猿八座 渡部八太夫

古説経・古浄瑠璃の世界

忘れ去られた物語たち 21 説経毘沙門之本地⑤

2013年05月28日 13時21分54秒 | 忘れ去られた物語シリーズ

毘沙門の本地 ⑤

 さて、金色太子は、摩耶国を滅ぼした後、犍陟駒に鞭を当てて、急いでクル国を目指し

ました。ようやくクル国に到着した太子は、駒を乗り捨てると、王宮に駆け込みました。

ところが、大様もお后様も、金色太子に抱きついて、声を上げて泣くばかりです。金色太子

は、呆れ果てて、

「一体、どうしたというのですか。」

と尋ねると、お后様は涙をぬぐって、

「姫は、あなたに焦がれて、昨日、息を引き取ったのです。一夜を待てずに、短い生涯を閉

じてしまいました。どうして、もっと早く帰らなかったのですか。」

と喚き叫ぶのでした。金色太子は、夢か現かと驚いて、

「せめて、最期の時に間に合ったなら、こんな悔しい思いは、しなかったものを。たった一

夜のすれ違いで、あの世に行ってしまうとは、これはいったい、どんな因果の結果であろうか。」

と、人目も恥じずに、泣き崩れました。王様は、太子を慰めて、

「そんなに嘆くものではない。死んでしまったものは、もう仕方が無い。お前は、ここに

留まって、我々を慰めておくれ。姫宮がいなくなっても、我々の心は変わらないぞよ。お前

も疲れたことであろう。暫く、休息なされなさい。」

と言うのでした。哀れな金色太子は、それから、持仏堂に籠もりました。花を供え、香を焚

いて、悲しみの中に沈んで、こう口説くのでした。

「姫よ、冥途黄泉に行って、私を恨まないで下さい。私の心は昔と、少しも変わってはいません。

どうか、今一度現れて、私をそちらの国に連れて行ってください。」

その夜、冥土にいらっしゃる姫君は、金色太子の枕元にお立ちになりました。

「ああ、懐かしい金色太子様。私こそ、あなたの姫宮ですよ。苔の生(こけのう)での睦言

に、三年の間は待てとありましたから、明け暮れ待ち続けましたが、お出でにならないので、

心労が重なり、とうとう病となり、死んでしまいました。一夜を待てずに、空しくなった私

の心の内を、御察し下さい。しかし、これも成刧(じょうごう)ですから、仕方ありません。

今でも、私を恋しいと思ってくれるのなら、犍陟駒に打ち乗って、目を塞いで虚空に向かい、

つついの浄土(不明)をお尋ね下さい。そうすれば、必ずお逢いすることができるでしょう。

ここに留まって、お話をしていたのですが、時の太鼓が鳴っています。名残惜しくはありま

すが、これでお別れです。」

姫宮は、こう言うと悲しそうに消えて行きました。金色太子は、抱だき付こうと、かっぱと

起きましたが、もう既に姿は有りませんでした。太子は、声を上げて、

「ああ、なんと恨めしいことか。今一度、お姿を見せて下さい。」

と、そのままそこに倒れ伏して、只、ほうほうと泣くばかりです。落ちる涙を、振り払って

太子は、