大木昌と大木秀子のワクワクライフ

美と健康と豊かな人生を求めて

ごっこ遊び

2011年04月30日 | 秀子のたわごと

昨日、ウイリアム王子とキャサリン・ミドルトンさんの挙式を見ました 

あまり華美に流れず、庶民的な感じがしてとても好感が持てました。

私にとって 王子さまとかお姫様という言葉は、おとぎ話の中に出てくる登場人物ですから

ロイヤルウエデングの様子は、そのおとぎ話の世界を見ているような気持ちでした。



そういえば・・子どもの頃、よく「 ごっこ遊び 」をしました。お姫様ごっこもその一つですが

最近は・・「ごっこ遊び」 や 「 ままごと遊び 」 をする子どもたちをあまり見かけません・・

友達どうしで、それぞれ役割を決めてあれこれ想像しながら楽しむ「ごっこ遊び」は

子どもの情操教育に欠かすことのできないものだと思っています。



今日は、近くの公園から子どもたちが楽しそうにはしゃいでいる声が聞こえてきます。

おやおや 鬼ごっこ遊びをしているようです 仲間に入れてもらおうかしら


子どもの頃、友達を誘う時の言葉は「 あ~そ~び~ま~しょ 」でした。

OKのときは「は~あ~い い~い~よ~ 」で、NOのときは「 あ~と~で~ 」

何故かどの言葉にもメロディーがありました。

  のどかなものです  
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大木昌が思うこと⑥福島原発

2011年04月28日 | 震災について大木昌が思うこと
福島原発事故の背景と意味 ― ③ 原発を推進した背景 ― 

前回の最後に,次回は原発事故の背景を検証する,と書きました。ここでいう「背景」とは,今回の事故の直接的な背景という意味だけでなく,

もう少し長い時間の幅の中で,原子力行政という側面も含めた背景という意味も含みます。まず,現在稼働している原発はいつごろから,

どんな理由や経緯で建設されてきたのか,いわば原発の歴史的背景を振り返ってみることから始めたいと思います。

歴史を振り返ることはとても回り道のようではありますが,今回の事故の直接・間接的な原因を,より深く理解するためにも是非,

知っておいた方が良いと思います。そうは言っても,私自身は原子力の専門家ではありません。以下の説明のうち数字や事実経過については

本,新聞,雑誌,インターネットなど,だれでも見ることができる,ごく一般的な情報源から得られた内容を参考にしています。
 

原発増加の背景と経緯

現在稼働している原発は54基(ただし今回の地震で福島の第一原発6基は使用不能)ですが,日本で最初に稼働した原発は茨城県の

東海村の1号炉で,1961年に着工し,1966年から稼働し始めました。

ここで興味深いのは,この原子炉の建設が政府によって正式に認可されたのは1959年12月というタイミングです。

1956年の経済白書で「もはや戦後ではない」と書かれていることからも分かるように,当時の日本は戦後復興から新たな経済成長への道を

進み始めようとしていました。 政治的には安保条約によりアメリカの軍事的傘の下に入り,経済成長に没頭する方向に舵を切ろうとしていまし

た。この方針を実現するために政府は日米安全保障条約(通称「安保」)を改定しようとしていました。

この改定をめぐって翌1960年には国論が二分され,いわゆる「60年安保」と呼ばれる反安保闘争が全国で吹き荒れていました。


以上の大きな政治経済の転換期に,原発の建設がひっそりと決定され,着工されました。

1960年代といえば,日本の電力はおもに石油・石炭を燃料とする火力発電と水力ダムによって賄われてきました。

しかし,将来の電力需要の増加を見越して,原発の推進に踏み切ったのです。

もちろん,唯一の被爆国として原発に対する反対はありましたが,当時の騒然とした空気のなかで原発の問題はかき消されてしまったのです。

そして,原発は既成事実として根をおろし,その後,高度経済成長期を経て今日まで原発は増え続けてきました。


その経過をおおざっぱに見てみましょう。原発は着工から稼働までおおよそ5年かかることを考えると,時代背景が一層はっきりします。

