ワニなつノート

とりとめもない話 (その1)

とりとめもない話 (その1)


いまの時代、たくさんの「援助」の形がある。

先日読んだ本にも初めて知る援助の形がたくさんあった。
障害者の射精介助、障害者の結婚推進事業(恋愛・婚活支援から結婚生活、子育ての支援を行う)、障害者の性犯罪の被害者の支援、だけでなく、障害者の性犯罪の加害者の支援、ろう者のなかの「LGBT」の人の支援、性産業で働く女性障がい者への支援……。

それらの取り組みを読みながら、今まで自分が関わったり、見聞きしてきた「援助」を思い出していた。



そこにある言葉はどれも同じものを大切にし、同じものを表している。

同じ方向を目指し、同じものが欠かせない、と言っている。

それは、子どものころから、みんなのなかで可能な限りオープンに、どんなことであっても援助する大人がいる、ということを当たり前に見せること。

すべてのひとりの「ひと」への敬意。
子どもへの敬意。
赤ちゃんへの敬意。


助ける価値のない人はいない。
生まれてこない方がよかった子どもはいない。
援助する、とは、本人の希望にそってでなければ意味がない。

子どもを分けてはいけない。


      ◇


私の考えの中では、私の心かうなずかないものは外す。
基準は私の感情だ。

私が「正しい」というのではない。
他の言葉や方法で助かる人はいるのだろう。

でもそれじゃ、「私自身」は助からない。
私の中の「8才の子ども」は助からなかった。
だから、私を助けるためには、私がうなずけるものでなければ意味がない。


そして私が助けたいのは、私と同じタイプの助けを求める子どもたちだ。
私と同じように、いまある「助け方」には、なじめない子はたくさんいる。


いまある「助け方」をする人たちは、いまある助け方に合わない子どもを、手放す。

手に負えないという。自己責任という。自分で助けを拒んだんだから、自分のやり方でやってもらうしかない。

「いまある助け方」(いまある制度)は、いつの時代も「いまある助け舟」には乗れないひとを大きな川に流してきた。

8才の時、私は川に落ちた。
気がついたときには、私は船の上にいた。
誰が助けてくれたのか知らない。
間違って落ちたのだ。
間違って落ちた?
落ちたのが間違いじゃなかったら、私は船に戻れなかった。

もしそうなら、一人で違う小舟に乗って、私はどこに流れていったのだろう。
いまここにはいない、ことだけが確かなこと。
その怖さは50年近くたっても消えない。
いまも怖い夢をみる。


その流れの先の一つに、「累犯障害者」とよばれる人たちがいる。

何十年と流された後の人たちを、助けようとする人たちの話を読みながらおもう。

もっと前に、子どものときにさかのぼって助けられた「方法」が、今ならはっきりとわかるだろう。




だから、みんなが一緒にいる船から、一人の子どもを降ろしてはいけない。

一艘、一艘、立派な船(個別)を用意して、最新の救命胴衣をつけてあげて、みんなとは別の舟にのせてあげる。
それを、子どものこころはどう受け止めるか。


川に落ちたと感じるのだ。

みんなが乗った船が遠ざかってく。
せいいっぱい大きな声で呼びかける。

せいいっぱい足をばたつかせて追いかける。
せいいっぱいまっすぐに手を伸ばす。

でも届かない。


立派な個別の船に乗っているから溺れない、というのは大人の理屈。


それは川に落ちたのと同じこと。
子どもの心は溺れている。

友だちに、仲間に、みんなに、手が届かなくて、泳いでも泳いでも前に進めなくて、こころは川底に沈んでいく。


「みんなと同じ船に乗れるかな」

「まだ間に合うかな」

子どもはこころのなかにあることばを、聞いてくれる人を探し続ける。
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