第118回 ニューオリーンズ・トライアル(2003年)
原題 Runaway Jury(だまして逃げろ陪審)
原作 John Ray Grisham, Runaway Jury, 1996
見どころ
これまでいくつかの法廷もの作品を取り上げた。それらは、証拠や証人の確保や隠蔽なども含めて、一応法廷内での弁論によえる攻防・駆け引きで勝訴をねらう原告側・被告側の対決の構図を描くドラマだった。
ところが、この作品に登場する主人公の一人、陪審コンサルタントのランキン・フィッチは、「陪審員席のメンバーが決まったときには、すでに評決(判決)は決まったも同然」「判決は金で買い取るものだ!」と言い切る。彼は巨額の報酬で大企業から雇われて、陪審裁判の評決のゆくえを操作するのが仕事だ。
つまり、法廷内でどのような証言や弁論、審理がおこなわれようと、必ずクライアントが望む評決・判決に持ち込むためのノウハウと能力を備えた専門家(法廷傭兵)というわけだ。
ランキンが率いるティームには、法律はもとよりITや心理学などの専門家が結集し、さらに法廷外で盗聴、尾行、破壊、掠奪、脅迫さえ遂行する「専門家」も雇われている。
もちろん、法廷内での弁論や審理に対して、一人ひとりの陪審員がどのように反応し、どういう意見・心象を抱くかも予測・分析する。だが、それは陪審員の意見を買収し、あるいは誘導するための条件を見極めるためにすぎない。
今、アメリカの司法界では、少なくとも大企業や巨大組織が絡み、巨額の金が動く場合には、30年前には予想もつかなかった陪審員の心理の操作とか「裁判の買収」戦略が繰り広げられるようになっている。この作品は、その傾向を誇張しながらも、起りそうなできごとを描き出そうとしているのだ。
*原作について
原作では、原告、セレステの夫は長年の喫煙の結果、肺癌で死亡したことから、セレステはウェンドール・ドーアー弁護士を代理人として、巨大タバコ会社を相手取って過失責任による民事賠償を求めて提訴した。ここでは、タバコ会社は発癌の危険性を知りながら、その危険性を需要者に明白に警告することなく、製造物を社会に供給し続け、発癌の危険性を社会全体に撒き散らしてきたという過失責任が問われることになった。
アメリカでは、1980年代から、嗜好品を含めた飲食物などの製造メイカーは、製造物の内容や性質に応じて、どのような摂取方法が健康上安全か、あるいはどのような摂取方法が危険かを明示する責任をもつという見方が普及した状況が背景にある。
もっとも、アメリカでは、コーラやチップス菓子、高糖質・高脂肪の食品の摂取が肥満や循環器系疾患の大きな原因となっていると、生化学的・医学的に「ほぼ証明」されて久しい。だが、こうした業界の主要メイカーで倒産したものはない。相変わらず、大量の製品を供給し続けている。
資本主義的産業として、大手を振って経営を続けている。ということは、いく度裁判で問題とされても、決定的な敗北にはいたっていないということを意味する。
タバコ業界だけではないのだ。
ただし、原作でも陪審コンサルタントの「えげつないやり方」は同じだ。
映画では、かなり製造物の性質が違う銃器のメイカーが被告となっている。
そこには、映画制作陣の考え方が現れている。タバコ会社が社会への供給・流通において、その製造物の使用や消費における危険性を知覚しているならば、その危険性に配慮し、安全な使用・消費方法を提示すべきだ、という法理を銃にも直接に適用したわけだ。
その意味では、法理の適用にかなりムリがあるように見える。だが、映像化した背景には、それだけ銃による殺傷事件がひどい事情があるということだ。
ランキン・フィッチ(ジーン・ハックマン)は物語のなかで、「毎年、銃によって死亡する人びとの数は3万人、また銃によって傷害を受ける人びとは10万人にのぼる」と語っている。
1 デイトレイダーの錯乱(銃乱射事件)
事件はある日の朝、ニュウオーリーンズのダウンタウン、金融街で発生した。
トレイダーの1人、ジェイコブ・ウッドが金融投資会社に出勤して間もなく、フロアに騒ぎが広まった。銃声と悲鳴が飛び交った。やがて、1人の男がジェイコブの部屋に侵入して彼の頭部に銃弾を撃ち込んだ。ジェイコブは即死だった。
犯人は、つい先日まで同じフロアでともに働いていたデイトレイダーの1人だった。名はペルティエ。だが、その男はデイトレイディングに失敗して巨額の損失をこうむり失職した。追いつめられた結果、その男は錯乱し、銃を密買して職場に侵入して銃を乱射し11人を殺害し5人に重傷を負わせた。そして、最後に自分の頭を吹き飛ばした。
■デイトレイダー■
デイトレイダー(day-traders)とは、各自の投資=投機戦略にもとづいて、その日(金融市場の営業時間)のうちにあらゆる金融商品(株券、債券、ディリバティヴ、先物など)を買い入れてタイミングをはかって売り抜けて利ザヤを稼ぐ仲買人(ブロウカー)だ。
彼らが勤務する会社は、独立の仲買人たちからなる合名会社というか組合みたいな組織である。トレイダーは各自、独立の商人であるが、事務所を構え、彼らを補助する事務員や秘書、クラークなどを雇用するなどの組織運営・経営をおこなうために企業団体を形成している。
で、利ザヤ稼ぎが仕事だから、損失を出すのは、自分のポストを危うくすることになる。1日当たり、週当たりなど一定の期間に出してもよい損失の限度額が設定されている。損失を出しても、それを上回る成功をすればいいというわけだ。