原発は1960年代の後半から全国で建設が始められ,1970年代の前半に6基,後半には12基の計18基が一気に稼働し始めました。

そして圧巻は1980年代の原発ラッシュで,この10年間に25基が稼働を始め,1990年代に10基が新たに稼働し始めました。

70年代後半から稼働を開始した原発が急激に増え始めたのには理由があります。

経済成長の道を驀進していた日本に黄色信号が点滅したのは1973年の第一次石油危機でした。

エネルギーの大半を石油に依存していた日本は,直ちに他のエネルギー源を確保することに追い込まれました。

70年代後半に一気に12基もの原発が稼働し始めたのは,このような背景があったからです。

そして1979年には第二次石油危機に見舞われました。これも原発の建設に拍車をかけ,1980年代の原発ラッシュを生んだのです。

原発の建設は,1990年代にも続き,10基がこの期間に稼働し始めました。

ちなみに今回問題となった福島の第一原発の1号機は1966年に着工し1971年から稼働しました。首都圏の電力需要をまかなうため,

早い時期から建設が進められたのです。 以上の経過から,日本の原発は,高度成長を支えるエネルギーの供給源として建設が進められ,

それは二度の石油危機を契機に加速したといえるでしょう。こうして現在では日本の総電力発電の30%ほどが原発によるものです。

輸出立国を目指してきた日本の産業界にとって電力はいくらあっても多すぎることはなかったのです。


しかし,ここで忘れてならないのは,「もっと電力を」という欲望は,何も政官財だけではなかったことです。

日本人の多くは洗濯機,掃除機,冷蔵庫,テレビからエアコンなど,次々に登場する電気製品を買い,快適な生活を追い求めてきました。

最近では電気の館といってもいい,電力消費がきわめて高いオール電化の家が急増しています。

2002年には東京電力管内で1万3000戸だったオール電化の戸数は2010年には何と85万5000世帯、65倍にまで激増しました。

日本全体が,「もっと電力を」という尽きることのない欲望に突き動かされてきたといえます。

この点では,前の記事で書いたように,私たち住民も原発推進の共犯者であるといえます。
 

ところで,政官財はなぜ原発にこだわってきたのでしょうか?それは,原発のもつ見かけ上の安定性と効率性があるからです。

石油は輸入も価格も不安定であり,水力発電の場合には出力が小さい割にダムの建設・維持費や送電コストがかかるなどなどの理由も

あったと思われます。そして,現在の技術力や日本の気象条件では風力や太陽光発電では産業界や一般家庭の電力需要は

到底賄いきれないとも考えられたのでしょう。これに比べると,原子力発電は,桁違いに大きなエネルギーを生み出してくれます。
 
たとえば九頭竜川上流の巨大な九頭竜ダムは2基で計25万kw 足らずですが,福島の原発のもっとも古い1号機でさえ

1基で46万kw の発電量があります。最近の原発は1基で110万kw を発電しますので,水力発電の5倍以上になります。

また,100万kwの発電所を1年間運転するために必要な燃料の濃縮ウランは21トン,10トントラックで2台強ですが,

同じ発電量を石油で賄おうとすると,143万トン,20万トン・タンカーで7.2隻分が必要になります(『週刊現代』5月7・14合併号:53ページ)。

こういった数字をみると,原発はまさに救世主のように映るかもしれません。もちろん,政府も産業界も原発がもつ危険性について

まったく知らなかったわけではないのですが,その発電力の大きさ,効率の良さの魅力に勝てなかったのでしょう。

原発がけた外れに大きな発電力をもっていることは,以上の説明からもお分かりいただけると思います。

これと関連して,東電や政府が強調してきたのは,原発による発電コストが他の方法よりずっと安い,という点です。


原発の発電コストは安い?

たとえば,経済産業省が出している『エネルギー白書』の2008年度版をみると,1kwh(1キロワットの電気を1時間使用した場合の電気総量)

