urt's nest

ミステリとかロックとかお笑いとかサッカーのこと。

鯨統一郎『ミステリアス学園』光文社文庫

2006年04月24日 | reading
ネタバレ注意。

《「叙述トリックというのもある」/「なんですか、それ」/「文章そのものに罠が仕掛けられているもの。たとえば、男だと思っていた登場人物が、実は女だったとか」/「なるほど。さっき話題になっていたやつか。それは犯人が仕掛けるんじゃなくて、作者が読者に仕掛けるトリックですね?」/「そうだ」/「代表的な作品を教えてください」/「いやだ」/部長はにべもなく断わる。ぼくは他の人に顔を向けた。みんなも視線を逸らしたりして誰一人として教えてくれない。/「意地悪だなあ」/この人たちは本当にミステリを愛しているのだろうか。》(73p)

《「岩塩の弾丸で撃ち殺すトリックもあるぞ。これだと躰の中で解けて検分するのは不可能だ」/「いろいろ考えるもんですねえ」/「大昔から、多くのミステリ作家たちが一生懸命考えてきたのよ。もっとほかに考えることがあるのを犠牲にして」》(74p)

《「でも最初のクロフツっていうのは聞いたことないなあ。黒い仏って書くの?」/「おもしろい事いうわね。そういうタイトルのミステリでも書いたら」/「やめときます」》(80p)

《亜矢花が大型冷蔵庫のドアを開けた。/「たいへん、中には大量の缶ビールしかないわ」/「ホ、ホント?」/湾田がうろたえたような声を出す。/「冗談よ」》(118p)

《「殺人の出てこないミステリもあるわよ」/「知ってる。ミスミス研に入ってから覚えたよ。たとえば歴史ミステリ。現代の殺人と絡ませた歴史ミステリも多いけど。最近では高田崇史とか柄刀一が注目されているね。ええと、あと一人いたような気がするけど」/「思い出せないわね」》(216p)

《「こういう言葉を知ってるか? "君の意見には反対だ。でも君がその意見を表明する自由はぼくも命がけで守る"」/「ええと、有栖川有栖が清涼院流水に言った言葉でしたっけ」/「ちがう(後略)」》(230p)

《人生とはそんなもんだ。決して思い通りにエンドマークを打てる人なんていない。》(261p)

…以上の引用の元ネタ、あるいはその面白さに思い至る人は、文句なくミステリという病に憑かれてしまっていると言えましょう。
本作は鯨版『名探偵の掟』。ミステリアス学園ミステリ研究会なるサークルを舞台に、定義から始まってミステリ史、あるいはミステリの定番を講義し、それを実践して示すような事件を連作形式で、という構成。さらには各話を入れ子にすることでアンチ・メタをも射程に収める。
読んでいて面白くはあります。それはもう。しかしミステリとしての収穫はそれほど大きなものではありません。なによりこの作品の魅力は、ミステリを茶化し、そのお約束を利用して遊びながら、その含羞のなかに仄見える弛まぬ愛情であるのではないでしょうか。
引用部分以外にも、「バイミステリ」って単語はいいなあ、とか、特に小倉部長の本格の定義には共感するなあ、とか、「本格バンザイ」つって死ぬとかバカバカしいなあ、とか、少なくとも「本格ミステリ」を愛する人、あるいはそれになんらかの自意識を持つ人は、くすぐられてやまない作品でしょう。そしてそれは、自分の「本格」観を見つめなおすことにもなるはずです(…そんな大層なもんでもねえな)。
これ書くの、めちゃくちゃ楽しかっただろうな、と思う。

《「いいえ。ぼくは何もやっていません。ただ、本格ミステリを好きになり始めただけですよ」/「本格ミステリ? なんだそれは」/「美しい物語です」》(300p)

作品の評価はB。

ミステリアス学園ミステリアス学園
鯨統 一郎

光文社 2006-04-12
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