だが、回復不能と見なされた損失限度額を超えると、団体から放り出される(解雇、失職、いや資格停止というべきか)。
トレイダーの報酬は、収益をプールして成果に応じて分配するやり方や、各自が自分の利益を受け取り、事務所経営のための共同費用負担分を拠出する方法など、多様らしい。いずれにせよ、完全な成功(成果)比例型の報酬を受け取る自己責任の世界だという。
そういう世界だから、金融危機の発生の直後には、自殺者が急増するようだ。日々、多くの脱落者やスピンアウターが続出する。
2 銃器メイカーに対する損害賠償訴訟
事件から2年後、殺害されたジェイコブ・ウッドの未亡人セレステが銃製造企業、ヴィックスバーグを相手取って、民事賠償請求の訴訟を起こした。
銃メイカーは、会社が製造した銃器がどこに流れ、どう使われようと一向に無頓着に何の管理もなく、アメリカ中に流通し販売している。それによって犯罪(銃の乱射など)が起きて夫が殺されたことについて、過失責任がある。そこで、生きていれば夫が稼いだであろう収入分の逸失利益の損害賠償と特別賠償(日本の慰謝料にあたる)の支払いを求める。
というのが、セレステ側の言い分だった。
法廷代理人はウェンドール・ドーアー弁護士。市民派の法律家で、権利や利益を侵害された市民を救済するために、被害者からは費用を受け取らず、リベラル派の法律家がつくった団体から支払われる報酬で活動している。そのため、マスメディアや大企業からは、「目立ちたがりで売名行為が好きな弁護士」、「自分の理想のために被害者を利用している政治屋」と煙たがられている。
■ガンメイカー側の優勢の仕組み■
一方、ヴィックスバーグ社は有力な弁護士に加えて、陪審評決を思い通りに操ると言われている陪審コンサルタント、ランキン・フィッチを雇い、2000万ドル+必要経費を投じて受けて立つ構え。巨額のコストだが、毎年数十億ドルという市場=収益を守るためには、必要な「保険料」なのだ。
とりわけランキン・フィッチは、普通の陪審コンサルタントとは違って、闇で動くティームを使って強引に陪審員の評決を誘導する「荒業男」と呼ばれ、法律家たちから恐れられていた。銃器業界は、最有力の手駒をチェスボードの上に乗せたのだ。
普通の陪審コンサルタントは、陪審員の選任にあたって、誰を選べばクライアントに有利な判断・評決を引き出せそうかをアドヴァイスしたり、法廷審理の動きを見ながら陪審員メンバーの思考スタイルや価値観、心情を分析して、法廷での弁論のやり方とか、どういう証人を召還し、どういう証拠を提示すべきか助言する。
だいたいは心理分析の専門家や法律、医学、化学など訴訟に関係する企業・業界についての専門知識をもつメンバーからなるティームを編成して訴訟支援をおこなうという。
こういう専門家スタッフ=集団を雇い入れることができるのは、富と権力を持つ団体や大企業だけとなるだろう。「強いものがさらに強くなろうとする」動きを自由にさせるというのが、アメリカの訴訟社会なのだ。
ところが、ランキンは、陪審員メンバーの個人情報を探り出して弱みをつかんで脅迫したり、買収工作をしたりして、陪審員評決を支配してしまうのだという。
それにしても、アメリカの大手銃器製造企業グループは、年間400万ドル以上の拠出金で基金を立ち上げ、何億ドルもの基金をプールし、一般市民からの民事賠償請求裁判やや銃規制導入を求める行政裁判などに備えているという。
そして、民事賠償請求裁判では、これまでに一度として敗訴したことがないという。経営陣の個人名で議会の保守派(多くは共和党)の議員や団体に巨額の政治献金をおこない、また、合衆国ライフル協会という強力な圧力団体を背景に銃規制反対の世論づくりを推し進めている。この戦略は、いままのところ大成功をおさめている。
■原告側の陪審コンサルタント■
力技、荒業で恐れられているランキン・フィッチが銃メイカー側に雇われたことで、ウェンドールはかなり厳し立場に立たされた。そんな彼の前に現れたのが、有能だがごくまっとうな陪審コンサルタントのローレンス・グリーン。
彼は熱心な銃規制推進派で、そのためには無償で活動することもある。今回も交通費を自弁してフィラデルフィアからやって来た。あまり資金のないクライアントの側に立って自分の理想のために動くときは、彼は1人であらゆる陪審コンサルティングをおこなう。今回もその口だ。
ウェンドールには、あらかじめ履歴書や実績リストを送ってあった。ウェンドールはローレンスの能力を買っていたが、何しろ資金には乏しい。そこで、ローレンスの通常の報酬の30%の額に値切って雇い入れた。理想のためなら赤字は覚悟するというローレンスの弱みを知っていたからだ。
3 陪審員の選任での駆け引き
アメリカでは、合衆国憲法そのほかの法律や慣習法にしたがって、(全部というわけではないが)事件の性質や内容に応じて陪審裁判がおこなわれる。日本の裁判員制度も、アメリカの陪審員制度を相当に参考にしている。
で、裁判員の選任とよく似た方法で一般市民から陪審員を選び出して、法廷での審理にもとづいた評決をおこなわせる。アメリカは移民からなる国民なので、地域や地方ごとに公正さや公平を期待して、住民人口の人種構成にほぼ比例して各人種(エスニシティ)から陪審員を選ぶようになっている。
