断章、特に経済的なテーマ

暇つぶしに、徒然思うこと。
あと、書き癖をつけようということで。
とりあえず、日銀で公表されている資料を題材に。

The Development and reform of the modern international monetary system の話(8)

2016-04-02 23:13:21 | MMT & SFC
中途半端に数ページ残ってしまったので、
これをやっつけて、今日はおしまい。

ここで展開されている国際清算同盟の話は
MMTの考え方とはだいぶかけ離れているが、
しかし、ユーロ体制を批判するときの視座は
ここで展開された清算同盟の必要条件を
ユーロ銀行が全く満たしていない、という点に求められてもいる。

今振り返ってみると、この後、2000年代に入ってからWrayの議論は
結局のところ、ほとんど開放マクロの議論に集中している。
今になって、どうして気づかなかったのかなあ、、、と思ってしまうのだけれど、
2003年のLouis=Philippe Rochon & Serigio Rossi の
Modern Theory of Moneyに所収されている
"Seigniorage or Sovereignty ?" も、P. Merhling の理論を批判する、
という形ではあるが、結局のところ、開放マクロの理論になっている。
実際、ここで展開されている理論は、その翌年の
ワーキングペーパー"International aspects of Current Monetary Policy"の
最後のページにひょっこり顔を出しているわけで、
ああ、学者ってのは、こうやって問題意識をつなげていくもんなんだな、
と、勝手に判ったような気になっている。
まあ、それはそれとして、、、、、

すでに読んでくださった方はご理解いただけたものと思うが
今回、粗訳を進めている論文は
国際通貨問題について、為替レートの変動という要因による不確実性が
投機を生み出し、それが国内の経済的安定を脅かす原因となっているので
それを取り除くには国際的な中央銀行が必要である、
しかし、中央銀行が中央銀行として機能するためには
(つまり、傘下の銀行の個別の負債である預金が
通貨として一貫性を持つためには)、ただ
国際中央銀行が傘下の各国中央銀行の決済に
自分自身の負債を使わせる、というだけではだめで、
各国中央銀行が国内の民間銀行に提供しているのと同種の
諸種のセーフティーネットを提供しなければならない、
という組み付けになっている。これ自体は
まあ、ケインズおよびデヴィッドソンから引っ張ってきた議論で、
オリジナリティーのかけらもないが、
そこに行き着くまでの議論展開として
わざわざネオ・カルタリズムの議論を持ち出しているところが
面白かった(そして洗練されていた)ので
紹介した、というのはこの論文の粗訳を始めた最初に説明したとおり。
そういう意味では、今日訳出する部分は何の面白味もないのだが、
途中でやめちゃうのも何なので、
まあ、最後までやるだけやろうか、みたいな。



※2020年1月10日全文削除



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