猿八座 渡部八太夫

古説経・古浄瑠璃の世界

忘れ去られた物語たち 16 説経鎌田兵衛正清 ③

2013年01月21日 18時24分15秒 | 忘れ去られた物語シリーズ

かまだびょうえまさきよ ③

 明けて正月三日の朝、長田は、鎌田の首と取ろうと、やってきました。ところが、

四間には、なんと鎌田だけでなく、女房、廊の方と孫達までが、ひとつ枕に死んでいる

ではありませんか。これには、さすが不道の長田も、言葉も無く呆れ果てて立ち尽くし

てしまいました。しかし、今更どうしようも無く、無情にも鎌田の首を切り落としたの

でした。この長田を、憎まない者はありません。

 さて、それから長田は、なにくわぬ顔で、義朝公の御前に上がりました。長田は、

「今日は、三箇日の御嘉礼の日です。八幡宮(尾張八幡神社:愛知県知多市八幡)に御

社参なされて下さい。田上の湯(愛知県知多郡御浜町野間田上)と申すところがありますので、

そこで、まずは、行水をなさって下さい。」

と、騙したのでした。義朝は、

「これは、有り難い。先祖よりの郎等でなければ、このような便宜はいただけません。

必ず、長田に弓矢の冥加があり、七代まで安穏でありますように。」

と、祈るのでした。湯殿に着くと、義朝は、重代の刀を長田に預け、湯に入りました。

長田は、時分を見計らうと、

「誰かある。君のお垢をこすって参れ。」

と、言いました。企んだように、吉七五郎、弥七郎、浜田の三郎という、比類無き

大力の強者三人が、湯殿の中に乱れ入りました。中でも、五郎が、義朝にむんずと取り

組みかかると、義朝は、

「ええ、物々しや。」

と、掻き掴むと、えいっとばかりに、七八間、投げ付けました。すかざず、弥七郎と

三郎の二人が、左右から差し通しましたが、義朝は、二人を取って伏せ、浜田の刀を奪

い取りました。あっという間に二人の首を掻き落とすと、義朝は、長田の首も切ってくれんと

勇み立ちました。しかし、ここまで、追いつめられては、最早いかんともし難いと、思

い直して、湯船にどっかと腰を掛けました。

「如何に長田。義朝ほどの大将を、よくも卑怯にも騙したな。おそらくは、鎌田も既に

討たれたのであろう。やがて、思い知ることになるぞ。」

と、言い放ち、刀を取り直すと、右の腹に突き立て、えいとばかりに、左へきりりと引

き回しました。返す刀を取り直すと、袴の端に突き立てて、胸元を支えると、

「早や、首、取れ。」

と、長田を睨みました。長田は、ぶるぶる震えながら、薙刀を差し延べると、義朝の首

を討ち落としたのでした。それから、長田は、二つの首を並べて、金王の首が届くのを、

今や遅しと待ちました。

 

 これはさておき、内海では、金王を討ち取るために、綿密な作戦を立てていました。

先ず、第一班は、岸の岡の十郎。二班は、小栗の藤内、三番には、小久見の平太をそれぞれ

先に立てて、屈強の兵(つわもの)三十八人が、大船八艘を繰り出しました。遙かの沖

に漕ぎ出して、大網七丁を、おろしながら、ここには魚が居ない、ここにも魚が居ないと、

あっちこっちを移動して、金王の隙を狙って討ち取る計画でした。

 金王は、最初から覚悟の上でしたから、微塵も騒ぐ様子がありません。大薙刀で、歩

み板をどんどんと突き鳴らすと、

「やあやあ、方々。夕日が西に傾いてきたが、綱手を取らすに、先ほどから、俺をちら

ちらと見るのは、不審千万。おお、そうかそうか。お前達の主人長田が、翻意して、こ

の俺様を、討ち取る手立てと見えるわい。心の内に思いがあれば、その気配は、外に現

れる。天知る、地知る、我知る、人知る。いいか、近くに寄って怪我するな。ようく聞け。

先ず、薙刀の使い手には、「込む手」「薙ぐ手」「開く手」、磯打つ浪の「捲り(まくり)切り」

散々に薙ぎ倒して、薙刀が折れて砕け散れば、二振りの刀を、抜き変え抜き変え戦うぞ。

太刀も刀も折れ砕ければ、五人も十人も、左右の脇に掻き込んで、海の底にぶっ込んで、

五日も十日も塩水に浸し、魚の餌食にしてくれる。」

と、言うなり辺りを払って駆け回り始めました。人々は、この勢いに恐れをなして、震

え、戦慄き、船底にひれ伏してしまいました。まったく笑止千万な有様です。

 その時、金王は、俄に胸騒ぎを感じました。急ぎ船を陸に戻せと命じますが、水主(すいしゅ)

も舵取りも、じっとして動きません。金王は、怒り狂うと、

「ええ、憎っくき野郎ども、物見せてくれん。」

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