この陪審裁判で判事の役割としては、法律の専門家としてアドヴァイスしたり、審理の進行の管理とか弁論の逸脱を防いだり、解明が必要な点を提示したりすることなどが期待されている。
で、州や地区などの司法管轄区ごとに有権市=選挙人名簿をもとにして陪審員メンバーの候補を選び出して、本人に通知し裁判所に召喚する。そこで、原告・被告双方の弁護士を立ち会わせて(弁護士や判事が)候補者に一定の質問をぶつけて返答させながら、それぞれが自分たちに有利な評決をしてくれそうな、あるいは「中立・公正さ」を保ってくれそうな人物を陪審員に選任する。
もちろん、候補者の職業、所得、階級・階層とか支持政党、政治的信条など、わかっている情報にもとづいて、各陣営が選び出す。そして、自分たちに不利な意見や評価をしそうな人物に対しては、忌避を表明して、陪審員メンバーから外そうと画策する。もちろん、原則的には、選任手続き法廷内部での審査をつうじてだが。
そのため、陪審コンサルタントたちは選任手続きに参加して、候補者たちの法廷での返答や発言、表情、姿勢、そして事前に入手した資料(職業や来歴)などから心理分析しながら、弁護士に助言する。
したがって、陪審員選任手続きの段階で、すでに法廷での論争・対決、駆け引きは始まっている。自分に味方するであろう陣営・戦線の構築をめぐる争いが、激しく繰り広げられるのだ。
つまりは、そういう戦闘における参謀(スタッフ)として、陪審コンサルタントたちは活躍するわけだ。
ところが、ランキン・フィッチはけっして表舞台には出ない。
選任手続きには、自分の代わりとなる弁護士やコンサルタントを出廷させ、その代わり、彼らに隠し撮りカメラや隠しマイクロフォンを持たせて、法廷内の映像や音声を収録させる。自分は「隠れ家」に潜んで、多数(30はいるか!?)のティームスタッフとともに、それまでに収集した情報とともに映像や音声からの情報を解析・総合して受け入れや忌避の判断を下し、それを即座に法廷の弁護士たちに伝える。
とはいえ、いつでも自分たちの思惑どおりのメンバーが選ばれるわけではない。気に入らないメンバーが選ばれることもある。そういう場合には、ただちに、弱みをつかんでの脅迫・強要、さらには大金をつぎ込んでの買収(ただし目に見えない、法律の網をくぐるというのが鉄則)工作を始めるのだ。
要するに、銃器メイカーは、ランキン・フィッチという秘密情報組織、暴力装置をつかって、陪審評決を支配しようというのだ。
ところで、陪審員は12人で、これに補欠員が3人加えられて、法廷審理に参加する。というのは、正規の陪審員が何らかの理由で陪審員を続けられなくなった場合に備えて審理に立ち会わなければならないからだ。
陪審員の選任手続きでは、およそ50人くらいの候補者のなかから12人プラス3人を選び出すことになる。
■ニコラス・イースター■
とはいえ、悪役だけではドラマは成り立たない。ここに、ランキン・フィッチに戦いをいどむ人物たちが登場する。だが、「正義の味方」「善人」ではないようだ。腹に何か企みを秘めているようだ。つまりは、コンゲイム=騙し合いのストーリーなのである。
彼は8か月前にニュウオーリーンズに移ってきて、今はコンピュータゲイム・ソフトの販売店に努めている。34歳で、アルバイトの大学生ということだが、ランキンのスタッフの調べでは、どこの大学にも籍はない。謎の人物だ。
ランキンは、ニコラスが陪審員の候補者に選ばれたときから、スタッフたちに監視・盗撮をさせてきた。一見、お気軽な若者という感じだが、相手の受けを狙う、いい子ぶるという性格なので、原告に同情して周囲の歓心を買おうとするかもしれない。
というわけで、ランキンはニコラスを忌避するように弁護士に伝えた。
ところが、ハーキン判事がニコラスに質問したときに、ニコラスが陪審員になるよりも連邦規模でのヴァーチャルゲイム大会への参加の方が大事だというようなそぶりを見せたことから、判事が陪審員として市民的義務を果たすようにと強弁したため、原告・被告双方とも、ニコラスを選任するしかなくなった。
これは、ニコラスの手管だった。
彼は陪審員メンバーに加わることで、何かを画策しているのだ。
4 陪審員を誘導する
いよいよ弁論と審理が始まった。
そのとたん、駆け引きと騙し合いが展開する。
ニコラスと連絡を取り合っている若い女性、ギャビー(ガブリエラ)が、傍聴席に金髪の「かつら」をかぶって現れ、法廷の女性事務員に両陣営の弁護士に封筒を渡すように依頼して姿を消した。
ウェンドールが封筒を開けると、「陪審員売ります(Juries For Sale)」というメッセイジが入っていた。陪審員全員の顔写真を乗せてパソコンで編集(カラー出力)したカードだった。同じカードは被告側弁護士にも渡った。陪審員をめぐることなので、カードはただちにランキン・フィッチに回された。
この時点では、両陣営とも、相手側が仕かけた罠だと考えた。
とりわけランキンは、自分の作戦どおりに陪審員の意見・評決の操作を続けようとしていた。
牧師の妻の過去の不倫を探り出して脅迫。
さらに、食料品スーパーマーケット・チェインの売り場主任の男性を買収しようとする。なんと、スーパーの株式をそっくり買い取って、その男を管理職に据えようとした。抜擢と引き換えに、評決を買い取ろうというのだ。
さらさらに、黒人の若者がHIV検査で陽性だったことも暴き出し、脅迫を始めた。