以下のようになっています。水力 8.2-13.3 円 石油 10.0-17.3円 LNG(液化天然ガス)5.8-7.1円 石炭 5-6.5円 原子力 4.8円

太陽光 46円  風力 10-14円 これで見る限り,原子力発電の発電コストはたしかに一番安いということになります。

ただし,この場合,なぜか原発はモデルプラントによる数値となっています。設備は年数がたてば老朽化するので,

効率はずっと悪くなるはずです。さらに問題なのは,この発電コストには,放射能廃棄物の処理コストや,原発の開発コスト,

住民対策費用などが計算されていなことです。とりわけ,放射能廃棄物の最終処理については現在でも見通しはたっていないので,

どれほどのコストになるのか見当がつきません。奇妙なことに,電力会社が提出した設置許可申請書によれば,

発電コストは1kwh平均で15円となっています。実際には,発電コストの比較というのはとても難しく,例えば火力発電のコストは

計算時の石油価格と為替レートによって大きく変動します。発電コストには,原発で働く労働者の健康被害などはまったく考慮されていないし,

まして,今回の震災のような事故発生時の人的・物的被害,損害賠償費などは計算に入っていません。

原発の発電コストは計算不能の部分があるので,単純に直接的なコスト計算だけで,

原発は安い(じっさいには上記の電力会社地震の計算でも決して安くはない)と主張するのは根拠がありません。



原発の推進派が強調してきた理由は経済性のほかに,奇妙に思えるかもしれませんが,環境保護という議論です。

まだ記憶に新しい,1997年12月に京都で開かれた,通称「地球温暖化防止京都会議」において,地球温暖化を防ぐために

炭酸ガスの排出を減らそうという申し合わせができました。


現在,発電の主力となっている火力発電は石油を燃料とし多量の炭酸ガスを排出するので,悪者視されています。

現在,日本全体の発電量のうち,原子力は約30%,残りのほとんどは火力発電(石油,石炭,LNGが含まれる)で,

すべて炭酸ガスが発生します。原子力発電は,温暖化の原因となる炭酸ガスを減らす「クリーン」なエネルギーであり,

したがって「環境にやさしい」エネルギーである,という主張が政府や電力会社からなされてきました。


温暖化の問題を持ち出されると,これに反対してきた環境保護団体が,原発をどのように位置づけるのかは,

かなり微妙な問題をはらんでいます。しかし,放射能廃棄物の最終処理の見通しさえたっていない原子力が「クリーン・エネルギー」である,

と言い張るのは納得できません。最近ではアメリカのオバマ大統領も,原子力をクリーン・エネルギーと位置付け,これから原発を増設してゆく,

と公言しています。フランスにいたっては,現在でも総発電量の80%を原発から得ていて,今から原発を減らす気はまったくない。

ただ,ドイツは原発の増設を見直すという態度をとっています。限りある化石燃料(石油・石炭など),温暖化防止,増大する電力需要,

効率的な発電という圧力のもとで,原発への誘惑はますます大きくなっているのです。


ただ,ここで考えなければならないのは,フランスには地震の心配はないし,アメリカにも地震の心配がない場所はたくさんあります。

これに対して日本列島は,丸ごと地震の巣の上に乗っているようなものです。だから,条件が違う国と単純に比較はできないのです。

それでは,日本の原発の管理体制はどうなっているのでしょうか?この問題は,今回の事故の対応にとって大きく関係しています。

次回は原発の管理体制について書きたいと思います。
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ローンパイン動物園

2011年04月27日 | 秀子のたわごと

娘がローンパインコアラ保護区内で寛ぐ カンガルーの写真を送ってくれました。




カンガルーたちが寛いでいる先に人間の姿も見えますが、柵も無く カンガルーも人間も共存している様子がホンワカしていて良い感じです。

動物たちが、ゆったりとした空間の中でのんびりと過ごしている様子が見て取れ、気持ちが和みます。

震災後、日本の様子をずっと心配してくれている娘ですが 

親としてはオーストラリアの地で無事に生活していてくれることが何よりの幸せです


娘は子どものころから、どんな動物に対してもいとおしむ気持ちを持っていますが、動物と接している時の娘はとても嬉しそうです 

それを見て、私まで幸せな気持ちになります 

                                                   
       

恐いもの知らずと言いますか・・・そのうち、猛獣を抱えている映像を送ってくるのではないかと冷や冷やしておりますが・・
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救助隊員のかたがた

