「あんなかわいい子」を書きながら、『コーダの世界』という本を思い出しました。コーダとは、「聞こえない親をもつ、聞こえる子どもたち」のことです。私がむかし、大学に入り直したきっかけの一つは、バイト先の先輩が「コーダ」であったことと関わります。もちろん、そのころ、コーダという言葉はありませんでした。
その本から、あるお母さんの手記を紹介します。
□ □ □
私は聴覚障害者です。
両耳110デシベルぐらいで、裸耳だと頭の真上を飛行機が通ったときに聞こえるという程度です。私の家族は、主人と小学校5年の息子と幼稚部年長の娘の4人家族です。主人と息子は聞こえます。そして、私と娘はろう者です。まわりからとてもバランスのいい家族だと言われています(笑)。
子育てですが、聞こえる子どもと、
聞こえない子どもの育て方は違います。
聞こえない娘とは、手話でコミュニケーションをとります。聞こえる親が聞こえる子どもを育てるときと同じように、らくらくと楽しく育てています。
ところが、私とまったく異なるコミュニケーション方法を持つ息子の子育ては、振り返ってみても、本当に大変でした。
◇ ◇ ◇
最初に、息子が生まれたとき、まず困ったことは、息子の泣き声がわからないということです。息子は、泣いては吐き、泣いてはうんち、泣いてはおしっこ、泣いてはミルク、しまいには何もないのに泣いてばかりという、たいへん手のかかる赤ちゃんでした。
息子が八ヶ月になったころ、育児休暇が終わり、保育所へ預け、ほっとしたところで職場に復帰しました。それまではずっと一緒にいたので、顔の表情やしぐさで言いたいことをつかめていたのに、保育所で刺激を受け、どんどん言葉を覚えてきました。二歳になると機関銃のようにベラベラ……。そこから私たちの地獄が始まりました。
アイスクリームが食べたいというレベルなら、なんとか理解はできました。私はいちおうしゃべれるので、想像しながら息子の「うん」「ちがう」というのを見ながら判断できましたが、細かい話になると、息子の口だけではもうわからなくなります。息子が泣き出すと、なおさら口の形がどんどん変になっていくので、ますますわかりません。
「何を言っているのかわからない」と言うと、息子は泣き叫んでパニックになります。
私もつらくてぽろぽろ涙を流しました。こうなると、息子が泣きやむまで待つしかありませんでした。
それでも泣きやまないときは、実家の母に電話して、息子にしゃべらせました。それを聞いた母が内容を紙に書いてファクスしてくれるということも何度かありました。
そのことで、いちばんつらかったことがありました。奈良の友達の家へ遊びに行ったときのことです。待ち合わせ場所に遅れそうになり、急いでいた私は、ベビーカーに乗っている息子が何か訴えてきたのに焦っていたので無視して走っていました。すると、後ろからおばちゃんが追いかけてきて、肩をトントン。振り返ると、息子の靴を持っていました。それで、息子の靴が脱げてそれを息子が気づいて訴えていたのだと気づきました。
「すみません、ありがとうございます」と受け取ると、そのおばちゃんが「あなた、母親なのに息子の言っていることがわからないの?」の一言。思いっきり、グサッときましたね。
泣きそうになったのをこらえて、待ち合わせ場所へ向かったのを今でもはっきり思い出します。
『コーダの世界』 澁谷智子 医学書院
□ □ □
このコーダのお母さんと、やっちゃんママと、パールバックが、私の中でつながります。
「あんなかわいい子はいない」
「ろうの子を育てるのは気が楽だけど、聞こえる子は大変だった」
親の苦労とは、子どもに「障害」があることが一番の問題ではなく、その子を含むコミュニオン・文化・情報がないことでした。
パールバックは、「あんなかわいい子」と感じる感情を、間違った知識にすり替えられたはずなのです。「ろうの子を育てるのは気が楽だけど、聞こえる子は大変だった」という、お母さんの話を、夢にも思いつくことが不可能な時代に、子どもと出会ってしまったから、ドイツ人医師の言いなりに、子どもの「永遠の家」をさがしてしまったのでした。
『母よ嘆くなかれ』という本は、「障害児」が生まれたことを嘆くなと言います。それは、全てを子どもの「障害」のせいにしています。
でも、例えばろう者の世界に「パールバック」がいたら、「聞こえる子ども」が生まれたことを「嘆くな」ということになるのです。
『聞こえない娘とは、手話でコミュニケーションをとります。
聞こえる親が聞こえる子どもを育てるときと同じように、
らくらくと楽しく育てています。』
『ところが、私とまったく異なるコミュニケーション方法を持つ
息子の子育ては、振り返ってみても、本当に大変でした。』
やっちゃんママの苦労の一つは、ただ子どもが「自閉症」と名付けられることではなく、「私とまったく異なるコミュニケーション方法を持つ息子の子育ては、振り返ってみても、本当に大変でした」という感覚だと思うのです。
やっちゃんママが、もう一度、最初からやっちゃんを育てるとしたら、「あんなかわいい子」の子育ての楽しみは、子育ての苦労は、違ったものになるはずなのです。
私たちの社会が、「障害児の問題」とみることは、健常者の狭い世界、小さな井戸の中の世界の話としても理解することができます。
子どもの「障害の有無」で嘆くのではなく、その子どもたちの育ちをふつうに含みこんだ「コミュニオン」がないことが、嘆いたり、不安だったり、どうしていいかわからないことの「理由」でした。コミュニオンがないから、コミュニケーションがうまくいかずに、泣きたくなるのです。
この子をさびしくさせないために、障害が一番の問題なのではなく、コミュニオンがないことが、一番の問題なのです。
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やすハハ
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