■ニコラスの暗躍■
ところが、ニコラスは、ランキン・フィッチが陪審員を絡め取ろうとしていることを知っていた。そこで、ランキンが想定している陪審員の動きから逸脱させる画策を始めた。撹乱作戦だ。陪審員たちを誘導しようとする別の力がはたらいていることを示そうというのか。
まず手始めは、陪審員長の選出だった。
ランキンは、陪審員メンバーのなかで保守的で権威主義的な態度をとり、仕切りたがっている男、フランク・ヘレーラが陪審員長になるはずと見ていた。ヘレーラはキューバからの亡命移民の子孫で、海兵隊の曹長(教官)あがりで、世界各地の危険な任地に赴いてきた。だが、退役後は、プールの清掃作業員をしている。
そのヘレーラが陪審員長の選出手続きを仕切り始めた。
ところが、ニコラスが反対意見を切り出し、別の何人かが立候補するように仕向け、彼自身は盲目の老人、ハ-マン・グライムズを推薦し、結局、ハーマンを長に据えることに成功した。
ハーマンは、視力障害を理由に陪審員選任に疑問を呈した判事に、過去の判例をひいて堂々と反論して選任を認めさせた反骨漢だ。弱い立場の人びとに親近感を持っていると見られる。
次は初日の昼食だった。
ニコラスがランチの配達を請け負った店のメニューチラシを窓の外に投げ捨て、それを拾ったギャビーが電話番号を見て店にランチの配達時間を遅らせる電話を入れた。そして、ランチの遅配を理由に、判事にかけ合い、近くの高級レストランで陪審員メンバーが昼食を食べるように段取りした。
陪審員をめぐる動きに異常が発生したことを、ランキンが察知して不安を感じ始めた。
そのやさきに、ギャビーがマーリーと名乗って電話を入れた。「望ましい評決を得たいなら、陪審員を買収しろ。われわれが陪審員を誘導しているから」と。買収の代金はあとで知らせる、と言ってギャビーは電話を切った。
■攻防■
ランキン・フィッチのティームによる(過去の不倫を暴き出され)脅迫で追いつめられた女性は、トイレのなかで睡眠薬を過剰に飲みこんで自殺をはかった。異常に気づいたニコラスが駈けつけて手当てしたが、意識不明のまま病院に運び込まれた。
ニコラスは、陪審員たちを操ろうとするニコラスとランキンとの戦い=駆け引きに巻き込まれて自殺をはかるまでに追いつめられた者が出たことで、ニコラスは動揺する。
さらに、それまで陽気だった黒人の青年は、HIV検査で陽性反応がでたことを脅迫されたことで、動揺しすっかり落ち込んでいた。
さらに、ニコラスが陪審員たちを誘導しようとしていることを知ったランキン・フィッチは、調査員の1人をニコラスの部屋に侵入させて、コンピュータのデータを盗み出させようとした。ところが、その男の侵入最中にニコラスが部屋に戻ったため、男は逃げ出し、ニコラスが追いかけて乱闘する騒ぎとなった。
侵入者が部屋を物色する様子は、ニコラスが仕かけておいた隠しカメラに録画された。
ギャビーはマーリーの偽名でランキンに電話して、陪審評決を買収する代金として1000万ドルを請求した。同じ要求額をウェンドール弁護士にも提示した。
ギャビーはランキンへの電話で、陪審員を操るために動いているのがニコラスだと打ち明け、これまでにランキンの意想外のできごとが起きたのは彼の画策だと告げた。だから、銃器メイカーに有利な評決を引き出すために要求額を払え、というわけだ。
ニコラスは、ランキンが仕かけた攻撃に対抗して、自分の画策の威力がどれほどのものか示すために、ランキンが選好した陪審員の1人、中年の女性を陪審員メンバーから追い出すための工作を仕かけた。
その女性は陪審員質にアルコールを持ち込み隠れてしょっちゅう飲んでいた。ニコラスは二日酔いを偽装して「迎え酒」をもらう段取りに運び、その女性が酒瓶を持ち込んでいることが発覚するように仕向けた。
彼女は、陪審員メンバーから外された。
■陪審員の隔離■
これまでの陪審裁判で思うように評決を操ってきたランキン・フィッチにしてみれば、はじめて経験する反撃だった。いささか逆上気味のランキンは、暴力を見せつけてニコラスとマーリーを威嚇しようとした。
破壊や暴行専門の(ゴロツキ)スタッフをニコラスの部屋に押し込みさせて、乱暴な家探しと破壊をおこなわせた。そのゴロツキは、床板をはがして、ニコラスのi-Podを見つけて盗み出し、さらに室内に灯油をまいて放火した。
しだいに暴力的傾向がエスカレイトしていく戦いの先行きを恐れたニコラスは、ギャビーに作戦の中止を提案するが、ギャビーは続けることを強く主張した。
しかし、ランキンたちの攻撃から陪審員メンバーを守り、なおかつ、ランキンへの痛烈な反撃を加えるために、ニコラスはハーキン判事に、今回の自室への侵入と破壊、放火は陪審員を脅迫しようとする組織の仕業だと通報し、先日録画した侵入者の映像を提出した。
憤り事態を深刻に受け止めた判事は、陪審員団を(厳重な警護を施して)法廷を出たら安全な場所に隔離することにした。そうなると、ランキン・フィッチのティームは、今後いっさい陪審員に近づくことはできない。こうして、それ以後、ランキンは陪審員を操作する荒業を打ち出すことができなくなってしまった。
残された手段は、マーリーに1000万ドルを支払うことだけだ。
というわけで、マーリーと会って要求を飲むことにしたと意思表示した。だが、その裏では、調査員とゴロツキを駆使して、マーリーの正体と居場所を暴き出し、力づくで排除しようする作戦を進めていた。