2011年04月26日 | 秀子のたわごと

5~6年前、ご近所で火事がありました。

ベランダで洗濯物を取り込もうとしていた時火の手が見えて、それも立ちあがる火ではなく横向きに出ている火でした。

そのうち、パンっと弾ける音がしたのですが住人のかたは気付いていないのか・・・やけに静かなのです。

気付いていないとしたら大変だと思い、慌てて家を出て ○○さん宅のチャイムを鳴らしましたが応答がありません。

留守なのか・・何かに躓いて家の中で気絶をされているのかも知れないとか・・・

数秒の間に色々な思いが駆け巡りましたが、とっさの判断で車庫側から庭に入らせて頂きました。 


火の手は、家の壁側にピッタリと設置された温室栽培のハウスから出ていました。

後から駆け付けて来てくれたあっちゃんに、「すぐに消防署に連絡して」と伝え、

消防車が来るまでの間、ドキドキしながらも何か出来ることはないかと あたりを見渡すとバケツがありましたので、

外に設置されていた蛇口から何度も水を入れて、火の手にかけ続けました。必死とはこういうことかと思いました。

消防署に連絡をしてくれたあっちゃんも駆けつけてくれて一緒に水をかけ続けました



消防車が到着した頃には、ほぼ火の手は消え、モクモクと煙が立ち上っている状態でしたが、

隊員のかたがたが駆けつけて下さった時の安堵感はとても深いものでした。

ああこれで、ちゃんと消火作業をして下さる・・・そう思った途端、体が震え始めました。

こういう頼もしいかたがたに、私たちの生活は守られているのだとあらためて感じました。

消防自動車も  パトカーも  救急車も  いっぺんに到着して

こういう事態には、こうして動いて下さるのだということを知りました。


今回の大震災で被災地に赴き、昼夜を問わず救助活動をして下さっている隊員の皆さまの姿を見て、

火事のことを思い出したのですが、頼もしい彼らの存在に本当に感謝の気持ちでいっぱいになります。


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忠誠?気配り?

2011年04月25日 | 秀子のたわごと

先日、被災地を訪問された総理大臣と被災者のかたがたとのやりとり見て 

うっかり通り過ぎてしまいそうな総理大臣に対して 側近の方が「こちらにもお立ち寄りください」とそっとお伝えしていたら・・・

とそんなことを思いながらニュースを見ていました。


日本の復興に向けて進むためには、こんなささやかな気配りから始まるのではないかと私は思っているのですが・・・

あっちゃんに この気持ちを伝えましたら

「 まったくその通りだと思うけれど、日本の官僚は自分が関わるのが嫌だから まずそうはしないだろうね。 」

「 ふ~ん ・・・・ 何故、関わるのが嫌なの

「 関わるのが嫌な理由は、自分に責任が振りかかってくるからなのだと思うよ 」

「・・・・・」

「 国のトップに対して、忠誠を誓うなどという旧い考えはないしね。」


  
忠誠かぁ・・ 忠誠ねぇ・・・ 

でも、もし私が側近だったら、そしてそれが自分の仕事であったのなら、

仕えるかたが誰であろうともきっと目配りよろしく、気配りよろしく お伝えしたような気がします。

そうして、国のトップを子育てのようにバックアップしてゆく黒子でありたいっと 言いたい放題・思いたい放題の私でした 
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葛餅

2011年04月24日 | 秀子のたわごと
  
 吉野葛を頂きましたので、久しぶりに葛餅を作りました 

 


 長閑な日曜日   感謝の気持ちが溢れてきます。

            

