猿八座 渡部八太夫

古説経・古浄瑠璃の世界

忘れ去られた物語たち 3 説経松浦長者④

2011年11月19日 15時59分03秒 | 忘れ去られた物語シリーズ

まつら長者(小夜姫)④

 長い旅の末にようやく館に着いた権下の太夫は、休む間も無く、奥の座敷を祓い清めると小夜姫を奥の座敷に招き入れると、そぐり藁の荒ムシロを敷き、その上に小夜姫を座らせました。見も知らぬ異国に連れて来られ、只でも心細い小夜姫は、何が始まるのかと涙ぐんでいますと、太夫は、〆を七重に張り回して、十二幣を切り、七十二の幣を立てました。それから、姫を湯殿に下ろすと、湯垢離(ゆごり)を七回、水垢離を七回、塩垢離を七回させて、二十一度の垢離をさせてその身を清めさせました。

 何のことか分からない小夜姫はたまりかねて、女房達に聞きました。

「いかに、女房達、奥州では、家に上がるのにこのようにしなければならないのですか。」

すると女房達は、こう答えました。

「あら、いたわしい姫様、知らないのであれば、教えてあげましょう。館より北十八丁ほどの所に「さくらの渕」という周囲三里ほどの池があります。その池に築島があり、その島に三階の祭壇を飾って、しめ縄を張り、あなたを大蛇の餌として供えるために、このようにお清めをしているのです。」

 今まで何にも聞かされてなかった小夜姫の驚き様は例え様もありません。倒れ伏して泣きながら、

「そもそも、私を買って末の養子とするとは聞きましたが、人身御供になると約束した憶えはありません。」

と、口説く姿があまりにも哀れだったので、御台が近づいていたわりの声を掛けました。

「いかに、姫、あなたの嘆きはもっともです。都の方とは聞いていますが、お国はどちらですか。私も、来年の春には、京の都に参りますので、父母への便りの文を届けてあげますから、文をお書きなさい。」

あまりのことに、小夜姫は、返事をすることもできませんでした。小夜姫は、故郷への形見の文を書こうと筆を持ちましたが、次々と涙が溢れてきて、とうとう文を書くことができませんでした。

 

 さて、小夜姫のお清めを済ませた太夫は、三階の祭壇を調えると、葦毛の馬にまたがって、八郷八村に触れて回りました。

「今度、権下の太夫こそ、生け贄の当番に当たりて候。都より姫一人買い取りて下るなり。皆々、お出でましまし、見物なされ候え。」

 近隣の人々は、池のほとりに桟敷を作り、小屋がけして、上下貴賤を問わず、ぞくぞくと池の周りに集まって、今や遅しとその時を待つのでした。

 太夫は館に戻ると、小夜姫の装束を改めさせて、

「いかに姫、おん身を、これまで連れて来たのは外でもない。あの山の奥に大きなる池があり、年に一度、身御供を供えなければならない。今年の当番が、それがしである。

おん身を供え申す。お覚悟あれ。」

と言いました。小夜姫は、涙を流しながらも、

「かねてより、いかなる憂き目も覚悟の上、かかることとは夢とも知りませんでしたが、父の菩提のそのためと思えば、恨みもありません。ただ、都の母上様だけが気がかりです。」

と言うと、網代の輿に乗り込みました。やがて輿が、池へと到着すると、池の周りに所狭しと詰めかけた群衆がどよめきました。輿を降りた小夜姫は、舟に乗せられ、築島の祭壇へと向いました。三段の祭壇の一番上には小夜姫が、中段には神主が、下段には当番の太夫が上がりました。やがて、神主が、

「あら有り難の次第やな、これは、権下の太夫の所、繁盛のそのために、お守り有りてたび給え。」

と、肝胆砕いて礼拝しました。それから太夫も礼拝し、さらに様々な祈誓をかけて、唱え事をすると、神主と太夫は、また舟に乗って岸に戻りました。

 祭壇の三階に小夜姫は一人残され、池の周りの群衆は、いよいよ姫の最期と、固唾をのんで見つめておりました。

Photo_2 坪坂観音縁起絵巻より(太夫の館と思われる場面)

つづく


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