続く。
原題 Runaway Jury(だまして逃げろ陪審)
原作 John Ray Grisham, Runaway Jury, 1996
見どころ
これまでいくつかの法廷もの作品を取り上げた。それらは、証拠や証人の確保や隠蔽なども含めて、一応法廷内での弁論によえる攻防・駆け引きで勝訴をねらう原告側・被告側の対決の構図を描くドラマだった。
ところが、この作品に登場する主人公の一人、陪審コンサルタントのランキン・フィッチは、「陪審員席のメンバーが決まったときには、すでに評決(判決)は決まったも同然」「判決は金で買い取るものだ!」と言い切る。彼は巨額の報酬で大企業から雇われて、陪審裁判の評決のゆくえを操作するのが仕事だ。
つまり、法廷内でどのような証言や弁論、審理がおこなわれようと、必ずクライアントが望む評決・判決に持ち込むためのノウハウと能力を備えた専門家(法廷傭兵)というわけだ。
ランキンが率いるティームには、法律はもとよりITや心理学などの専門家が結集し、さらに法廷外で盗聴、尾行、破壊、掠奪、脅迫さえ遂行する「専門家」も雇われている。
もちろん、法廷内での弁論や審理に対して、一人ひとりの陪審員がどのように反応し、どういう意見・心象を抱くかも予測・分析する。だが、それは陪審員の意見を買収し、あるいは誘導するための条件を見極めるためにすぎない。
今、アメリカの司法界では、少なくとも大企業や巨大組織が絡み、巨額の金が動く場合には、30年前には予想もつかなかった陪審員の心理の操作とか「裁判の買収」戦略が繰り広げられるようになっている。この作品は、その傾向を誇張しながらも、起りそうなできごとを描き出そうとしているのだ。
*原作について
原作では、原告、セレステの夫は長年の喫煙の結果、肺癌で死亡したことから、セレステはウェンドール・ドーアー弁護士を代理人として、巨大タバコ会社を相手取って過失責任による民事賠償を求めて提訴した。ここでは、タバコ会社は発癌の危険性を知りながら、その危険性を需要者に明白に警告することなく、製造物を社会に供給し続け、発癌の危険性を社会全体に撒き散らしてきたという過失責任が問われることになった。
アメリカでは、1980年代から、嗜好品を含めた飲食物などの製造メイカーは、製造物の内容や性質に応じて、どのような摂取方法が健康上安全か、あるいはどのような摂取方法が危険かを明示する責任をもつという見方が普及した状況が背景にある。
もっとも、アメリカでは、コーラやチップス菓子、高糖質・高脂肪の食品の摂取が肥満や循環器系疾患の大きな原因となっていると、生化学的・医学的に「ほぼ証明」されて久しい。だが、こうした業界の主要メイカーで倒産したものはない。相変わらず、大量の製品を供給し続けている。
資本主義的産業として、大手を振って経営を続けている。ということは、いく度裁判で問題とされても、決定的な敗北にはいたっていないということを意味する。
タバコ業界だけではないのだ。
ただし、原作でも陪審コンサルタントの「えげつないやり方」は同じだ。
映画では、かなり製造物の性質が違う銃器のメイカーが被告となっている。
そこには、映画制作陣の考え方が現れている。タバコ会社が社会への供給・流通において、その製造物の使用や消費における危険性を知覚しているならば、その危険性に配慮し、安全な使用・消費方法を提示すべきだ、という法理を銃にも直接に適用したわけだ。
その意味では、法理の適用にかなりムリがあるように見える。だが、映像化した背景には、それだけ銃による殺傷事件がひどい事情があるということだ。
ランキン・フィッチ(ジーン・ハックマン)は物語のなかで、「毎年、銃によって死亡する人びとの数は3万人、また銃によって傷害を受ける人びとは10万人にのぼる」と語っている。
1 デイトレイダーの錯乱(銃乱射事件)
事件はある日の朝、ニュウオーリーンズのダウンタウン、金融街で発生した。
トレイダーの1人、ジェイコブ・ウッドが金融投資会社に出勤して間もなく、フロアに騒ぎが広まった。銃声と悲鳴が飛び交った。やがて、1人の男がジェイコブの部屋に侵入して彼の頭部に銃弾を撃ち込んだ。ジェイコブは即死だった。
犯人は、つい先日まで同じフロアでともに働いていたデイトレイダーの1人だった。名はペルティエ。だが、その男はデイトレイディングに失敗して巨額の損失をこうむり失職した。追いつめられた結果、その男は錯乱し、銃を密買して職場に侵入して銃を乱射し11人を殺害し5人に重傷を負わせた。そして、最後に自分の頭を吹き飛ばした。
■デイトレイダー■
デイトレイダー(day-traders)とは、各自の投資=投機戦略にもとづいて、その日(金融市場の営業時間)のうちにあらゆる金融商品(株券、債券、ディリバティヴ、先物など)を買い入れてタイミングをはかって売り抜けて利ザヤを稼ぐ仲買人(ブロウカー)だ。
彼らが勤務する会社は、独立の仲買人たちからなる合名会社というか組合みたいな組織である。トレイダーは各自、独立の商人であるが、事務所を構え、彼らを補助する事務員や秘書、クラークなどを雇用するなどの組織運営・経営をおこなうために企業団体を形成している。
で、利ザヤ稼ぎが仕事だから、損失を出すのは、自分のポストを危うくすることになる。1日当たり、週当たりなど一定の期間に出してもよい損失の限度額が設定されている。損失を出しても、それを上回る成功をすればいいというわけだ。