 
TOMOさんが撮影された春の彩りも添えて



            Photo by TOMOさん
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いろいろな教訓

2011年04月23日 | 秀子のたわごと

先日、TBSラジオ「 森本毅郎スタンバイ 」に出演された 月尾嘉男さんが実際に岩手の被災地をめぐって感じたことを仰っていました。

内容がとても興味深かったのですが、「どんなに堅牢に作っても人間の作ったものは脆弱で、自然のものは非常に強い」のだと。

その例として、岩手の三王岩の一つ男岩は高さ50Mで(15階建のビルくらいの高さだそうです)これは白亜紀のものらしいのですが、

今回の大津波でも破損がなかったそうです 


また、青森県から宮城県に至る三陸海岸各地に316基津波記念碑が建てられているそうですが、

例えば、階上町には昭和三陸津波の教訓として「 地震・海鳴り・ほら津波 」という銘文が刻まれていて、宮古市の海抜60Mくらいのところには

「 高い住居は、こまごの和楽 想え惨禍の大津波 ここより下に家を建てるな 」という銘文が刻まれているそうです。

(記憶にある限りのことをお伝えしておりますので、文字など違ってるかも知れませんが、ご了承ください。こまごは・・子孫か児孫か・・
 
 わかりませんので、ひらがなでお伝えします。)大津波の恐ろしさを 後世に伝えるために残して下さったものです 


さらに月尾嘉男さんは、明治以降市町村合併などにより旧い地名が消えていって、例えば、現在の六本木一丁目あたりは

昭和42年までは「 麻布谷町 」という名称で、ここは谷だよと分かるものだったと仰っていました。

そう言われてみれば、○○新田とか ○○田とか ○○谷とかの地名は、もともとの形を伝えるものだと思いますが

現在では、埋め立てられていますのでなかなか分かりにくいものです。地名は、もとの形を伝える大切な役目を果たしているのだと思います。


  先人のお知恵は、とても有難いものです  
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大木昌が思うこと⑤福島原発

2011年04月21日 | 震災について大木昌が思うこと

福島原発事故の背景と意味 ― ② 「 想定外 」 ということ ―


今回は,福島原発事故の背景や意味を,「 想定外 」 という視点から考えてみたいと思います。


現在,私たちの心に重くのしかかって気分を暗くしている要因のひとつは,福島の原発事故の処理がどうなるのか,

放射能被害がいつまで,どの程度続くのかといったことがはっきりしないことです。これらの問題に答えるには、

非常に専門的・技術的な知識が必要で,私はその知識をもっていないので,答えを示すことはできません。

それでは,専門家といわれる人たちはどうでしょうか?


現在日本には,原子力の利用に関するお目付け役として,内閣府の原理力安全委員会が設けられています。

ここには総理大臣によって任命される5人の委員と,その下の専門部会には390人の専門家集団がいます。

しかし,彼らが英知を集めても,現状と今後の解決策の見通しについて統一した見解は示されていません。

それほど,現在の事態には不確定要素と危険が多いからです。


私にできることは,原発事故の原因を分析し解決策を提言することではなく,事故の背景とその意味について考えることだけです。

今回は,原発事故に関連して,「 想定外 」 という問題をどのように考えるか,という点に注目してみたいと思います。

3月11日の震災・津波・原発事故に関して,「 想定外 」 という言葉がしばしば聞かれ,

それについて「 想定外という言葉は責任逃れだ 」,とマスメディアは政府や東電を批判しています。


私も,地震と津波の規模が「 想定外 」だったから「 未曾有 」の被害が出たと言い続けることには違和感を覚えます。

少なくとも原発事故にかんするかぎり,「 想定外 」 という言い訳は説得力をもちません。

しかし,後で書くように,その理由は,多くの評論家や批判者たちとは違います。

「 想定外 」という発言にたいする批判の背後には,今回のような規模の地震と津波が来ることくらい,

当然想定して対策を打っておくべきだった,という主張があるのだと思います。

批判は,その準備がなかったからこそ原発事故が発生し,それに対する政府や東電の対応が遅く場当たり的で,

後手後手に回っているという点に向けられているのだと思います。

これらの点については私も同感ですが,その点を考慮しても,マスメディアに登場するコメンテーターと称する人たちやアナウンサーたちが

政府や東電を批判する言葉を聞いていると,彼らの批判が,いかにも「 後出しジャンケン 」といった印象を強く受けてしまいます。


技術的問題について私はコメントするほどの知識はもっていませんが,最低限,つぎの事実だけは押さえておかなければなりません。

まず,現在福島第一原子力発電所の1号から4号機までの原子炉で起こっている危険な状態は,津波のさいに冷却装置を働かせるポンプと

それを動かす電源が機能しなくなってしまったことから始まりました。このような事態を想定して外部電源や

非常用ディーゼル発電機が設置されてはいたのですが,それらは津波で破壊され流されてしまいました。


ここがポイントです。原子炉は常に冷やされている限り危険はないのですが,冷却システムが作動しないと,

直ちに温度が上昇して水素爆発を起こしたり,核燃料棒が熱で溶ける溶融が起こる可能性があります。

こうなると,原子炉の格納庫や建屋から放射性物質が飛び散り人間や動物,土壌を汚染します。


それならば,そのような人たちは,震災前からこのような大規模な震災が起こることを想定していたのでしょうか,

あるいはそれを想定して準備しておくべきだ,ということを言ってきたのでしょうか? 


