断章、特に経済的なテーマ

暇つぶしに、徒然思うこと。
あと、書き癖をつけようということで。
とりあえず、日銀で公表されている資料を題材に。

エリック・ティモワーニュ 現代貨幣理論:財務省と中央銀行の相互関係 合衆国の場合

2019-09-29 13:40:47 | MMT & SFC
ちょっとですね、やっぱり
いくら個人的学習用に訳したものを参考に供するだけとはいっても、全文を訳したものを
不特定多数の人に公開する、というのはまずい気がしてきたので
今回から、もう不特定多数の人に公開するのは
やめにします。希望者はツイッターで連絡くれれば
URLをお知らせしますが、それ以外の人には公開しないことに
します。また、過去のものも、著者から許可を得ていないものについては
順次、取り消すことにします。(ご連絡いただければ
見れるようにはしますが。)

今回のティモワーニュのワーキングペーパーは
2014年3月発表のもので、ちょっと古い。内容的にも
Money and Banking で取り扱われているものを超えるものではないが、
論点は財務省と中央銀行の相互関係に絞られており、
民間銀行はほとんど出てこない。
逆に、論点は絞られているので、Money and Banking の
当該箇所よりわかりやすいかもしれない。

今回改めて本稿を取り上げたのは
なぜMMTが中央銀行と中央政府(財務省)のオペレーションを
強調するのか、改めて確認しておきたいからである。
MMTに好意的なエコノミストの中には
MMTのいくつかの命題、例えば支出が先、
租税が後、とか、投資が先、貯蓄が後、
といった個々の命題については賛成するが、
MMTがなぜ中央銀行のオペレーションにそれほどこだわるのか
理解できない、という人も多い。
しかしながら、MMTというのはここの命題についてはともかく
その体系性はモズラーが"Soft Currency Economics II"で
結局、連銀と財務省は一体となって行動している、ということを
指摘したことで、それを中心にそれぞれの個別命題を積み石とする
全体系が構築されているわけで、
この部分についての理解を欠いていたのでは
結局、個々のバラバラの命題の寄せ集めにしかならない。
MMTが中央政府と中央銀行を連結するのは、
それが制度的事実に即した抽象化であるからであって、
単なる便宜的な一般化ではない。
勿論、より法制度的事実を重視するなら、
中央銀行と中央政府は区別して論じられるべきであろう。ただし
それならそれで、中央銀行と中央政府はそれぞれ
どのような制度的枠組みに沿って行動しているのかも
分析しなければならない。
要するに、中央銀行と中央政府を分離独立した存在として
論じるのであれば、その行動の制度的枠組みを無視してしまっては意味がないし、
そしてその制度的枠組みをきちんと視野に入れるなら、
第一次的アプローチとしては両者を単一の経済主体として
記述してまったく差支えないのである。一番いけないのは、
両者を独立したバラバラの経済主体として扱いながら
その行動のよって立つ制度的事実だけを無視することである。
多くの経済学者が、一方で中央銀行と財務省の分離独立という
法制度的事実をあたかも経済的に重要な問題であるかのように
取り上げているが、その際に両者が行動する際に依拠する
法制度的事実については無視しているため
全くありもしない現象がまるで一大事であるかのように表れてくる。
MMTが問題にしているのは
こうした抽象化あるいはモデル化によって依拠している問題設定は
問題設定そのものがしばしばまったく的外れだ、ということである。
一部のMMTに好意的な人たちの議論に反して、
ティモワーニュは、政府と中央銀行を連結することによって
何も問題は解決しないことを強調する。中央政府と中央銀行を連結することは
問題を適切に設定するために必要なのであって、
それによって問題は何一つ解決しない。
ただ、不適切な抽象化によって、ありもしない問題が設定され
誤った解決方法が示唆されることを回避できるだけである。


MMTで繰り返し言及されることの一つが
マサチューセッツ植民地政府における貨幣発行である。本稿でも
政府の債務が一般的な決済手段として受け入れられるための条件が示される
古典的な事例として言及される。

次いでTT&L勘定(口座)の問題が言及される。
おいらにとってこのTT&L口座の問題はこれまでイマイチよくわかっていなかったのだけれど、
読書百遍というのか、今回の訳出で、おいら自身、ようやっと腑に落ちる気がしてきた。

