猿八座 渡部八太夫

古説経・古浄瑠璃の世界

忘れ去られた物語たち 36 古浄瑠璃 ゆみつき⑤終

2015年02月25日 13時57分36秒 | 忘れ去られた物語シリーズ
弓継 ⑤終

 さて、天台座主延昌が高座に上がられました。貴賤の人々が、聴衆として集まっています。やがて、真文(しんもん)が読まれ、表白(ひょうびゃく)が終わり、願文へと進みました。
導師が、諷誦(ふじゅ)を取り上げました。中を見てみますと、女性の筆跡なのでしょうか、仮名書きの諷誦文(ふじゅもん)でした。導師は、諷誦を読み上げ始めました。
「敬って、申し受ける。諷誦文の事。三法修法の御布施。志す所は、ひとつに、二親の尊霊、並びに、兄玉松丸の菩提。かれこれ三十三回忌の供養の為一通の諷誦を献げ奉る。それ、春の花は梢に咲くが、風に従って散る悲しみがあり。又、秋の月は、誠を照らし出すが、雲に隠れる悲しみあり。これは、皆、生者必滅の理なり。大善根の余恵を頼れば、三界の火宅から解放されて、一仏成道に達すること疑い無し。乃至法界平等利益(ないしほうかいびょうどうりやく)の為。加州、頭川の里、松野尾、玉鶴女。」
と導師は、読み終えるなり、諷誦を顔に当てて、むせび泣きました。しばらくして、導師は、
「私こそ、玉松丸です。」
と、声を上げるのでした。御簾の内に居た玉鶴は、転げ出て、
「私は、ここに居ます。」
と、導師延昌の袖に縋り付くのでした。互いに、これは、これはと涙々の再会です。やがて、導師は錦の袋から、弓の折れを取り出しました。
「一張の弓の折れの霊験によって、親の教えを貫いて、学問を究めることができたのです。」
と、声高く詠嘆いたしました。すると今度は、群衆の中に居た松野尾夫婦が、これは、我が子に疑い無しと、簑笠を投げ捨てて、飛び出して来ました。
「松野尾夫婦とは、我等のことである。これ、弓の本末も、ここにあるぞ。」
驚いた、玉鶴も導師も、高座から駆け下りて、親子四人は、消え入る様に泣くばかりです。
やがて、天台座主延昌は、互いの弓の折れを取り合わせて、一張の弓とすると、こう言いました。
「もう、歎く事は無い。親子の縁は一世と言うけれど、我等は二世の契りを果たすも同然。浦島太郎が、七世先の孫に会った奇蹟と同じことだ。親孝行の志が強かったので、諸天三宝がお助け下さって、再び親子が対面できたのだ。」
まったく、例し少なき次第であると、感激しない者はありませんでした。


おわり

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