私には,このような人たちは,今は政府と東電をいくら叩いても,自分はまったく傷つかない安全な立場にいることを計算に入れて

高みから物を言っている評論家のように映ります。というのも,これらの人たちの言動からは,

もっと本質的な問題について深く考えているということが感じられないからです。


ここからは,「 想定外 」 ということについて少し深く考えてみたいと思います。

まず,大地震が起こる可能性ですが,専門家によれば今回のような東日本大地震が近い将来起こることは予想されていたし,

東南海地震が30年以内に起こる可能性は80%,関東大震災のような東京の直下型地震が30年以内に起こる可能性は

70%と予想されています。しかし,それが正確にいつ起こり,その場合どの程度の大きさになるのか,

津波が起こるとすると何メートルくらいになるのか,といった具体的な,私たちが最も知りたいことは分かりません。


分かっていることは,太平洋プレートとフィリピン海プレートが日本列島の下に沈み込んでいる状態では,

日本列島とプレートとの間に相当のひずみのエネルギーがたまっていること,したがって,いつ大地震が起こってもおかしくない,

ということです。加えて日本列島には無数の断層が走っています。これらの断層の中には活断層もたくさんあります。

11日の大地震の直後に震度6弱の「余震」が起こっています。これも,活断層のせいだという説もあり,

またアウターライズ地震( 陸地との接触面より外のプレートに生じたひずみから生ずる地震 )だという説もあります。


いずれにしても客観的にみれば,日本ではいつ,どこで,どれほど大きな地震が起こっても何ら不思議ではない,

言い換えれば「 想定外 」ではないのです。たとえば,阪神淡路大震災があの日,あの時間に,

あれほどの規模で起こることを専門家も想定できたでしょうか?たとえ大雑把に予想できたとしても,

正確に何日の何時何分に地震が起こるかが分からなければ,日常生活ではそのような事態につねに気を配っている人はごくわずかでしょう。

マスメディアで「 想定外 」だから対応が遅れたという説明を批判している人たちは,首都圏に直下型地震を想定して,

それに備えて日々の生活を送っている人はどれほどいるでしょうか? 


何度も地震や津波の被害を受けていてきたにも関わらず,三陸地域ではやはり多くの被害と犠牲者がでてしまいました。

過去に津波の被害を受けたため,高さ10メートルを超える世界一の堤防を築いた街も,今回の津波では

いとも簡単に乗り越えられ破壊されてしまいました。しかし私たちは,今回の津波で被害を受けた地域の人たちに,

「 想定外 」の事態に備えていなかったと非難することはできません。むしろ,想定できる最悪に備えて防波堤を築いてきたのです。


結論から言えば,そもそも私たちは自然の活動にかんして,将来起こるかもしれない,あるいは起こるであろうという可能性を

大雑把に予測することはできても,それが正確に,いつ,どの程度の規模で起こるかを「 想定 」することはできない,ということです。

あるいは,たとえ「 想定 」できたとしても,それを食い止めることができないこともたくさんある,ということです。


考えてみれば,地球が45億年前に誕生して以来,想像を絶する地殻変動や天変地変が起こってきました。

大陸が動いたり( ちなみにインド亜大陸はアフリカのあたりから移動してユーラシア大陸に衝突し,その圧力でヒマラヤ山脈ができた )

