2024年7月10日(水)
今日は、昨日のエッセイサークルに出した、竹の子のエッセイを・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「圧力鍋の乱」
四月下旬の木曜日、社交ダンスの練習の合間に、友人から掘りたての竹の子を
頂いたので、翌日、今年初めての竹の子を煮ようとした。
私は、三十年ほど前から、竹の子はもちろん、肉じゃが、かぼちゃ、大根をはじめとして、
いろいろな煮物は、ぱぱっと作れる圧力鍋を使用し、食べ盛りの子供たちの慌ただしい
夕食づくりなどに重宝していた。一人暮らしになってからは竹の子の季節に使うくらいで、
私は、しばらく使っていなかった圧力鍋を引っ張り出した。
竹の子の外側の皮を3枚ほど剥き、鍋に入る大きさに切って、水やトウガラシ、
あく抜きの糠とともに鍋に入れた。蓋を締めるとき、いつもは、スパンと閉じる蓋が、
なぜか、ちょっと引っかかる。ほんの僅かの違和感はあったが、それでも、蓋を閉じる
ことは出来た。うちのキッチンは、ガスではなく電気式にしてあり、スイッチをいれると、
普通の鍋なら一時間くらいかかるところを十五分ほどで下茹でが出来きる。
スイッチを切ってからは、余熱を利用するために、さらに二十分ほど置いておけば
よいのだ。
事件は、その後に起きた。
いざ煮ようと、圧力鍋に先ほどより小さく切った竹の子と、出汁、醤油、砂糖、味醂を
入れなおし、蓋を閉じようとした時だった。先ほど以上にギリギリっと引っかかる。
ギューっと力をいれ、やっと締まったほどだった。しかし、なんだか閉まり方が
気になり、煮始めたところを止め、蓋を閉め直そうと、台から下ろしたが、
なんと、蓋が開かない。
(びくとも動かないって、どういうことなの!)
慌てながら圧力鍋を持ち上げて、よく見ると、五か所でかみ合っている蓋と
鍋本体が、なんと、四か所はかみ合っていたのに、一か所外れていた。
長く使っていて、留め具が、おかしくなってきたのだろうか。
それでも、蓋を閉めてしまったので、今度は、開けられなくなったのだ。
どんなに力を入れても、蓋は動かない。
(竹の子が、取り出せない。いったい、どうしたら良いのだろう。困る~!)
圧力鍋をあちこち傾けながら苦闘していると、なんと、辺りが濡れて来た。
しっかり締まっていない部分から、中の煮汁がこぼれ出て、服から足元まで
濡れてしまった。慌てて拭き取るも、情けなさにため息がでた。
(圧力鍋、こんな大事な竹の子の煮物の時に、なんて、反乱を起こしてくれたの。)
(このまま、取り出せなくなったら、竹の子は、どうなるんだろう。)
(それに、蓋が開かない圧力鍋では、使いようが無いから、もう金属ゴミにだすしか
ないのだろうか。)
(いや、竹の子が入ったままでは、中で腐ってしまうだろうし、こんなとんでもない
捨て方をするなんて、怪しからん、誰だ! と、探し出されたら、どうしよう。)
固く閉じたままの蓋を前に、私は、おろおろするしかなかった。
(こんな時に男手があったら……。息子たちは、東京や神奈川だし、
友人たちのご主人にお願いするのも、躊躇われる。こんな時、頼れるのは……、
そうだ、リーダーさんだ。)
私は、七、八年前から、社交ダンスの競技会に出ており、そのために、リーダーと
呼ばれる決まった男性とペアを組んでいる。毎週土曜日は、公民館のダンスサークルで、
お仲間とともに練習し、週に二回、木曜日と日曜日は、それぞれのペア同士で
練習できる自主練習会に入って公民館やダンス練習場に通い、競技会を目指して
練習を重ねている。
彼は、隣の市に住んでいるが、一人暮らしで頼みやすいし、今日、金曜日は、確か、
リモートワークだそうで、在宅のはずだ。
前途が明るくなった気がするとともに、仕事が一段落するであろう夕方まで、半日、
じりじりと待った。
