イワレヒコノミコトが重体に陥ったのです。この一大事に、タケルノミコトやスサノオノミコトは「一時帰国」を考えざるを得ません。
後をどうするかマミヤリンゾウ司令官らと協議しているところへ、今度はラスプーチンからの内通で、シベリアのガガーリン将軍の援軍が間もなく到着する予定だということが分かりました。これにはタケルノミコトらも困惑しました。ガガーリン軍が到着する前に、何としても敵を討たねばなりません。かと言って、皇帝の一大事を放っておくわけにもいきません。
協議の結果、タケルノミコトだけが少数の家来を引き連れ帰国することになりました。彼は皇帝の三男ですので仕方がないとしても、従兄弟のスサノオノミコトは戦局が重大なため、カラフト側の要請もあって残留することになったのです。
タケルノミコトは例の「気球」に乗って大急ぎで帰国しました。その後に、少数の家来が10数個の気球に分乗して続きます。戦線から気球が無くなったことは、カラフト・ヤマト軍にとって大きな“誤算”となりました。戦術の練り直しが必要になったのです。

 皇帝イワレヒコノミコトは危篤状態に陥りましたが、タケルノミコトは父の臨終になんとか間に合いました。それから数時間後、皇帝は静かに息を引き取ったのです。父の最期を看取って、タケルノミコトはようやく落着きを取り戻した感じです。あの遠いサハリンから、よくぞ間に合ったものだという思いでした。 
筆者にとって、ちょうど良い機会です(笑)。ここでヤマト帝国の内情を簡単に説明しておきましょう。というのは、ヤマト帝国の動静が今後のサハリン情勢に大きく影響するからです。 タケルノミコトには2人の兄がいました。長兄はタギシミミノミコトと言い、次兄はカワミミノミコトと言います。(他にも姉妹らがいますが、それは省略します。)
カワミミノミコトとタケルノミコトは母が同じですが、長兄のタギシミミノミコトの母は皇帝の前妻で、すでに他界していました。つまり、この3人は異母兄弟ということです。 次兄とタケルノミコトの実母はイスズヒメノミコトと言い、皇帝の正妻、つまり皇后で元気一杯の女性でした。
皇帝イワレヒコノミコトは長男のタギシミミノミコトを可愛がり、彼に後を継いでもらおうと考えていました。長男だから当然でしょう。ところが、イスズヒメノミコトは、どうしても実子であるカワミミノミコトが可愛くて仕方がありません。できれば、次の皇帝はカワミミノミコトになって欲しいと願っていたのです。

こうした状況の下で皇帝が他界したのですが、どういうわけか「遺書」はありませんでした。筆者が思うには、皇帝が長男に位を譲ろうとしたところ、皇后のイスズヒメノミコトがいろいろ妨害したのではないでしょうか。これは筆者の推測であって、歴史的事実がどうだったかは今でも分かりません。   ところで、皇帝イワレヒコノミコトは病に伏した時、後のことを考えてタギシミミノミコトを「摂政」に任命しました。長男が摂政になるのは順当と言えるでしょう。このため皇帝の没後も、タギシミミノミコトが国政を取り仕切り、彼の権勢は日に日に強まっていったのです。
しかし、皇太后になったイスズヒメノミコトは面白くありません。実子であるカワミミノミコトを次の皇帝にしたいので、だんだん焦ってきました。 ここで驚くべきことが起きました。いや、現代から見れば驚きですが、当時のヤマト帝国では珍しくなかったそうです。タギシミミノミコトが、なんとイスズヒメノミコトを正妻に迎えたのです。

義理の母との結婚というのは、双方に思惑があったに違いありません。タギシミミノミコトが義母のイスズヒメノミコトを正妻に迎えたのです。歴史家はこれをどう見るか知りませんが、タギシミミノミコトは皇太后を娶り、自分が次期皇帝にふさわしいとの「正統性」をアピールしたかったのでしょう。
一方、イスズヒメノミコトは、実子のカワミミノミコトを次期皇帝にしたいために、タギシミミノミコトと妥協しつつ、影響力を維持したいとの考えがあったと思われます。 義理の親子がこうして結ばれるのは、まさに“政略結婚”です。ヤマト帝国には昔から政略結婚があったのですね。この点は、カラフト国もロマンス国も見習うべきでしょう(笑)。 いずれにしろ、ヤマト帝国では皇位継承をめぐって、皇帝の長男と次男が争う状況になりました。そして、この抗争が対外政策をめぐっても対立するようになります。タギシミミノミコトは先帝の遺志を継いで、サハリンへの軍事介入を続けるべきだと主張し、カワミミノミコトは国内政治を優先させて、サハリンからの撤兵を唱えるようになりました。重臣たちも二派に分かれるようになり、やがてこの対立は大きな「政変」に発展していくのです。 緊迫した情勢を踏まえて、タケルノミコトは実兄のカワミミノミコトから、なお暫く国内に留まるようにと言われました。