火山の大爆発,恐竜が絶滅した原因として有力視されている隕石の衝突( それに続く灼熱と大洪水),そしておそらく,

人類が経験したことのない大地震や大津波などなど,無数にあったはずです。どれほど破壊的な地球の動きであっても,

それらは宇宙や地球の歴史からすれば大したことではなく,「日常活動」にすぎないのです。


このような天変地変が,ここ数千年起こっていないからといって,近い将来起こらないという保証はどこにもないのです。
 
つまり,私たちはそもそも自然現象を「 想定する 」ことはできないのです。あるいは,想定できないこともたくさんある,と考えるべきでしょう。


もちろん,津波対策として防波堤をさらに強固に高くするとか,地球のひずみをくわしく計測して地震を予知するとか,

倒壊を防ぐようしっかりした家の建築工法を導入するとか,高台に家を建てるとか,できることは全てやっておいて,

被害を最小限に食い止める準備はしておく必要はあるでしょう。それでも私たちは,今までの経験則から、

とんでもなく離れた事態を「 想定 」することはできないのです。


たとえば,小松左京氏の 『 日本沈没 』 のように,日本列島全体がプレートに飲み込まれて沈没してしまう可能性だって,

あり得ないことではないのです。しかし,だからといって,その日に備えるというのは現実的ではありません。

つまり,私たちは理論的な可能性として起こる自然災害を「 想定 」して,それに完全に備えることには,最初から無理なのです。


以上の理由で私は,「 想定外 」という言葉で事態への対応が不十分だったり誤ったりすることの言い訳にすることに疑問をもちます。

たしかに,今回のように大規模の地震と津波が発生することは「 想定外 」だったかもしれません。自然現象である以上,

人間の知識を超える事態が起こることは十分あり得ます。


しかし,原発という人工的な施設に関しては、ある程度対応策を予め準備することはできるはずです。

問題は,それならば,想定内の事態にたいしては十分備えていたかどうか,です。私はそこに多くの問題があったと考えていますし,

今回の福島の原発事故ではこの点こそが厳しく問われなければなりません。


自然現象にかんして正確に「 想定 」することはできませんが,人工施設に関してはある程度対応策を考えることはできるはずです。

「 想定外 」 という言葉で説明することの問題は,自然現象と人工的な施設や設備にかんする対応策とを ごちゃまぜにしていることです。


もうひとつ,「 想定外 」という言葉で事態を説明することへ疑問を抱く理由は,人間には本来「想定外」の行動をすることがある、

という事実です。自然の活動も想定できませんが,人間の行動も同様に,あるいはそれ以上に想定できないのです。


原発の運行にかんするマニュアルは,全ての人がマニュアルどおりに冷静に正しく対処することを前提にしています。

しかしチェルノブイリの原発事故にしてもアメリカ・スリーマイル島での原発事故にしても,あれほど深刻な事態を招いてしまったのは,

関係者の「 想定外 」 の行動( ミス )があったからです。人は,「 こんなことをするはずがない 」ということを,

何かのきっかけでしてしまうことがあるのです。こんなとき,私たちはやはり「 想定外 」だと言います。

むしろ,人は,常識では考えられない「 想定外 」のことをすることがある,ということを「 想定内 」のこととして考えるべきでしょう。


「 安全神話 」 という言葉があります。

原発を作るとき政府も東電も住民や国民にたいして原発は絶対に安全です,と言い続けてきました。

それは,地震の大きさは一定の範囲内で,しかも原発の関係者は必ず冷静でベストな対応をする,ということが大前提です。

しかし,今回の地震・津波・原発事故では,どちらの前提も満たされていません。

どれほど科学技術が進歩しても,自然の前ではほとんど無力になってしまうほど,自然の力は大きいのです。


科学技術はたしかに自然のコントロールにある程度は成功してきました。しかし,その成功は自然のもつ力の,

ほんの一部にたいして有効であるにすぎません。自然にたいしてもっと,謙虚になる必要があります。

これについては,別の機会にくわしく書きたいと思います。


人類は,自然のもつ「 想定外 」 の力と,人間の行動からどうしても排除できない「 想定外 」の行動を,

何とか「 想定内 」にとどめるように努力してきました。それが成功する場合もあれば,失敗する場合もあります。


私たちは「 想定外 」と「 想定内 」 との間に成立している微妙なバランスの中で,かろうじて生かさせてもらっている、

という事実をいつも心にとどめておく必要があると思います。


次回は,福島の原発事故の背景として,想定外と想定内の事態がどのように作用したのかを検証してゆきたいと思います。
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大豆と豆腐

2011年04月20日 | 秀子のたわごと

  
           Photo by TOMO さん

だいずとうふ 

一体 何のことかと申しますと、TOMOさんがプレゼントして下さったイルカのぬいぐるみの名前です。


         