だが、回復不能と見なされた損失限度額を超えると、団体から放り出される(解雇、失職、いや資格停止というべきか)。
トレイダーの報酬は、収益をプールして成果に応じて分配するやり方や、各自が自分の利益を受け取り、事務所経営のための共同費用負担分を拠出する方法など、多様らしい。いずれにせよ、完全な成功(成果)比例型の報酬を受け取る自己責任の世界だという。
そういう世界だから、金融危機の発生の直後には、自殺者が急増するようだ。日々、多くの脱落者やスピンアウターが続出する。
2 銃器メイカーに対する損害賠償訴訟
事件から2年後、殺害されたジェイコブ・ウッドの未亡人セレステが銃製造企業、ヴィックスバーグを相手取って、民事賠償請求の訴訟を起こした。
銃メイカーは、会社が製造した銃器がどこに流れ、どう使われようと一向に無頓着に何の管理もなく、アメリカ中に流通し販売している。それによって犯罪(銃の乱射など)が起きて夫が殺されたことについて、過失責任がある。そこで、生きていれば夫が稼いだであろう収入分の逸失利益の損害賠償と特別賠償(日本の慰謝料にあたる)の支払いを求める。
というのが、セレステ側の言い分だった。
法廷代理人はウェンドール・ドーアー弁護士。市民派の法律家で、権利や利益を侵害された市民を救済するために、被害者からは費用を受け取らず、リベラル派の法律家がつくった団体から支払われる報酬で活動している。そのため、マスメディアや大企業からは、「目立ちたがりで売名行為が好きな弁護士」、「自分の理想のために被害者を利用している政治屋」と煙たがられている。
■ガンメイカー側の優勢の仕組み■
一方、ヴィックスバーグ社は有力な弁護士に加えて、陪審評決を思い通りに操ると言われている陪審コンサルタント、ランキン・フィッチを雇い、2000万ドル+必要経費を投じて受けて立つ構え。巨額のコストだが、毎年数十億ドルという市場=収益を守るためには、必要な「保険料」なのだ。
とりわけランキン・フィッチは、普通の陪審コンサルタントとは違って、闇で動くティームを使って強引に陪審員の評決を誘導する「荒業男」と呼ばれ、法律家たちから恐れられていた。銃器業界は、最有力の手駒をチェスボードの上に乗せたのだ。
普通の陪審コンサルタントは、陪審員の選任にあたって、誰を選べばクライアントに有利な判断・評決を引き出せそうかをアドヴァイスしたり、法廷審理の動きを見ながら陪審員メンバーの思考スタイルや価値観、心情を分析して、法廷での弁論のやり方とか、どういう証人を召還し、どういう証拠を提示すべきか助言する。
だいたいは心理分析の専門家や法律、医学、化学など訴訟に関係する企業・業界についての専門知識をもつメンバーからなるティームを編成して訴訟支援をおこなうという。
こういう専門家スタッフ=集団を雇い入れることができるのは、富と権力を持つ団体や大企業だけとなるだろう。「強いものがさらに強くなろうとする」動きを自由にさせるというのが、アメリカの訴訟社会なのだ。
ところが、ランキンは、陪審員メンバーの個人情報を探り出して弱みをつかんで脅迫したり、買収工作をしたりして、陪審員評決を支配してしまうのだという。
それにしても、アメリカの大手銃器製造企業グループは、年間400万ドル以上の拠出金で基金を立ち上げ、何億ドルもの基金をプールし、一般市民からの民事賠償請求裁判やや銃規制導入を求める行政裁判などに備えているという。
そして、民事賠償請求裁判では、これまでに一度として敗訴したことがないという。経営陣の個人名で議会の保守派(多くは共和党)の議員や団体に巨額の政治献金をおこない、また、合衆国ライフル協会という強力な圧力団体を背景に銃規制反対の世論づくりを推し進めている。この戦略は、いままのところ大成功をおさめている。
■原告側の陪審コンサルタント■
力技、荒業で恐れられているランキン・フィッチが銃メイカー側に雇われたことで、ウェンドールはかなり厳し立場に立たされた。そんな彼の前に現れたのが、有能だがごくまっとうな陪審コンサルタントのローレンス・グリーン。
彼は熱心な銃規制推進派で、そのためには無償で活動することもある。今回も交通費を自弁してフィラデルフィアからやって来た。あまり資金のないクライアントの側に立って自分の理想のために動くときは、彼は1人であらゆる陪審コンサルティングをおこなう。今回もその口だ。
ウェンドールには、あらかじめ履歴書や実績リストを送ってあった。ウェンドールはローレンスの能力を買っていたが、何しろ資金には乏しい。そこで、ローレンスの通常の報酬の30%の額に値切って雇い入れた。理想のためなら赤字は覚悟するというローレンスの弱みを知っていたからだ。
3 陪審員の選任での駆け引き
アメリカでは、合衆国憲法そのほかの法律や慣習法にしたがって、(全部というわけではないが)事件の性質や内容に応じて陪審裁判がおこなわれる。日本の裁判員制度も、アメリカの陪審員制度を相当に参考にしている。
で、裁判員の選任とよく似た方法で一般市民から陪審員を選び出して、法廷での審理にもとづいた評決をおこなわせる。アメリカは移民からなる国民なので、地域や地方ごとに公正さや公平を期待して、住民人口の人種構成にほぼ比例して各人種(エスニシティ)から陪審員を選ぶようになっている。