やっと四時半になり、私は、大きくて袋に入れられない圧力鍋を抱えて、
車で三十分近いリーダーさんのお宅へ急いだ。
ピンポンと鳴らすと、出てきてくれたリーダーさんは、私が抱えている鍋に
驚いた様子だった。
「あの、煮物の差し入れじゃないんです……。」
訳を話すと、彼は、何度も力を入れて蓋を回してくれ、ついに、蓋が開いた。
(助かりました。)
(ありがたや、ふ~♪)
すぐマンションに戻り、普通の鍋に竹の子を移して、数十分、時間をかけて
炊いた竹の子は、美味しく、大騒ぎした後の成果の煮物には、いくらでも、箸が進んだ。
お腹が満たされると、キッチンに置いたままの圧力鍋が気になってきた。
忙しい時代に助けてもらったけれど、一人暮らしになって、もう圧力鍋自身の
役目を終えたかもしれない。
むしろ、またこの鍋を使って、同じ騒動を起こす方が、怖くなった。
(もう充分働いてくれた。柔らかいお肉や野菜をスピーディに作ってくれて、ありがとう。)
(それでも、不具合が起きだした圧力鍋は、この際、目に触れないようにするほうが、
うっかり度を増している私には、いいのだろう。安全優先だ。)
という気持ちに押され、えいやっと捨てることにした。
翌日のダンスサークルの練習の後、駐車場で、リーダーさんにその煮物を、
「私のは、ちょっと薄味で、鰹節をかけるんですけれど、お口に合うかどうか……。」
と、言い訳をしながら、お裾分けをした。
日曜日の自主練集会で顔を合わせた時、彼から、
「薄味でおいしかったです。亡くなったうちの家内の竹の子の煮物も、こんな風に
薄味で、鰹節をかけていましたね。それで、“薄すぎた人は、お醤油をかけてね”
なんて言っていましたね。」
と、懐かしそうに言われ、ほっとしたのだった。
(リーダーさんは、今回の竹の子に醤油をかけたのかしら?)
少し気になったが、食べてくれたのだから、まあいいかと、そこには触れなかった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
今年の竹の子シーズンも、大騒ぎのうちに終わったなあ。
来年もいただけますように・・・。
今日は、昨日のエッセイサークルに出した、竹の子のエッセイを・・。
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「圧力鍋の乱」
四月下旬の木曜日、社交ダンスの練習の合間に、友人から掘りたての竹の子を
頂いたので、翌日、今年初めての竹の子を煮ようとした。
私は、三十年ほど前から、竹の子はもちろん、肉じゃが、かぼちゃ、大根をはじめとして、
いろいろな煮物は、ぱぱっと作れる圧力鍋を使用し、食べ盛りの子供たちの慌ただしい
夕食づくりなどに重宝していた。一人暮らしになってからは竹の子の季節に使うくらいで、
私は、しばらく使っていなかった圧力鍋を引っ張り出した。
竹の子の外側の皮を3枚ほど剥き、鍋に入る大きさに切って、水やトウガラシ、
あく抜きの糠とともに鍋に入れた。蓋を締めるとき、いつもは、スパンと閉じる蓋が、
なぜか、ちょっと引っかかる。ほんの僅かの違和感はあったが、それでも、蓋を閉じる
ことは出来た。うちのキッチンは、ガスではなく電気式にしてあり、スイッチをいれると、
普通の鍋なら一時間くらいかかるところを十五分ほどで下茹でが出来きる。
スイッチを切ってからは、余熱を利用するために、さらに二十分ほど置いておけば
よいのだ。
事件は、その後に起きた。
いざ煮ようと、圧力鍋に先ほどより小さく切った竹の子と、出汁、醤油、砂糖、味醂を
入れなおし、蓋を閉じようとした時だった。先ほど以上にギリギリっと引っかかる。
ギューっと力をいれ、やっと締まったほどだった。しかし、なんだか閉まり方が
気になり、煮始めたところを止め、蓋を閉め直そうと、台から下ろしたが、
なんと、蓋が開かない。
(びくとも動かないって、どういうことなの!)
