ワニなつノート

小さな×と大きな○



ひらがなも書けない‥
1+1もわからない‥
ちゃんと座っていられない‥
教室からは飛び出すし、
まわりの子にも迷惑‥
ここにいてもかわいそうなだけ‥
あれもできない、これもできないと、
数えきれないほどたくさんの×を
つけられてきた子どもたち

遠足は心配だから、お母さんも一緒に…
プールは危険だから、お母さんがつきそって…
運動会は、お母さんの隣に座って…
修学旅行は、お母さんと一緒の部屋で…
一番たくさんの×をつけてきたのは、
がっこうの先生だった

それなのに、中3になった子どもたちは
「こうこうにいく」と言う
がっこうという場所にどんな魅力があるのか
落とされても、落とされても、落とされても、落とされても
同級生が高校を卒業する年になってまで、
門をたたき続ける
折れない気持ちを支えているものが何なのか、
いちばん分からないのも、がっこうの先生だった

小学校に入る前から何度も言われてきた
「わからない授業を聞いているのはかわいそう」
だけど高校生になった彼らは、
みんな楽しそうに高校に通っている
「わからない授業」はいっそう「わからなさ」を
増しているはずなのに、
がっこう生活の楽しさもまた
増しているようにみえる

高校でも、たくさんのバツがつく
赤い色のバツもつく
それでも一日も休まず、
遅刻もしないで高校に通う…
障害をもつ子が、あたりまえに入学してくる
定時制高校で16年‥

ようやく私にもわかってきたことがある
小さなバツはいくらつけられても、だいじょうぶだと
たくさんのバツだらけの評価でも、
それをふくめて包んでいるおおきなマルが
そこにあればいいのだと

ひらがなが書けるとか、計算ができるとか、
「一人ができること」はちいさなマルにすぎない
だから、そのことでつけられるバツも小さなバツでしかない
小さなバツや赤点がつくことははじめからわかっている
ただその小さなバツで、
子どもの居場所を根こそぎ奪わないでほしい
せいいっぱいの姿でここにいる子どもを、
彼のいないところで作った決めごとで放り出さないでほしい

誰もがありのままで、
好きな人と一緒に過ごす日々の安心と
ここで高校生でいることの自信を、
小さなバツを理由に奪わないでほしい
「あれもできない、これもできない、
 だから進級させられない」という前に
あれもこれもできないままで、
それでも休まず学校に通う生徒の求めるもの
生きていくことを支える学びの中身を
ともに考えてほしい

彼らが訴えているのは、
私を助けてくださいということではない
どんなにがんばってもできないことは誰にでもあり、
がんばることも、がんばらないことも、
自分で判断することに意味がある
自分で判断しようという意欲を奪えば、
手に入れた知識も役にはたたない

自分のできること、できないことを、
自分で判断しながら、自分らしい生活をつくること

たとえば1+1やお金の計算ができないとバツがつく
でも1980円の品物の消費税込みの値段を、
私もすぐにはわからないけど、買物に困ることはない
1+1がわかるようになるより、
千円札を出してみること
「足りません」と言われたら、
もう一枚の千円札を出す
それでも足りなかったらもう一枚…
おつりはお店の人がくれる

お金と品物のやりとりに参加する自信と安心に必要なのは
計算ができることよりは
相手を信用し、頼ること
孤立したちいさなマルをいくつ集めても、
おおきなマルにはならないから‥

手元には小さなバツがいっぱいのまま、
ふつうに生活していくには、
どんな経験と知恵が必要なのか
その将来のために、
高校生である日々の経験という学びそのものが
どれほどその子の人生を勇気づけることか

遅かれ早かれ、受け止め手の乏しい社会へ
彼らは出ていく
受け止め手のない小学校、中学校を歩き、
そして受け止め手のない高校を拓いてきた彼らを、
私たちがどう受け止め、
この受け止め手のない社会へ送り出そうとするのか
社会に送り出すこと、
それは私たちがここで迎えるということ

彼らに「努力すること」や「社会参加」を迫る私たちが、
本当に彼らの参加を待ち望んでいるのかどうか
そのことが高校という場でも問われている
ひとつのちいさなマルを教えることは難しくとも
その子の意欲を大切にし、
感情を豊かに育てることはできる

「ここにいること」をまるごと受け止めるおおきなマル
子どもが感じることのできるおおきな安心をつくること
ひとりができる孤立した能力よりも
仲間の間で、集団が育む民主的な雰囲気そのものから
生まれる力が必ずある

何ができなかろうと、ここで出会えて嬉しいと
喜んでくれる人がいて
そんなふうに出会う人の輪の中で生まれる安心と、
生き延びる夢がある
だから私の出会ってきた子どもたちは
あんなに嬉しそうに、
あんなに楽しそうに、
自信にあふれて笑っていた

どこまでも自分にうなずくことを支えてくれる
おおきなマルにつつまれながら‥
 
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