この陪審裁判で判事の役割としては、法律の専門家としてアドヴァイスしたり、審理の進行の管理とか弁論の逸脱を防いだり、解明が必要な点を提示したりすることなどが期待されている。
で、州や地区などの司法管轄区ごとに有権市=選挙人名簿をもとにして陪審員メンバーの候補を選び出して、本人に通知し裁判所に召喚する。そこで、原告・被告双方の弁護士を立ち会わせて(弁護士や判事が)候補者に一定の質問をぶつけて返答させながら、それぞれが自分たちに有利な評決をしてくれそうな、あるいは「中立・公正さ」を保ってくれそうな人物を陪審員に選任する。
もちろん、候補者の職業、所得、階級・階層とか支持政党、政治的信条など、わかっている情報にもとづいて、各陣営が選び出す。そして、自分たちに不利な意見や評価をしそうな人物に対しては、忌避を表明して、陪審員メンバーから外そうと画策する。もちろん、原則的には、選任手続き法廷内部での審査をつうじてだが。
そのため、陪審コンサルタントたちは選任手続きに参加して、候補者たちの法廷での返答や発言、表情、姿勢、そして事前に入手した資料(職業や来歴)などから心理分析しながら、弁護士に助言する。
したがって、陪審員選任手続きの段階で、すでに法廷での論争・対決、駆け引きは始まっている。自分に味方するであろう陣営・戦線の構築をめぐる争いが、激しく繰り広げられるのだ。
つまりは、そういう戦闘における参謀(スタッフ)として、陪審コンサルタントたちは活躍するわけだ。
ところが、ランキン・フィッチはけっして表舞台には出ない。
選任手続きには、自分の代わりとなる弁護士やコンサルタントを出廷させ、その代わり、彼らに隠し撮りカメラや隠しマイクロフォンを持たせて、法廷内の映像や音声を収録させる。自分は「隠れ家」に潜んで、多数(30はいるか!?)のティームスタッフとともに、それまでに収集した情報とともに映像や音声からの情報を解析・総合して受け入れや忌避の判断を下し、それを即座に法廷の弁護士たちに伝える。
とはいえ、いつでも自分たちの思惑どおりのメンバーが選ばれるわけではない。気に入らないメンバーが選ばれることもある。そういう場合には、ただちに、弱みをつかんでの脅迫・強要、さらには大金をつぎ込んでの買収(ただし目に見えない、法律の網をくぐるというのが鉄則)工作を始めるのだ。
要するに、銃器メイカーは、ランキン・フィッチという秘密情報組織、暴力装置をつかって、陪審評決を支配しようというのだ。
ところで、陪審員は12人で、これに補欠員が3人加えられて、法廷審理に参加する。というのは、正規の陪審員が何らかの理由で陪審員を続けられなくなった場合に備えて審理に立ち会わなければならないからだ。
陪審員の選任手続きでは、およそ50人くらいの候補者のなかから12人プラス3人を選び出すことになる。
■ニコラス・イースター■
とはいえ、悪役だけではドラマは成り立たない。ここに、ランキン・フィッチに戦いをいどむ人物たちが登場する。だが、「正義の味方」「善人」ではないようだ。腹に何か企みを秘めているようだ。つまりは、コンゲイム=騙し合いのストーリーなのである。
彼は8か月前にニュウオーリーンズに移ってきて、今はコンピュータゲイム・ソフトの販売店に努めている。34歳で、アルバイトの大学生ということだが、ランキンのスタッフの調べでは、どこの大学にも籍はない。謎の人物だ。
ランキンは、ニコラスが陪審員の候補者に選ばれたときから、スタッフたちに監視・盗撮をさせてきた。一見、お気軽な若者という感じだが、相手の受けを狙う、いい子ぶるという性格なので、原告に同情して周囲の歓心を買おうとするかもしれない。
というわけで、ランキンはニコラスを忌避するように弁護士に伝えた。
ところが、ハーキン判事がニコラスに質問したときに、ニコラスが陪審員になるよりも連邦規模でのヴァーチャルゲイム大会への参加の方が大事だというようなそぶりを見せたことから、判事が陪審員として市民的義務を果たすようにと強弁したため、原告・被告双方とも、ニコラスを選任するしかなくなった。
これは、ニコラスの手管だった。
彼は陪審員メンバーに加わることで、何かを画策しているのだ。
4 陪審員を誘導する
いよいよ弁論と審理が始まった。
そのとたん、駆け引きと騙し合いが展開する。
ニコラスと連絡を取り合っている若い女性、ギャビー(ガブリエラ)が、傍聴席に金髪の「かつら」をかぶって現れ、法廷の女性事務員に両陣営の弁護士に封筒を渡すように依頼して姿を消した。
ウェンドールが封筒を開けると、「陪審員売ります(Juries For Sale)」というメッセイジが入っていた。陪審員全員の顔写真を乗せてパソコンで編集(カラー出力)したカードだった。同じカードは被告側弁護士にも渡った。陪審員をめぐることなので、カードはただちにランキン・フィッチに回された。
この時点では、両陣営とも、相手側が仕かけた罠だと考えた。
とりわけランキンは、自分の作戦どおりに陪審員の意見・評決の操作を続けようとしていた。
牧師の妻の過去の不倫を探り出して脅迫。
さらに、食料品スーパーマーケット・チェインの売り場主任の男性を買収しようとする。なんと、スーパーの株式をそっくり買い取って、その男を管理職に据えようとした。抜擢と引き換えに、評決を買い取ろうというのだ。
さらさらに、黒人の若者がHIV検査で陽性だったことも暴き出し、脅迫を始めた。
■ニコラスの暗躍■
