長田百合子と谷川栄子の健康ブログ

カラダとココロを守る健康術満載! 主婦も必見!

思いやる心を身に付ける訓練法(長田ゆり子)

2014-12-01 09:09:06 | 子育て
母親の感性が、あまりにも大きく欠けていると判断した場合、
これを訓練して磨く長田独自の方法があります。

まず、集中して思う物を相手に提示します。
それに対して、一日中あらゆる角度から、いろいろと思いを巡らせてもらい最後に子供に関連付けて作文にまとめ上げて下さい
と指導するのです。

下記は「名もない花一輪を摘んで来て一日あらゆる角度から思いを巡らせて下さい」
と、ある母親に指導した時
その後で提示した私の例文です。
――――――――――――――――――――――――
雨に濡れて、道端に寒々しく咲いていた小さな花一輪。
摘んで、暖かい我が家の一輪挿しに飾りました。

冬はやがて春になる
冷たい雨が降り続くこともない
けれども
明日をも知れないはかない命を、何だか私の手の中で守ってあげたくなりました。

やがて、花びらを一枚ずつ散らして、静かに枯れ行くのでしょうか
それとも、ある日突然、首をもたげていってしまうのでしょうか。

我が子は私の下で温まることもできず、凍えるような心で生きていたでしょう。
苦しみを訴えることもできず、毎日のように涙に濡れていました。
陽に向かってすくすく育つことのできなかった我が子は
ある日突然、その可愛らしい顔をもたげて潰れてしまいました。

社会の片隅で小さくなって凍えていた我が子に気づき
温かくて穏やかな心で包み込んであげていたなら・・・
そうと思うと、詫びる言葉も見つかりません。

いつか
誰かに支えられて起き上れる日がくるように

私からまず陽に向かって歩まなくてはならない。
人から笑われてしまうような小さなことかも知れないけれど
いつもこつこつ目標を立てて
前へ前へと確実に歩んでいかなくてはならない。

名もない小さな花
少しでも暖かく生きられるように
私が最期まで穏やかな心で包み込んであげようと思います。

親としてやるべきこと(長田ゆり子)

2014-02-25 17:04:51 | 子育て
長年子供の問題に関わらせて頂き
たいへん良い勉強をさせていただきました。
全ての親子とは言いませんが
多くの家庭に共通する原因がありました。
それは・・・

問題を持たせた母親は
・秩序正しい人間関係の大切さをしっかり家庭内で教えないため、
 家庭内に「尊敬できる怖い存在」を失い、
 子どもはすっかり「お子さま化」していました。
・過管理・過干渉で厳しく、過保護で甘いといった母親の一貫性のない子育て
 に大きく揺らされて、子どもは何が正しくて何が間違っているのか迷ってい
 ました。
・いつも母子で密着して離れなかったため、子どもはすっかり親の足元を見て
 しまい、親はやがて言葉を選んで気を使いながら我が子に接するようになっ
 ていました。

問題を持った子どもは
・人を思いやるのではなく、可愛そうな自分をもっと思いやってほしい
・人に分って頂くではなくて、どうして人は自分のことを分ろうとしないのか
・みんな、何で私のことを見ていないのかちゃんと道筋を教えて真剣に導いて
 やれば普通の子どもよりも可能性の高いような楽しみな子どもはいくらでも
 いるのに親が我が子に病名を付けられて安心したり、薬物で抑えて真の原因
 を追究して改めようとしなかったり、まるで腫物を触るようにご機嫌を取って
 事なかれで体よく逃げる親や大人の下で子どもたちはどんどん錯覚に陥っ
 て、どんどんひ弱で我がままになって行く子どもたち。

人を思いやり感謝する心、人に迷惑をかけない心
秩序正しい人間関係を重んずる心・・
これがないことで協調性と適応力を失っていた人たちを目の当たりにしてきた
経験から「思いやり感謝する心」「人に迷惑をかけない心」「秩序正しい人間
関係を重んずる心」を教え、親が徹底して協調性と適応力を我が子に叩き込む
ことが厳しい人間社会では一番の「生きる力と知恵」になるはずだと最近つく
づく思っています。

相談電話の内容が
心療内科へ通いながら薬物を常用している子どもたちの相談ばかりになり、
昔から一貫している通り、向精神薬がからんだメンタルケアはできません。
いよいよ心理学、医学、脳科学、法律学は
「子ども教育の業界」において不動の地位を築き上げたのです。

写真は教会で、土曜日の演奏会場です。
たくさんの人たちに聴いて頂き、
ますますViolin練習の励みになりました。

「道」という高き精神教育(長田ゆり子)

2013-12-20 06:40:39 | 子育て

江戸時代、高水準の教育を当たり前のように行っていた私たちの日本には、特筆すべき伝統的な教育制度があります。
日本人なら身につけておくべき教養と素養の象徴としての、『道』と名の付く精神教育制度です。日本の様々な諸道は驚くほど多彩で、しかもすべての道は、
人間とはなにかという本質、万物の真理へと到達する学びであり、努力や精進といった自己練磨を目的とする深い味わいを秘めた教育だと思われます。

