映画に 乾杯! / 知の彷徨者(さまよいびと)

名作映画に描かれている人物、物語、事件、時代背景などについて思いをめぐらせ、社会史的な視点で考察します。

陪審評決は金で買え! その2

2012-05-26 17:24:36 | 現代アメリカ社会
5 ウェンドールの苦悩

 さて、ニコラスの部屋が荒らされ放火された事件の現場には、ウェンドール弁護士の陪審コンサルタント、ローレンス・グリーンが居合わせた。彼は、事件の実行犯を目撃していた。ニコラスのアパートメントに居合わせたのは、陪審員団を操ろうと動いているのがニコラスだと気づき、彼に接触をはかろうとしたからだった。
 そのことを聞かされたウェンドールは怒りまくったが、陪審評決を操作しようとする画策が実際に動いていることを思い知ることになった。
 ウェンドールは、すでに銃器メイカーの陪審コンサルタント、ランキン・フィッチの力と汚いやり口を見せつけられて、裁判の行方に思い悩んでいた。そこに、ランキンとは別に陪審員団を操ろうと画策する力がはたらいていることを知った。
 そこで、彼を財政的に支援する法律家団体にかけ合って、1000万ドル出させてマーリーに支払い、セレステの勝訴を買い取ろうとした。だが、意外と容易に1000万ドルを集めることができるのを知ると、むしろ「まっとうな法廷闘争」を挑もうと腹がすわった。
 しかも、陪審員団は隔離されて、外部の力からの影響を受けずに評決に達する見込みが出てきた。「私に運が向いてきた」と思うことにした。

6 ニコラス・イースターの正体

 一方、ランキン・フィッチは多数のスタッフを動かして、ニコラス・イースターが何者でどのような来歴の人物なのか、そして、彼のねらいが何なのかを探り出そうとしていた。
 そこで、過去の銃器関連の訴訟事件を追跡してみると、ニコラスはいくつかの訴訟で陪審員に選任されようとして動いていた来歴があることをつかんだ。
 そして、ニコラスはインディアナ州の法科大学院で頭抜けて優秀な成績を誇る、努力家の大学院生だったことも知った。
 調査員が、その大学院でニコラスを指導した教授を訪ねて、ニコラスの経歴について聴取した。ニコラスの顔写真から、彼の本強がジェフリー・ケルであることが判明。ジェフリー(ジェフ)はインターンシップで有力な法律事務所で勤務(アルバイト)したときに、訴訟で勝ち巨額の弁護料報酬を得るために弁護士たちが駆使している手口に嫌気がさして、大学院をやめたことがわかった。

■インディアナ州ガードナーの事件■
 さらに調べを続けると、ジェフはインディアナ州ガードナー市の出身であることが判明した。そのときの住所も突き止められた。
 調査員は購入する中古住宅を物色する振りをして、かつてのニコラスの住居(実家)のすぐ近くの家の中年女性に声をかけた。会話するうちに、十数年前、近隣の市立高校で銃の乱射事件が起きて、その女性の長女、マーガレットが射殺されてしまったことを聞き出した。
 1人の少年が銃を学校に持ち込んで出会った高校生を銃撃しまくったらしい。犠牲者の1人がマーガレット(マギー)だったのだ。
 そのとき、ジェフはマギーの傍らにいたが、銃撃から彼女を守ることができなかったのだという。事件後、ジェフは性格が一変してしまった。自分を出さない性格になった。勉学に打ち込んで法律家への道をめざしたという。マギーを助けられなかった償いとして、弱者を救済する弁護士になろうとしたらしい。
 そして、マギーの妹がギャビー(ガブリエラ)だった。

 ガードナー市当局は住民の意思を受けて、乱射事件の凶器となった銃の製造メイカーを提訴し、無責任に銃器を製造販売した過失責任の賠償を求めた。陪審裁判は途中までは原告(市)の優位のまま推移したが、結局、銃器メイカー団体に雇われたランキン・フィッチによって脅迫や買収などによって陪審員の評決がひっくり返ってしまった。
 裁判に多額の金額を投じた市の財政は破産してしまったという。


