urt's nest

ミステリとかロックとかお笑いとかサッカーのこと。

石田衣良『アキハバラ@DEEP』文春文庫

2006年10月20日 | reading
ネタバレ注意。

…微温い。

危惧していた通り、『4TEEN』に見られたような、最近の石田作品に顕著な偽善性。正直に言って、読んでいながら空虚感に支配された。

彼は一体何を失ってしまったのだろう。

彼の小説から、「エッジ」(と呼ばれていたもの)が失われてしまったことは、日本のエンタテインメント小説におけるとても大きな損失だと思う。まあ初期作品からして、『うつくしい子ども』とかどうしようもないのあったから、単に今がスランプなのかもしれない。でも今の彼が、「西口ミッドサマー狂乱」のような高揚のみなぎったキレキレの小説を書いてくれそうな予感はまったくしない。

まったくしない。

ITの帝王である敵役が主人公たちに対して打つ手が「空巣」って時点でプロットの空疎も明らかだが、この小説、主人公たちを「コンプレックスを抱えた、でも善人の天才」という単純な造型に止めてしまったことが最大の問題だと思う。単なる「コンプレックス」であって、「おたく」という存在における「狂気」が一切描かれていない。気持ちの悪い言い方をすれば、この小説は「おたく」に寄り添ったものではない。ブロードキャスターのコメンテータの視点であって、アキハバラのストリートや、そこと直通する弧絶の部屋の視点ではない。

評価できるとすれば、「自由を守る」という主人公たちのモチベーション、それからなるラストの「解放」は、題材に見合っていい展開であったと思う。視点の設定もなかなかカッコよかった。

作品の評価はC。

アキハバラ@DEEPアキハバラ@DEEP
石田 衣良

文藝春秋 2006-09
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