「助けてと言えない」(Ⅱ)
前回の話で、何かが「見えかけた」気がしたと書きました。その後、二人の三十代のホームレスの人の話を読んで、はっきり見えました。この本で報告されている「三十代のホームレスの支援」と、私がイメージしてきたhideの支援とは同じものだったのです。
hideのように、「障害がある」と言われる子どもと出会う時、私が一番大切にしたいと思ってきたこと。一番、伝えたいと思ってきたこと。障害がなくても、たとえ普通に勉強ができても、普通に仕事ができても、それを支える大事なものが抜け落ちていたらだめなんだと思うのです。
◆
ホームレス二週間目で、奥田さんに声をかけられた30歳の金子さん。すぐに返事はせず、「貧困ビジネス」に利用されはしないかと警戒していた…。
NPOが管理するアパートや施設はあるが、いったん奥田さんの家に身を寄せる。すぐに寝床を準備してもらい、疲れ果てた体に優しいものをと、伴子さんが食事を用意してくれた。金子さんは、赤の他人がなぜここまでしてくれるのか疑ったという。食事と風呂は奥田さんの家族と一緒。誰もいない奥田家で留守番を頼まれることもあった。金子さんは、いままで体験したことのない関係性のなかで、ホームレス状態に陥った自分の状況を振り返るようになっていく。
「この人に出会ってなかったら、いま頃死んでただろうな」
そう思いながらも、奥田さんの優しさを心から信用することはなかった。
「やばいことになったら逃げよう」
しかし、やあいことなどいっこうに起こらなかった。…生活保護の手続きもした。さらに疎遠になっていた親に連絡をとろうとしたが、連絡先もわからない状態になっていた。実家を訪ねても空き家になっていた。…引っ越したと考えたとしても、実の息子に連絡をとらず、引っ越すことに驚かされる。
「最初からウチはバラバラやったから」
そう話していた金子さんは、「自分はホームレスになるしか生きる道はなかったんよ。生きたいかどうかもわからなくなってたし」と虚しさを漂わせた。
…アパートを借りることができた。場所は奥田さんの自宅から自転車で五分のところ。いつでも奥田さんに顔を見せられるようにと、近い場所にこだわった。
最初は、疑っていたという。「利用できるまでこの人を利用しよう」と、警戒し続けていたという。しかし、奥田さんたちと一緒になって自分のこれからのことを考え始めたときに、「よろしくお願いします」と心から言えるようになった自分がいた。
「何度も何度も奥田さんといろいろな話をするなかで、自然と、《自分に力を貸してほしい》と思うようになってきたのかな。僕の場合は奥田さんの存在が不可欠だったけど、僕みたいな状況になった人にとって、『助けて』という言葉の壁は、一人では壊しきれないと思う」
金子さんは、週に何度も奥田さんの家を訪ね、何気ない会話をしてアパートへ戻っていく日々を続けた。「帰る場所があるというか、いま奥田さんと話すことが安心に繋がっているのかもって感じています」
『助けてと言えない いま30代に何が』
(180~184抜粋)
◆
このシーンが、二つ目の気づきでした。この本のタイトルは『助けてと言えない』ですが、それについて、金子さんは「《助けて》という言葉の壁は一人では壊せない」と言うのです。本当にその通りだと思います。
でも、そのことを頭で「理解」することと、実際に手をかりるために人を信じられることは、別のことです。路上生活から抜け出して一年。介護ヘルパーとしてケアホームに就職し、勤務先での評判もよく、本人も生き生きとした表情をみせていた…ある日、突然姿を消してしまうのでした。
人と人との「関係性」の大切さを、教えもせず、育てもせず、ただ「一人でできる」を教える教育のことを考えます。本人が助けてと言ってないことを、「あなたのために助けてあげる」「あなたの為に支援してあげる」「他の子どもとは別に、あなた、一人を、個別で、支援してあげる」という教育。普通の教育も、特別支援教育も、「ひとりができる」ことしか教えていないのです。でも、大事なのは、「一人でできる」にしても、「一人ではできない」にしても、大事なのは、それを支えているものです。
奥田さんという人に出会うことができた金子さんが、「助けての壁は一人では壊せない」と気づき「ことば」にできたからと言って、本当に助けてと手を伸ばせるかは別のことでした。
(つづく)
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