7 闘争 追い詰められたランキン

 他方でランキン・フィッチはマーリー(ギャビー)をも追い詰めていた。
 粗暴な脅迫担当の男を彼女の隠れ家に差し向けて拉致しようとした。だが、彼女が必死で抵抗すると、殺しても構わないという闘いになった。
 ギャビーは殴り倒されながらも、危ういところで男のナイフを奪って下腿に突き刺して歩行不能にした。
 ギャビーは、粗暴な戦いを挑んできたランキンに電話して、
「あなたが差し向けた男は今夜帰れないわ。脚をひどく傷めたから。 
 あなたがたがそういう対応をするのなら、こちらは陪審員評決の買収代金を釣り上げることになるわ。1500万ドル払いなさい。金額については交渉に応じません!」
と反撃を試みた。

■ジェフ(ニコラス)の反撃■
 評決を提示する期限が明日に迫った。
 陪審員団は1室にこもって討議し、結論を出さなければならない。
 ヘレーラが論争を仕切ろうとした。もちろん、「銃器メイカーに責任はない。セレステに賠償金を払う必要はない!」と。
 女性たちが反発した。
 ヘレーラは「もはや議論の余地はない。多数決を取ろう」と言い出した。
 ニコラスが反論する。というよりも、これまでの証拠や証言を丹念に精査しようと言い出した。これに対してヘラーラは反論した。ニコラスは、その理由を聞き出していく。
 結局、ヘレーラは、自分以外の人間が多額の金を受け取るという事態が気に入らないのだ。はしなくも、ヘレーラは、その心情を吐露してしまった。論争は彼の負けである。
 陪審員団は、論点を一つ一つ検討していくことになった。
 ニコラスはじめのうちは、強引に原告側の優位に持ち込もうとしていたが、陪審員が脅されて自殺未遂を起こす騒ぎを見たり、ランキン側の悪辣な策謀を見たりしているうちに、法廷審理で出てきた問題点をきちんと検討してしかるべき結論に達するべきだと考えるようになった。

■ランキンの失敗■
 ランキン・フィッチはすっかり追い詰められてしまった。
 陪審員団は隔離されたため、脅迫や強請り、買収ができなくなってしまった。勝訴を確実にするためには、ギャビーの言い値で陪審員団を買収するしかない。巨額の出費だ。
 しかし、陪審コンサルタントとしての「不敗神話」を維持するためには、何とか銃器メイカー団体に金を出させる算段をするしかない。というのも、ウェンドール弁護士にも陪審評決買収の「商談」が持ちかけられているという情報をつかんでいるからだ。
 しかも、法廷での弁論では、ウェンドールの弁舌が冴えまくり、銃器メイカーの側の旗色が徐々に悪くなってきている。
 というのも、
 銃メイカー、ヴィックスバーグの社長の証言は威圧的で、ひとたび販売して他人の手に渡った銃器が誰によってどう使われようと、それは供給者としての責任ではない、とつっぱね、
 合衆国憲法修正第2条には、市民による武装の自由=権利が保証されている! と吠えまくった。
 彼(具体的には会社の販売部門)は、大口顧客の銃販売店に大量の銃を引き渡したのちに、密売業者が毎月25丁もの銃を購入している事実に気づいていながら、違法な銃販売を回避する手立てを何一つ取ってこなかった。そのことには関知しないというのだ。
 こういう論法が、陪審員の多くに違和感や反感をもたらした。
 そういう弁論の方向に導いたのは、ウェンドールの手腕だった。

 銃器メイカー側の弁護士、ダーウッド・ケイブルは社長を十分説得して陪審員に好印象をもたれるような柔軟で温和な証言(返答)をするように仕向けることに失敗していた。というのも、陪審員団を丸ごとランキン・フィッチが買収すると確信していたから、法廷審理での弁論対策を怠っていたからだ。
 裁判全体に対して、力づくで方向づけしていたのはランキンだったのだ。銃器メイカーも、これまでの勝訴続きという事態に過信していたので、弁論・審理そのものへの構えが甘くなっていた。