さて、話をサハリンに戻しますが、ガガーリンの一軍がオハに到着し、ロマンス・シベリア側は大いに気勢が上がりました。ガガーリン軍は真冬で凍結したタタール海峡を渡ってきたのです。チェーホフ将軍らがガガーリンを歓迎しましたが、これで反攻への態勢を整えることができました。
しかし、この頃、内部の機密や軍事情報がどうも漏れているのではと、ロマンス軍のジェルジンスキー将軍は不審に思っていました。彼は部下に命じて秘かに探らせたところ、どうやらラスプーチン宰相の周辺が怪しいとの報告を受けたのです。 ジェルジンスキーがさらに慎重にラスプーチンの周辺を調べたところ、プーシキンの遺体を収容した頃から、内部情報がカラフト・ヤマト側に流れていることを突き止めました。
彼は直ちにこの件をツルハゲ王に報告し、ラスプーチンを尋問することになりました。ところが、呼び出しを受けたラスプーチンも“内通”が露見したと判断し、急きょロマンス陣営から姿を消したのです。彼はカラフト・ヤマト側へは行かず、自分に好意的なスターリンを頼ってシベリア帝国へ渡ったのでした。
このラスプーチン逃亡事件は、ロマンス国にとってかなりの衝撃になりましたが、野心家の不純分子がいなくなったのはかえって幸いだったでしょう。これで敵への内通を気にせず、思う存分に作戦を立てることができるからです。後任の宰相には、重臣の一人であるスウォーロフが任命されました。

 ロマンス・シベリア軍が反撃に出る時が来ました。それと言うのも、カラフト・ヤマト側の気球が姿を消したことと、タケルノミコト大将軍がどうも帰国したらしいという噂が広まったからです。気球からの攻撃にはさんざん悩まされたので、これがなくなれば言うことはありません。また、タケルノミコト不在説はラスプーチンの部下からの情報ですが、彼が敵に内通していたので、かえって信憑性を高めました。ヤマト帝国に何か異変が起きたのではという話が広まったのです。
それはともかく、ガガーリン軍が加わったことで、ロマンス・シベリア側の戦力は大幅に増強されました。チェーホフ、ジェルジンスキー、ガガーリンの3将軍は反攻作戦を十分に練り、ついに総攻撃に打って出たのです。これに対し、カラフト・ヤマト側は持久戦の影響で、補給にかなりのダメージを受けていました。それに何と言っても、タケルノミコト大将軍の帰国が士気を鈍らせていたことは否めません。
ロマンス・シベリア軍の攻撃が始まると、敵はじりじりと後退していきました。スサノオノミコトやジューコフ将軍らが叱咤激励しても、なかなか思うようにいきません。そのうち、カラフト・ヤマト軍は中央を突破され崩れていきました。オホーツク海からの冷たい冬の風が彼らを追いやっていくようです。戦いはロマンス・シベリア側の一方的な勝利に終わりました。

 ここでシベリア帝国の話を少ししておきます。前にも言いましたが、スターリン、ジノヴィエフ、カーメネフのトロイカ・3頭政治が始まり、トロツキー軍への追撃が順調に進んでいました。兵力で勝る連合軍が底力を発揮し、トロツキー軍をはるか西方へと駆逐したのです。 こうして、帝国は少し小康状態を得ましたが、肝心の「次期皇帝」をどうするかについては、3人の間に亀裂が生じてきました。
ジノヴィエフとカーメネフは、各部族長の選挙で公正に皇帝を選ぶべきだと主張し、すでに多数派工作に入ったのです。これに対し、スターリンは功績がナンバーワンの自分が次期皇帝にふさわしいと言い出しました。その背景は、ジノヴィエフとカーメネフが手を結んで、2人のうちで得票数の多い者を皇帝に即(つ)ける「密約」があると知ったからです。
2人は、スターリンの勢力が日に日に強まるのを恐れていました。3頭政治とはいえ、誰が見てもスターリンが実力ナンバーワンで、しかも強力な軍隊を持っていたのです。選挙をやればスターリンが1位になるでしょう。しかし、過半数には届きそうもありません。したがって、1位と2位の決戦投票で、2位と3位の者が手を組めば逆転勝利が可能になります。 ジノヴィエフとカーメネフはそこに目を付け多数派工作を始めたのですが、それを知ったスターリンはやがて重大な決意をすることになります。

