ワニなつノート

≪ものがたり≫ 良の教室(2)



2.≪お話≫

「今日は、みなさんにお話があります」
先生の一言に、教室はざわついた。
「なんだ、オハナシって」
「いっつも、話ばっかりしてんのにな」

「はいはい、静かにしてください。大野君のことです」
大野君という言葉で、教室がいっぺんに静かになった。

「昨日、クラスのお母さんから電話がありました」
そう言って先生は子どもたちを見回した。
良と圭、それに何人かの子は、先生ににらまれたように感じた。

「もっと早く、みなさんにお話しすればよかったですね。
大野君は先週から給食の時間は職員室にいくことになりました。
だから安心してください。みなさんが心配しなくても大丈夫ですから。」

香奈が手をあげる。
「翔ちゃんは給食食べないんですか?」
「そんなわけないでしょ。ちゃんと食べてますよ。
教頭先生がお手伝いしています。だから、心配しなくていいんです。」

「今までいっしょに食べてたのに…」
怜奈がつぶやく。
「仕方ないでしょ。大野くんはあの通り、
一人じゃ何にもできないんですから。
スプーンだって放り投げちゃうし。まったく。」
先生の声がだんだん大きくなる。

「あれは、無理やり牛乳を飲ませようとしたからじゃん」
良が窓の外をみながらつぶやく。

先生は、聞こえないふりをして話を進める。
「みなさんも知っている通り、
大野君のお母さんは先週から学校に来られなくなりました。
だから、代わりに教頭先生がお手伝いしてくださっているんです。
わかりましたか。」

「でも、どうして職員室なの?」
ゆみが言いかけた言葉を、先生がさえぎる。
「いいですか。分かりましたか?」
「……」
みんな何て答えていいのか、わからない。

先生の声が少しづつ大きくなる。
「いま、先生が説明しましたね。
大野君は職員室でちゃんと給食を食べています。
だから、みなさんが心配する必要はありません。分かりましたね。」
「……」

「はっきりしないわね。いつも言ってるでしょ。
分かった時は、指先までまっすぐに手をあげなさい。」
先生がどんどんイライラしていくのがわかる。

「それじゃあ、質問を変えます。
先生の説明が分からなかった人はいますか?
いたら手を上げてください」
「………」
みんな、うつむいたまま黙っている。

「どうしたんですか。
先生のいうことがわからない人はちゃんと手をあげなさい」

うつむいた子どものたちの間から、音もなく手があがる。

その気配に気づいて、子どもたちがいっせいに後ろを振り向く。
良とコージがまっすぐに手を上げている。

先生の顔色が変わった。
「はい。良くんとコージくんは先生の話がわからないって言うんですね。
いったいどこがわからないのかしら。
大野くんが一人じゃ何にもできないことくらい、
あなたたちだってわかってるでしょ」
先生は機嫌が悪くなると声がヒステリックになる。

「はじまったよ」
コージが良にだけ聞こえるようにつぶやく。
良がうなずく。
そうだよな。翔が一人で食べられないことくらい知ってる。
保育園からずっといっしょなんだから。
でも、一人じゃ何にもできないってのは違うよな。
保育園の先生はそんなふうに言わなかった。

翔は立って歩くのはできないけど、ヒザ歩きはメチャメチャ早い。
この前、掃除の時にろうかで競争したら、マジ早くてびっくりした。
翔に負けるわけにいかないから必死で勝ったけど、
血は出るし、何日もヒザが痛かった。
「あんたバカじゃないの」って、お母さんに笑われた。

それに、翔はオレたちの言うことは聞かないくせに、
ユミが注意するとまじめな顔してうなずくんだ。
2年1組のみんなは、翔がなんにもできないなんて誰も思ってない。
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