また本稿では、
サブプライムローンバブル崩壊後の連銀と財務省の共同オペレーションが
言及されている。サブプライムローン崩壊後の時期に
連銀は、1兆ドルに及ぶ資金供給を行うことで、大規模な
クレジット・クランチの発生を抑えることに、一応は成功した、と
言っていいと思うが、しかしこれはインターバンク市場の金利を
急激にゼロ近傍にまで落としてしまうことを意味する。
これは当時4%台で運用されていたインターバンク市場の出し手にとって
急激に逆ザヤが生じることを意味する。これは新たな金融混乱を
引き起こしかねない。
従って、連銀は一方で大規模な資金供給をしておきながら
金利の急激な低下を回避するため、提供した資金を回収しなければ
ならない立場になった。ところが
資金供給オペレーションの結果、吸収した国債は
レポなどの担保になってしまっており、手許に過剰な準備預金を
回収するための国債がなかった。そのため、
財務省に連絡して、新規国債を発行してもらうことが必要となった。
ところが考えてもらいたいが、もし財務省が
こうして集めた資金を再び支出してしまったら何事が
起こるだろうか。インターバンク市場では再び
準備預金が過剰になってしまう。連銀にはこれを回収する手立てはない。
だから財務省は新規国債を発行したことで集めた資金を、
全てニューヨーク連銀に政府預金として残したまま支出はしなかった。
出来なかったのである。
2008年には準備預金に付利が設定されるようになったが、
しかしこれだけでは金利の下支えをできなかった。なぜなら
米国国債は連銀に口座を持たない多くのノンバンクや
外国銀行の取引にも使われていたからである。


日本では連銀の大規模な介入と政府の国債発行ばかりが話題になったが
実際には、こうして発行された連銀の準備のそれなりに大きな部分は
政府により回収され、そして政府は国債を発行したにもかかわらず
それに応じた支出の増加を行っていなかったのである。
日本でも、その後のオペレーション・ツイストなどは話題になったが、
こうした連銀と財務省の連携についてはそれほど
話題にならなかったのではなかったのではなかったか。
連銀は金利を急激に引き下げるわけにはいかないし、
しかし連銀単独では、クレジットクランチを回避するための資金供給をしながら
金利を維持するための過剰な資金回収を行うことは
出来なかった。あのゆがんだ形で単純化されたIS=LMモデルでは
こうした議論を扱うことは出来ない。


この最後の論点は金融オペレーションの性質を論じる上で、
MMTを超えて、かなり重要な含意を持っているように思うが、しかしまあそれは
いいでしょう。



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6 コメント

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Unknown (望月慎)
2019-10-05 15:42:35
いつもお世話になっております。

>やっぱりいくら個人的学習用に訳したものを参考に供するだけとはいっても、全文を訳したものを不特定多数の人に公開する、というのはまずい気がしてきたので今回から、もう不特定多数の人に公開するのはやめにします。


うーん、そうですか……
rickyさんの資料提供がなければ、私含め、ここまで多くの人々にMMTへの理解が広まり、深まるということはあり得なかったと思うので、素直に残念な気持ちでいっぱいです。
それがrickyさんの決断ということであれば、それは最大限尊重いたします。
たくさんの資料の送付願いを後々お出しすることになるかもしれませんが、何卒ご容赦ください。

返信する
コメントありがとうございます。 (wankonyankoricky)
2019-10-06 14:01:27
有難うございます。そうおっしゃっていただけると
やってるかいもあるな、と励みになります。
色々考えているんですけれど、
今は、
最初の1週間ぐらいはURLを載せて、
そのあとは削除して連絡をいただいた人には
提供する、というような形がいいのかな、と
思っています。あるいはパスワードでカギが
掛けられるようなサーバーがあれば、
そちらで閲覧者を限定して公開するなど、
そんなやり方など。

色々検討中です。
これからもよろしくお願いします。
返信する
Unknown (hayama)
2021-11-24 10:53:00
今でもtwitterのDMで共有していただけるのでしょうか?
返信する
お返事遅れて申し訳ありません (wankonyankoricky)
2021-11-28 10:25:08
コメントありがとうございます。今でも応じております。ただ、元の原稿がどこかに行っちゃって、見つからないケースもあります。。。。(´・ω・`)
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共有について (hayama)
2022-01-14 11:16:23
全くもって急かしているわけではないんですけど、twitterにDMを送ったのですがお気づきになられたでしょうか?
返信する
市場原理 (鉄の道)
2024-09-07 22:43:41
最近はChatGPTや生成AI等で人工知能の普及がアルゴリズム革命の衝撃といってブームとなっていますよね。ニュートンやアインシュタイン物理学のような理論駆動型を打ち壊して、データ駆動型の世界を切り開いているという。当然ながらこのアルゴリズム人間の思考を模擬するのだがら、当然哲学にも影響を与えるし、中国の文化大革命のようなイデオロギーにも影響を及ぼす。さらにはこの人工知能にはブラックボックス問題という数学的に分解してもなぜそうなったのか分からないという問題が存在している。そんな中、単純な問題であれば分解できるとした「材料物理数学再武装」というものが以前より脚光を浴びてきた。これは非線形関数の造形方法とはどういうことかという問題を大局的にとらえ、たとえば経済学で主張されている国富論の神の見えざる手というものが2つの関数の結合を行う行為で、関数接合論と呼ばれ、それの高次的状態がニューラルネットワークをはじめとするAI研究の最前線につながっているとするものだ。この関数接合論は経営学ではKPI競合モデルとも呼ばれ、様々な分野へその思想が波及してきている。この新たな科学哲学の胎動は「哲学」だけあってあらゆるものの根本を揺さぶり始めている。こういうのは従来の科学技術の一神教的観点でなく日本らしさとも呼べるような多神教的発想と考えられる。
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