TOMOさんは、TOMOさん宅に居候中のイルカくんに なんと 「 とうふ 」 という名をつけたと言うことで、

ならば我が家に居候中のイルカくんは 「 だいず 」 しかない っとこの名前に致しました。


「 大豆 と 豆腐 」「 DAIZU と TOFU 」「 ダイズ と トウフ 」 どの文字でも良いのですが、

このネーミングを掲げて 何かの形でお手伝い出来るボランティア活動をしましょうと考えているところです。

当面は、お互い身近なところで出来ることをして行きますが 準備は少しずつ整えて行きましょうかと話しあっています。


           


食事作りのボランティアに参加し感じていることがあります・・・

一緒に食事作りが出来たらなぁ~っと思うのです。     

郷土料理を教えて頂ける良い機会だと思いますし、一緒にお料理を作ったり、方言を教えて頂いたり、

情報を交換したり、思いを伝えあったりいろいろ出来ると思うのです。


これからの生活をどのように構築していったらよいのか・・・・

避難先でいろいろな思いを抱きながら日々を過ごしていらっしゃると思うのです


わずかな作業であっても、体を動かしたり、指先を使ったりすることで気も紛れると思いますし


一緒に作る、或いは郷土料理を教えるそんな簡単な動きは、少しは楽しんで頂けるかもしれませんし

いつもご飯を作って頂くという、負い目のような気持ちからも少し開放されると思うのです。


避難者の皆さんを、お客様としてではなく、揺れも、規模も、失ったものの度合い違いますが・・

東日本大地震を経験した者として思いを共有しあってゆきたい・・

私が避難者だったら、ボランティアのかたがたと一緒に何かしたいのです。


組織の中で動くということは、いろいろと制限があります・・

「 大豆と豆腐 」は、

大木昌が思う 「 自分とは直接関係のない人たちの身の上に起こったことを身近な問題として,

また自分の問題としても具体的に考えることができるようになるには、想像力を鍛えることが必要だ 」

ということが基本になりそうです。
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募金活動

2011年04月19日 | 秀子のたわごと

                 Photo by TOMOさん


昨日、市主催の募金活動にボランティアで参加して参りました。

募金活動は初体験です。


街頭募金などは、人の弱みに付け込んで悪用する募金詐欺などもございますので 

私は、募金の主催先がはっきりしているところには振り込みをして参りましたが

 っと不安を感じるような募金はしないでおりました。


今回、街頭募金活動を行う側として 自分がどのような気持ちを抱くのか、

また通行中のかたがたの反応はどのような感じなのかを知る良い機会となりました。


思いのほか、見知らぬ方々から篤い思いやメッセージを沢山頂けるのだということを知りました。

つい先日 気仙沼にボランティア活動で入り 瓦礫の撤去や炊き出しのお手伝いをされてきたかたは

「 現状はね、想像以上の惨さだったよ 相当な年月が必要だよ・・募金活動も、ずっと長期的に必要だと思うしね・・がんばってよ 」


外人の方は「このぼきん あのじしんのぼきん  これつかって 」と紙幣を入れて下さいました。


お子さま連れのご婦人は 「 額は少ないんですけど、子を持つ親として・・募金させて下さい 」

駅の改札口まで行き、わざわざ募金のために戻ってきて下さった紳士のかたは 

「 風が冷たくて、大変だと思うけど 頑張って下さい 」 
 


先日ブログで「 見かけましたらお声をおかけ下さい 」 と一言添えさせて頂いたのですが、

読んで下さったかたが、立ち寄って募金をして下さいました。


「 ブログを読んで、この時間ならいらっしゃると思って 立ち寄りました 」

感激で 胸がいっぱいになりました  ありがとうございました 



風が冷たく 途中から口がかじかんで 言葉が不明瞭になってしまって

ペアを組んで募金の呼びかけをしたかたも、モゴモゴ状態になり お互い苦笑の連続でした。


「 募金 」を 「 募集 」 と言ってしまったり 「 ご協力を 」 を 「 ごこうろくを 」 になってしまったり、

何語 状態 その他いろいろ て・に・を・は が可笑しすぎました 

でも、怪我の功名で そのやり取りを聞いて、漫才を聞いているようだと笑いながら募金して下さったかた
    


 皆様のご協力により心のこもった募金が集まりました    

      市の職員のかたにちゃんとお渡ししました。

      ご協力ありがとうございました  
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