ところが、ニコラスは、ランキン・フィッチが陪審員を絡め取ろうとしていることを知っていた。そこで、ランキンが想定している陪審員の動きから逸脱させる画策を始めた。撹乱作戦だ。陪審員たちを誘導しようとする別の力がはたらいていることを示そうというのか。
まず手始めは、陪審員長の選出だった。
ランキンは、陪審員メンバーのなかで保守的で権威主義的な態度をとり、仕切りたがっている男、フランク・ヘレーラが陪審員長になるはずと見ていた。ヘレーラはキューバからの亡命移民の子孫で、海兵隊の曹長(教官)あがりで、世界各地の危険な任地に赴いてきた。だが、退役後は、プールの清掃作業員をしている。
そのヘレーラが陪審員長の選出手続きを仕切り始めた。
ところが、ニコラスが反対意見を切り出し、別の何人かが立候補するように仕向け、彼自身は盲目の老人、ハ-マン・グライムズを推薦し、結局、ハーマンを長に据えることに成功した。
ハーマンは、視力障害を理由に陪審員選任に疑問を呈した判事に、過去の判例をひいて堂々と反論して選任を認めさせた反骨漢だ。弱い立場の人びとに親近感を持っていると見られる。
次は初日の昼食だった。
ニコラスがランチの配達を請け負った店のメニューチラシを窓の外に投げ捨て、それを拾ったギャビーが電話番号を見て店にランチの配達時間を遅らせる電話を入れた。そして、ランチの遅配を理由に、判事にかけ合い、近くの高級レストランで陪審員メンバーが昼食を食べるように段取りした。
陪審員をめぐる動きに異常が発生したことを、ランキンが察知して不安を感じ始めた。
そのやさきに、ギャビーがマーリーと名乗って電話を入れた。「望ましい評決を得たいなら、陪審員を買収しろ。われわれが陪審員を誘導しているから」と。買収の代金はあとで知らせる、と言ってギャビーは電話を切った。
■攻防■
ランキン・フィッチのティームによる(過去の不倫を暴き出され)脅迫で追いつめられた女性は、トイレのなかで睡眠薬を過剰に飲みこんで自殺をはかった。異常に気づいたニコラスが駈けつけて手当てしたが、意識不明のまま病院に運び込まれた。
ニコラスは、陪審員たちを操ろうとするニコラスとランキンとの戦い=駆け引きに巻き込まれて自殺をはかるまでに追いつめられた者が出たことで、ニコラスは動揺する。
さらに、それまで陽気だった黒人の青年は、HIV検査で陽性反応がでたことを脅迫されたことで、動揺しすっかり落ち込んでいた。
さらに、ニコラスが陪審員たちを誘導しようとしていることを知ったランキン・フィッチは、調査員の1人をニコラスの部屋に侵入させて、コンピュータのデータを盗み出させようとした。ところが、その男の侵入最中にニコラスが部屋に戻ったため、男は逃げ出し、ニコラスが追いかけて乱闘する騒ぎとなった。
侵入者が部屋を物色する様子は、ニコラスが仕かけておいた隠しカメラに録画された。
ギャビーはマーリーの偽名でランキンに電話して、陪審評決を買収する代金として1000万ドルを請求した。同じ要求額をウェンドール弁護士にも提示した。
ギャビーはランキンへの電話で、陪審員を操るために動いているのがニコラスだと打ち明け、これまでにランキンの意想外のできごとが起きたのは彼の画策だと告げた。だから、銃器メイカーに有利な評決を引き出すために要求額を払え、というわけだ。
ニコラスは、ランキンが仕かけた攻撃に対抗して、自分の画策の威力がどれほどのものか示すために、ランキンが選好した陪審員の1人、中年の女性を陪審員メンバーから追い出すための工作を仕かけた。
その女性は陪審員質にアルコールを持ち込み隠れてしょっちゅう飲んでいた。ニコラスは二日酔いを偽装して「迎え酒」をもらう段取りに運び、その女性が酒瓶を持ち込んでいることが発覚するように仕向けた。
彼女は、陪審員メンバーから外された。
■陪審員の隔離■
これまでの陪審裁判で思うように評決を操ってきたランキン・フィッチにしてみれば、はじめて経験する反撃だった。いささか逆上気味のランキンは、暴力を見せつけてニコラスとマーリーを威嚇しようとした。
破壊や暴行専門の(ゴロツキ)スタッフをニコラスの部屋に押し込みさせて、乱暴な家探しと破壊をおこなわせた。そのゴロツキは、床板をはがして、ニコラスのi-Podを見つけて盗み出し、さらに室内に灯油をまいて放火した。
しだいに暴力的傾向がエスカレイトしていく戦いの先行きを恐れたニコラスは、ギャビーに作戦の中止を提案するが、ギャビーは続けることを強く主張した。
しかし、ランキンたちの攻撃から陪審員メンバーを守り、なおかつ、ランキンへの痛烈な反撃を加えるために、ニコラスはハーキン判事に、今回の自室への侵入と破壊、放火は陪審員を脅迫しようとする組織の仕業だと通報し、先日録画した侵入者の映像を提出した。
憤り事態を深刻に受け止めた判事は、陪審員団を(厳重な警護を施して)法廷を出たら安全な場所に隔離することにした。そうなると、ランキン・フィッチのティームは、今後いっさい陪審員に近づくことはできない。こうして、それ以後、ランキンは陪審員を操作する荒業を打ち出すことができなくなってしまった。
残された手段は、マーリーに1000万ドルを支払うことだけだ。
というわけで、マーリーと会って要求を飲むことにしたと意思表示した。だが、その裏では、調査員とゴロツキを駆使して、マーリーの正体と居場所を暴き出し、力づくで排除しようする作戦を進めていた。
続く。