「華道」草花や木の枝を花器に挿して花鳥風月の風流を表現し、鑑賞する作法。
「茶道」茶の湯によって精神を修行し、一期一会の死生観に基づく礼法を究める道。
「武道」武士として自らを鍛錬し、誇り高く、潔く、国を守り、一族を守り、家族を守り、己を守るべき道。
「香道」香木を焚いて心を澄ませ、邪心を離れて本来の自分を徹見しつつ、香りを賞翫し、侘びや寂びの風雅に親しむ修養の道。
「書道」文字という民族文化の結晶を書によって表現し、その表現に天地万物の真理を込める道。

道を追求すること・・それは真、善、美を体得し、表現するということになると思いますが、その道を追求する過程において己の心を鎮め、己を自覚し、己の六根(視覚・聴覚・臭覚・味覚・体感覚・意識感覚)を整え、人として限りなく澄み切った志を持って生きていきたいという究極の精神教育(修養)を目指しているところが、日本の諸道がもつ素晴らしい特徴なのです。
日本人としての誇りと意識を深めるためにも、是非とも子どものうちから身に付けてやりたい教養と素養であると言えましょう。

                    日本家庭教育再生機構 理事長 長田百合子理念より

心を窺い知る(長田ゆり子)

2013-10-08 07:27:45 | 子育て
長年、人の心の内を読んで生きてきました。
まず、物心ついた時には「自分の家は喧嘩の絶えない家なのだ」ということを知り、
いつ酒を飲んで暴れ出すのかと祖父の心を窺ってはビクビクし、
一方で母親の心は傷ついていないだろうかと窺いながら育ちました。
 中学校に入ると、講談社の本(『親がかわれば子どももかわる』)になったほど壮絶なイジメに遭い、今度はクラスメートの心の内を窺っては針の筵のような日々を過ごしました。
学校に居る間、四方八方にアンテナを張り巡らし、後ろに居るクラスメートの状態を気配で感じ取り「今、私の陰口を言っている」と思うようになりました。
極力イジメを避けて通りたいとの思いで相当集中していましたので、
私の勘はけっこう当たっていたかも知れません。
 二十歳過ぎた頃から「人に対する恐怖心」を掻き消す訓練も兼ねて、
一軒一軒家庭を訪問して学習塾の生徒募集にエネルギーを注ぎました。
玄関を開けると、応対する母親の顏、声の質、玄関の状態、続いて廊下や家具の配置など、必ずその家独特の個性がありました。
昔から「玄関は女の顏」と言いますが正にその通りで、
母親の心理状態を速やかに窺い知れるようで驚くとともに感動でした。
それがあまりにも面白かったので、知らない間に人と話す恐怖は無くなって行きました。週に二回の生徒募集といったサイクルで280軒以上の教室の周りを二十年にわたって歩き続けた訳ですから、
私の開けた玄関の数は万単位だと考えます。
私の人生は、どうやら人の心を窺うことが主体になっているようです。
さて、そんな経験から一言。
「はい」という良い返事がにこやかに返ってきても、相手の心の中に反発があると、悪いエネルギーが一瞬にして戻ってきます。
その瞬間を、私に限らず、人は見逃さないはずです。
しおらしく「すみません」と反省の言葉があっても、心の中で反発している人からは落ち着かない、軽く浮いたようなエネルギーを窺い知ることができます。
嫌な事は速やかに消し去って他所事を考えようとする、
聞く耳を持たない反発のエネルギーを発しているからです。
人は多かれ少なかれ、動物的勘を持っています。
それが子どもとなれば、尚更です。
子どもはまったく雑念の無い真っ白な心で、恐ろしいほどの観察力を持って親の心を窺っています。
親は、心が弱くても頭が悪くてもかまいません。
ただ、いつの日も爽やかに、明るく、素直なに心で生きることは、とても大切なことだと言えます。


やさしくすると(長田ゆり子)

2013-05-07 01:45:20 | 子育て
やさしくすると
やさしくなってくれる

笑顔で接すると
笑顔で応えてくれる

元気を出せば
同じように元気になってくれる

でも
ちょっとつまらなさそうにすると
すぐにつまんないといった顔になる

泣いていると
悲しそうで困った顔になる

怒ってばかりいると
イライラして怒りんぼうの顔になる

文句や陰口ばかり言っていると
なにかにつけて不平不満を言うようになる

物に当たると
そっくりそのまま物に当たる

手なんて上げようものなら
大きくなって必ず返してくる

子どもはみんな、
母親をじつくり見ながら
母親がする通りに育っていく

だから、人を変えたいなんて思ってはいけない
相手を変えたいと思った、自分から変わるのが順序だ
そうすれば、人は必ず変わるに決まっている

だって、みんな、みんな、昔は子どもだったのだから。
みんな、みんな、母親の通りに育った人たちばかりなんだから。