和翠塾ブログ

目黒都立大にある書道教室「和翠塾」のブログです。

2011年に小学校に入った子供達の

2014-12-22 23:49:41 | 日記
65%は、『今は存在しない職業に就く』と予測する海外の研究者がいるそうです。
その発言を引用する形で、センター試験のシステムを2020年から大きく変える必然性を説明していました。

センター試験が時代の流れに合わせて変わる事は『流れ』でしょうから必然なのだと思います。

しかし、問題は、2020年代には65%も新しい仕事ができているっている研究者の発言です。
つまりそれは今の仕事の内35%しか残らないってことですよね?
今ある仕事の65%はおじいさんのランプになっちゃうってことでしょ?


わかりやすいところでは、バスやトラック、乗用車の自動運転ですかね。
電車はもちろん完全に無くなる職業でしょうが、職業ドライバーがいなくなるってことでしょうか。

ロボットが発達すると案内受付やエレベーターから人はいなくなるのでしょうね。
介護もロボ、ラーメンやの親父もロボ、
役者もスポーツもロボ?

まさかね!(笑)

でも遠い未来の話じゃなさそうです。

学校の先生をはじめ、楽器演奏も書道の先生もロボになっちゃうんでしょうか、、、

人間に心がある限り、心と心が通じ合うコミュニケーションが無くなることはありません!

ロボットに心があるのなら、私はロボットに書道だってドラムだって教えますよ!

書道もドラムも技術だけじゃ到達できない醍醐味をロボに教えてやるぜ~っ!

そんなファジーなロボ造ってくださいね!

そうか、そんな仕事が増えるのか、、、

想像すらできません。

でも、創造するロボだけはつくらないでくださいね。

それこそ人間の楽しみがなくなってしまうから。

2020年
東京オリンピックの年から何か一気に変わって行きそうです。

楽しみでもあり、少し怖くもありますね。










『もったいない』と『合理的』

2014-12-22 13:08:56 | 日記
『もったいない』と『合理的』は似ているようでいて、似ていないと思うのです。

『もったいない』は日本人のベースにある考え方です。
それは『無駄』とか『過剰』とか『過分』とか、謙譲を基本とした生き方そのものだとおもうのです。

それは相手の顔が見えなくても、『物』や『存在』、『行為』から感じる感情です。

お米という食べ物を作ってくれた農家の方に感謝しながら残さずいただく。
残したら『もったいない』のです。

お世話になった方のお宅にお邪魔した時、御手伝いさんがお茶を出してくださった。
それは仕事としての習慣であるかもしれないけれど、その家の主と客との関係を瞬時に判断して、美味しくお茶をいれて出してくれた思いやりと、その家の主の気持ちに『もったいない』と感じながら美味しくお茶をいただく。


お寺や神社の荘厳な佇まいに、それを造ってくれた人やその考え方を敬い、その建物や佇まいから何も感じることができないとすれば『もったいない』。

神々しい景色に出会えた事に思わず『もったいない』。
『ありがたい』を越えて『もったいない』。


『合理的』な考え方とは、自分に都合の良い合理性です。
それが、家族単位になっても、少し大きな組織でも、自分達にとって都合よく解釈した『合理的な考え方』なのです。

それが国家になっても同じなのです。

国家は国益を優先します。
それが国民の利益でなくても、一部の権力者の利益の為に『国益』を『合理性のある事』として国民を納得させます。

『合理的』な思考は、それを言い出した者と組織にのみ合理的であるのであって、普遍的ならものではないのです。

そこへいくと『もったいない』は違う。

『もったいない』は国のレベルをはるかに越えた、森羅万象『全て』に対する、人間としての接し方の姿勢なのです。

それはもちろん宇宙をも含んでいます。

『もったいない』はひょっとすると、宇宙で通用する共通の思想なのかもしれませんね(笑)

ボイジャーやはやぶさ2にも金属板に『もったいない』
と刻んで飛ばしてもらえばよかったかも!

その際は、その元字は是非私に揮毫させていただきたいと思うのです!

羽織袴で鉢巻締めて、武道館のアリーナで満席のお客様の前で書きます!

もちろんお約束のひとこけも忘れずにやります!

『ひとこけはやります!』

あー、妄想がひどい方向に膨らんでしまった、、、、


と言うところで、午後もがんばってお仕事いたしましょう~

今日が終われば明日はお休みですよ!

是非明日のジャズナイトにお越しくださいませ~


宣伝もできたところで、失礼いたします。