慌てながら圧力鍋を持ち上げて、よく見ると、五か所でかみ合っている蓋と
鍋本体が、なんと、四か所はかみ合っていたのに、一か所外れていた。
長く使っていて、留め具が、おかしくなってきたのだろうか。
それでも、蓋を閉めてしまったので、今度は、開けられなくなったのだ。
どんなに力を入れても、蓋は動かない。
(竹の子が、取り出せない。いったい、どうしたら良いのだろう。困る~!)
圧力鍋をあちこち傾けながら苦闘していると、なんと、辺りが濡れて来た。
しっかり締まっていない部分から、中の煮汁がこぼれ出て、服から足元まで
濡れてしまった。慌てて拭き取るも、情けなさにため息がでた。
(圧力鍋、こんな大事な竹の子の煮物の時に、なんて、反乱を起こしてくれたの。)
(このまま、取り出せなくなったら、竹の子は、どうなるんだろう。)
(それに、蓋が開かない圧力鍋では、使いようが無いから、もう金属ゴミにだすしか
ないのだろうか。)
(いや、竹の子が入ったままでは、中で腐ってしまうだろうし、こんなとんでもない
捨て方をするなんて、怪しからん、誰だ! と、探し出されたら、どうしよう。)
固く閉じたままの蓋を前に、私は、おろおろするしかなかった。
(こんな時に男手があったら……。息子たちは、東京や神奈川だし、
友人たちのご主人にお願いするのも、躊躇われる。こんな時、頼れるのは……、
そうだ、リーダーさんだ。)
私は、七、八年前から、社交ダンスの競技会に出ており、そのために、リーダーと
呼ばれる決まった男性とペアを組んでいる。毎週土曜日は、公民館のダンスサークルで、
お仲間とともに練習し、週に二回、木曜日と日曜日は、それぞれのペア同士で
練習できる自主練習会に入って公民館やダンス練習場に通い、競技会を目指して
練習を重ねている。
彼は、隣の市に住んでいるが、一人暮らしで頼みやすいし、今日、金曜日は、確か、
リモートワークだそうで、在宅のはずだ。
前途が明るくなった気がするとともに、仕事が一段落するであろう夕方まで、半日、
じりじりと待った。
やっと四時半になり、私は、大きくて袋に入れられない圧力鍋を抱えて、
車で三十分近いリーダーさんのお宅へ急いだ。
ピンポンと鳴らすと、出てきてくれたリーダーさんは、私が抱えている鍋に
驚いた様子だった。
「あの、煮物の差し入れじゃないんです……。」
訳を話すと、彼は、何度も力を入れて蓋を回してくれ、ついに、蓋が開いた。
(助かりました。)
(ありがたや、ふ~♪)
すぐマンションに戻り、普通の鍋に竹の子を移して、数十分、時間をかけて
炊いた竹の子は、美味しく、大騒ぎした後の成果の煮物には、いくらでも、箸が進んだ。
お腹が満たされると、キッチンに置いたままの圧力鍋が気になってきた。
忙しい時代に助けてもらったけれど、一人暮らしになって、もう圧力鍋自身の
役目を終えたかもしれない。
むしろ、またこの鍋を使って、同じ騒動を起こす方が、怖くなった。
(もう充分働いてくれた。柔らかいお肉や野菜をスピーディに作ってくれて、ありがとう。)
(それでも、不具合が起きだした圧力鍋は、この際、目に触れないようにするほうが、
うっかり度を増している私には、いいのだろう。安全優先だ。)
という気持ちに押され、えいやっと捨てることにした。
翌日のダンスサークルの練習の後、駐車場で、リーダーさんにその煮物を、
「私のは、ちょっと薄味で、鰹節をかけるんですけれど、お口に合うかどうか……。」
と、言い訳をしながら、お裾分けをした。
日曜日の自主練集会で顔を合わせた時、彼から、
「薄味でおいしかったです。亡くなったうちの家内の竹の子の煮物も、こんな風に
薄味で、鰹節をかけていましたね。それで、“薄すぎた人は、お醤油をかけてね”
なんて言っていましたね。」
と、懐かしそうに言われ、ほっとしたのだった。
(リーダーさんは、今回の竹の子に醤油をかけたのかしら?)
少し気になったが、食べてくれたのだから、まあいいかと、そこには触れなかった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
今年の竹の子シーズンも、大騒ぎのうちに終わったなあ。
来年もいただけますように・・・。