猿八座 渡部八太夫

古説経・古浄瑠璃の世界

忘れ去られた物語たち 20 説経念仏大道人崙山上人之由来 ⑦終

2013年05月15日 23時16分05秒 | 忘れ去られた物語シリーズ

ろんざん上人⑦終

法論の奇特を得た、崙山上人は、いよいよ尊敬を集めるようになりましたが、ある時

玉若殿を近づけて、こう言うのでした。

「愚僧はこれから、諸国修行の旅に出る。再び関東へと下り、師匠にもお目に掛かりたい。」

そして、再び修行の旅を始めたのでした。

 これはさて置き、その頃。下総の国には、神崎陣内(こうざきじんない)という者が

ありました。元々西国の出身でしたが、行方不明になった主人を探し回っている内に、

身を成り崩して、今は追い剥ぎとなってしまったのでした。ある時陣内は、牛久保の弥

太郎という悪友と、いつもの様に悪巧みの相談をしました。

「おい、弥太郎。今夜も、いつも原に出て、通り掛かる奴を追い剥ぎして、少し酒代を

稼ぐとしよう。」

二人は、枸橘ヶ原(からたちがはら)と言う所に陣取ると、誰かが通り掛かるのを、今

か今かと、待ち受けました。そこに通り掛かったのは、崙山上人でした。二人の盗賊は、

ぬっと飛び出ると、左右に崙山上人を挟んで、

「やあ、御坊。ちょっと待て。長浪人にて尾羽を枯らした我等に、少しばかり酒手代(さかてしろ)

を恵んでもらおうか。」

と、睨め付けました。崙山は、

「おお、それは、お困りですね。しかし、愚僧は貧僧で蓄えも、着替えもありませんので、

お許し下さい。」

と言いました。盗賊は、怒って、

「なんとも、ふてぶてしい法師だな。その肩の油単(ゆたん)包みはなんだ。それを、よこせ。」

というなり、無理矢理に奪い取って、その上、袈裟も衣も剥ぎ取ろうと襲いかかって

きたのです。崙山は、抵抗もしませんでしたが、こう言いました。

「さてさて、あなた方は、破戒無慙(はかいむざん)の人達ですね。よっく聞きなさい。

水は方円の器物に従い、人は善悪の友に寄って決まるのです。あなた方は、悪業が深く、

善悪を弁えずに、今生で悪事を重ねていますが、死んで冥途に行ったならば、大変恐ろ

しい猛火の中に堕罪するのですよ。苦しみを受けるその時になって、後悔しても既に遅

いのです。愚僧をどうしようと構いませんが、あなた方の後世を思うと、不憫でなりません。」

これを聞いた盗賊は、更に怒って言いました。

「このくそ坊主。未来と言っても、何処に見てきた者がいるのか。地獄も極楽も、釈迦

とかいう似非者が、勝手に作った作り話よ。悪を作って地獄に落ちるか、お前のように、

三衣を纏って仏になるか。その証拠を見せてやる。」

そして、崙山上人を高手小手に縛り上げると、傍にあった松の木に吊し上げたのでした。

二人の盗賊は、

「おい、坊主よ。どうした。仏とやらは救いに来ないのか。それじゃあ、売僧(まいす)

をお勧めになる法師様に、暇を取らせてあげましょうか。」

と、言うなり太刀を抜き放ち、崙山上人に切りつけました。すると、その途端に、その

太刀は、ばらばらに砕け散ってしまったのでした。驚いた盗賊が目にしたものは、光を

放つ十一面観世音でした。腰を抜かした盗賊は、その場に平伏してわなわなと震えています。

崙山は何気ない様子で、盗賊の後ろに佇んでいました。盗賊達は飛び上がって驚くと、

「さてもさても、御僧は仏でありましたか。有り難や、有り難や。そうとも知らず、

縛り上げましたこと、何卒お許し下さい。この奇特を見る上は、どうか、我々を、弟子

にして下さい。」

と言うのでした。崙山上人は、

「おお、それは殊勝なこと。方々よ。例え十悪五逆の者であっても、一念仏心を起こす

時は、諸佛も感応するものです。それでは、出家なさい。」

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