 というわけで、ランキンとしては陪審評決を大金で買収するしか手はなくなっていた。

 ギャビーの要求では、闇の資金の洗浄(マニーローンダリング)や脱税の手口と同じように、グランドケイマン島の銀行を経由する電子送金をおこなわなければならない。陪審評決が提示される法廷が開廷時刻までというのが、期限だった。
 その送金方法は、財務省(内国歳入庁IRS)や国務省が重罰(課徴金や長い刑期)を科して禁止しているものだった。もともと陪審評決の買収そのものがきわめて違法性の強い犯罪なので、犯罪にともなう支払いが違法な方法であることは、当然と言えば当然なのだが。
 焦ったランキンは、その要求に応じた。

 ところが、電子送金の手続きが完了した直後、インディアナ州にいる調査員から緊急電話が入った。
「送金するな。罠だ!
 インディアナ州ガードナーでの事件を覚えているか。1989年だ。
 少年の銃乱射事件でガードナー市が銃器メイカーを提訴した訴訟事件だ。陪審コンサルタントとして仕切ったのは、あなただ。
 市は敗訴して破産してしまった。あの事件だ!」
 ランキンが悪辣な手段を駆使して、陪審評決を壟断した事件だった。知らせを受けたランキンは、顔面蒼白。
 急いで法廷にかけつけた。

8 陪審評決

 開廷を告げたフレデリック・ハーキン判事は、陪審員団に問いかけた。
「評決はでましたか」
 ハーマン・グライムズが陪審員団を代表して答えた。
「はい裁判長、陪審評決は下されました。ここに評決を記した文書を作成しました」
 手渡された評決文を判事が読み上げた。
「陪審員団は以下の評決に達した…
 被告、ヴィックスバーグ社の過失責任を認め、原告、セレステ・ウッドに対して賠償責任を負うものとする。
 一般賠償として、100万ドルを支払うものとする。さらに特別賠償(慰謝料)として1億1000万ドルを支払うことを命じる…」

 ランキン・フィッチの不敗神話に過剰適応してきた銃器メイカー団体は、大きな衝撃を受けた。当然、控訴することになるだろう。ただし、もはやランキン・フィッチによる陪審コンサルティングは抜きの法廷闘争になるだろう。

 落胆し意気消沈したランキン・フィッチは近くの店で酒をあおっていた。そこにジェフ(ニコラス)とギャビーが訪れた。
「騙したな。何の目的でこんなことをしたんだ」とランキンが問いかけた。
「インディアナ州ガードナーの銃乱射事件の訴訟を覚えているか。
 陪審評決では市側が優位に立っていたのに、あなたが力づくでひっくり返してしまったのだ。
 今回は、陪審員団の評決をあなたの画策から守っただけだ。陪審員団を操ったのではない」
 ニコラスは切り返した。
「だが、送金した1500万ドルは大金だぞ。どうするつもりだ。人生が変わってしまうほどの金額だぞ」
 返答したのはギャビーだった。
「人生が変わることを期待しているわ。あの金でガードナー市の被害者や遺族を救済するつもりよ」
 ランキンは反論した。
「この評決で勝っても、銃器メイカーは控訴して法廷闘争を続けるぞ」
「そうだろうね。銃器メイカーがこのままおとなしく引っ込むつもりはないだろうさ。
 けれども、控訴審はあんた抜きでおこなわれるのさ。もう誰もあんたに仕事を頼まない。あんたはもう引退だ。
 もしふたたび陪審コンサルタントとして動こうものなら、ケイマン島経由の不正送金の証拠(記録)を司法省と財務省に送りつける。そうなれば、多額の課徴金をとたれたうえに、長い懲役刑が待っている」 

■ジェフとギャビーの狙い■
 以上の物語から、ジェフとギャビーの狙い(プロット)をまとめてみよう。

 かつてインディアナ州ガードナー市の高校で少年による銃乱射事件が発生して、ジェフの同窓生(ギャビーの姉)を含む高校生たちが射殺された。ガードナー市は、大量の銃を製造して無責任にアメリカ中に販売、供給している銃器メイカーを提訴した。事件は陪審裁判でおこなわれることになった。
 銃器メイカー側は、陪審コンサルタントとしてランキン・フィッチを雇った。
 陪審員団は銃器メイカーの責任を認める方向に傾きかけたが、ランキンの力づくの買収や脅迫による工作で、陪審評決はひっくり返ってしまった。
 訴訟に多額の財政資金を投入した市は破産してしまった。