オハの戦いで敗れたカラフト・ヤマト軍はじりじりと後退していきました。ロマンス・シベリア軍はさらに追撃しますが、冬の厳しい季節のため行軍はそれほど楽ではありません。しかし、ガガーリン軍の応援を得て士気は上がっていました。情勢は明らかにロマンス・シベリア側が優位に立っていたのです。
その頃、スパシーバ王子はヒゲモジャ王に呼ばれノグリキの王宮に戻りました。王がいろいろ相談したいというのですが、スパシーバの方も話すことが幾つかありました。彼はまず、妹のナターシャとスサノオノミコトの結婚について、王の了解を得ようとしたのです。ヒゲモジャ王は直ちに了承しませんでしたが、ナターシャの気持を聞いて相当に心を動かされました。また、カラフト・ヤマト両国の将来のためにもこの結婚は悪くないと判断したのです。ソーニャ王妃も娘の行く末を案じながらも、2人の気持を尊重しようと考えました。後は、スサノオノミコトが王夫妻の正式な許可を得るだけとなったのです。
ヤマト帝国の情勢についても話し合いましたが、それがどうなろうとも、スパシーバ王子とリューバ妃が結ばれた以上、カラフト・ロマンス両国の和平と将来の統一へ向けて全力を挙げようということになりました。もう戦争はこりごりです。これ以上、国民の生命や財産が失われては堪りません。近いうちにその方針をヤマト帝国に伝えることになりましたが、問題はロマンス・シベリア側がどう考えるかです。戦争継続なのか、それとも和平実現なのか相手の出方次第ですが、とにかく全力を挙げようということになりました。

さて、そのヤマト帝国ですが、タギシミミノミコトとカワミミノミコトの対立が深まっていました。この「異母兄弟」の争いに重臣たちも二派に分かれ、険悪な状況になっていたのです。前にも述べたように、宰相のフジワラノフヒトは内政重視の立場からサハリン出兵に批判的でしたが、そろそろ撤兵すべきだとの声が高まっていました。しかし、タギシミミノミコトは先帝の遺志を尊重し、依然としてサハリンへの軍事介入の方針を崩そうとはしません。
カワミミノミコトはこれに強く反発し、義兄としばしば衝突しました。これに怒ったタギシミミノミコトはある日、義弟に蟄居(ちっきょ)を命じ、あわせてフジワラノフヒトを宰相の座から更迭しました。新しい宰相には、重臣の中からタチバナノモロエを起用したのです。この措置にカワミミノミコトとその一派は憤慨しましたが、どうしようもありません。権力は「摂政」であるタギシミミノミコトが持っていたのです。
こうして蟄居を命じられたカワミミノミコトですが、自派の重臣たちと秘かに連絡を取りながら、義兄への抵抗を強めていきました。しかし、この動きがタギシミミノミコトの知るところとなると、彼はついに重大な決心をするのです。

 タギシミミノミコトはある日、自派の重臣らを内々に呼んだ席で、カワミミノミコトを「反逆者だ!」とののしりました。そして、彼を討伐する考えを明らかにしたのです。ところが、その模様をイスズヒメノミコトが秘かに窺っていました。彼女はタギシミミノミコトの正妻ですが、カワミミノミコトの実母でもあります。そして、本心は実の子を次期皇帝に据えたいと望んでいることは前にも述べました。
イスズヒメノミコトはここで決断します。彼女はある文(ふみ)を書いて、使いの者にカワミミノミコトの所へ届けさせました。蟄居中の子をわざわざ呼び出すわけにはいきません。かえって怪しまれます。何か重大なことがある時は、そうしようと親子の間で打ち合わせていたのです。
カワミミノミコトが文を開けると、そこにはこう書いてありました。 「狭井川(さいがわ)よ 雲たち渡り 畝傍山(うねびやま) 木の葉さやぎぬ 風吹かんとす」 これを読むやいなや、カワミミノミコトはすぐに意味が分かりました。雲が湧き上がり、木の葉がざわめいて風が吹こうとしている。つまり、タギシミミノミコトがもうすぐ自分を討とうとしているのです。文を読んだあと、カワミミノミコトは逆にタギシミミノミコトを討つことを決心しました。

 そして、その時がやって来ました。数日後、帝居でサハリン出兵報告会が行なわれ、大将軍タケルノミコトが上奏文を読み上げるのです。ところが、読み上げている途中で彼の声が震え出しました。震えが止まりません。 不審に思ったタギシミミノミコトが「なぜ震えるのか?」と質しました。タケルノミコトは「恐れ多くて声が乱れるのです」と、やっとの思いで答えました。 もちろん、タケルノミコトは実兄の“クーデター”に加担していたのです。緊張のあまり声が震えたのでしょう。
彼が上奏文を読み終わろうとした時、カワミミノミコトを先頭にして、十数人の一団が手に武器を持って突然侵入してきました。ある者が矢を放つとそれがタギシミミノミコトの胸に刺さり、彼はその場に倒れ込みました。「おのれ~、謀反だ~!」と叫びますが、そこへカワミミノミコトが剣を振り上げて近寄り、一刀のもとにタギシミミノミコトを斬り捨てたのです。彼は断末魔の悲鳴を上げて絶命しました。
こうして、カワミミノミコトのクーデターは成功し、彼は間もなく皇帝の位に即いたのです。これによって、ヤマト帝国のサハリンへの軍事介入は大きく変わることになりました。


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