 以後、ジェフは法律家の道をめざすが、富と権力、駆け引きが勝敗を左右する法曹界の実態に嫌気がさして、ドロップアウトしてしまう。
 その後、ジェフとギャビーは、銃乱射事件の陪審裁判に割り込み、銃器メイカーの過失責任を追及する世論を喚起しようとするが、成功しなかったようだ。そして、彼らの狙いはむしろ、陪審裁判の評決を金の力で支配し囲いこもうとするランキン・フィッチへの報復に重心を置くようになっていった。

 こうして偶然、ルイジアナ州ニュウオーリーンズ市の金融街での銃乱射事件をめぐる民事賠償の訴訟でジェフ(ニコラス)が陪審員に選任される可能性が出てきた。
 この「偶然」については、ジェフが市の選挙人名簿から陪審員候補を選び出すIT・データベイス・システムにハッキングして、ニコラス・イースターの名前を押し込むことによって、もたらされたらしい。
 ニコラスは、陪審員団の動きを操作しようと画策し、ギャビーはランキン・フィッチに陪審評決の買収を持ちかける。詐欺=コンゲイムによる闘いを挑んだのだ。ランキン・フィッチを破滅に追い込むために。
 挑戦が成功したならば、受け取った「買収代金」は、ガードナー市でいまだに苦しむ被害者や遺族の救済に充てようとした。

9 映像物語が提起する問題

 「訴訟社会」アメリカでは、実際に陪審コンサルタントという職業があるという。この映画作品では、ランキン・フィッチという過激なコンサルタントが登場するが、その人物像や手法はいわばかなりの誇張のようだ。
 だが「火のないところに煙は立たず」ということでもあるだろう。

 実際の陪審コンサルタントは、この物語で登場するローレンス・グリーンのような仕事であるらしい。
 法律学や心理学、情報分析・調査の専門家たちからなる職能だという。

 まず陪審員の選任手続きで原告または被告の弁護士のアドヴァイザーとして、どの人物を陪審員に選べば有利な評決を得られそうかという判断材料を提供する。陪審員の経歴や階級(仕事)、人種、性格などから、事件についてどのような見解を抱きそうかを判定する。
 選任手続きで弁護士に、その点を見極めるための質問をさせ、返答から心理傾向や意見、価値観などを分析する。訴訟事件についての意見や評価については、コンサルタントの分析や判断は、相当な程度に「当たる」らしい。もとより、巨額の金が動きそうな民事裁判に限られているのだろうが。
 そうでなければ、大金を支払って雇わないだろうから。もっとも、「鰯の頭も信心から」という諺があるように、弁護士や法律事務所、企業の法務部門が、業界の共同主観に呪縛され、あれこれの陪審裁判の結果についての陪審コンサルタントの影響力を過大評価しているのかもしれない。

 何しろ巨額の金額の行方が陪審員の評決で左右されるのだ。勝つための手段でありそうに見えれば、何にでも頼ろうとするだろう。

 それにしても、候補のなかからどんな人物を陪審員に選び、法廷の弁論、審理で法律家がどのような質問をして、どのような証言や答弁を引き出せば、ほぼこういう方向の意見や評決に誘導できるであろう、

ということが読めるのなら、裁判の当事者は、大金を投じても自分の側のスタッフに加えたいという衝動を持つだろう。

 そういう傾向が極端に走れば、この作品のランキン・フィッチのように、コンサルティングを大規模な営利事業(法廷傭兵活動)として経営・組織化しようとする者たちが出現することになるだろう。金さえつぎ込めば、IT機器や映像装置(個人情報の収集手段、盗聴・盗撮装置など)を駆使して、相当な調査活動が組織できるのだから。

 アメリカの訴訟(ことに民事訴訟)の世界の動きが、富と権力を集積した巨大・有力法律事務所のあいだでの収益を影響力をめぐる過剰な競争・闘争によって大きく影響されていることは、周知の事実だ。巨額の資金を投入して大がかりに資源・人材を投入できる組織や団体、企業が、法廷闘争で優位に戦いを展開するのは、厳然たる事実である。
 であるとすれば、陪審コンサルタンティングがランキン・フィッチのような強引で威圧的、暴力的なものになる危険性はあるだろう。この作品は、そういう傾向・危険性についての警告ということになる。

 




 



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