urt's nest

ミステリとかロックとかお笑いとかサッカーのこと。

恩田陸『夜のピクニック』新潮文庫

2006年10月01日 | reading
ネタバレ一応注意。

《みんなで、夜歩く。たったそれだけのことなのにね。/どうして、それだけのことが、こんなに特別なんだろうね。》(31p)

とは、登場人物がこの「夜のピクニック」という行事を指して云う言葉ですが、それはそのまま、この『夜のピクニック』という小説にも当てはまるものです。高校生が、夜歩いてるだけ。派手なことはなにひとつ起こらない。ただそれだけの小説なのに、なんだか「特別」な感じがするのです、この小説は。
恩田の真骨頂である青春群像劇。クレバでかつ瑞々しいキャラクタ造型、地味だけどどうしようもなく感動的なドラマ性(249pの貴子の「勝利」のシーン、圧倒的に上手い)。恩田陸という作家が最もその骨格に近いものを曝し、それが見事に普遍的な評価を得、ブレイクスルーした、見事な「勝利」の作品だと思います。
非日常的な高揚感と、現実的な煩悶のあわいの、奇跡のような瞬間が切り取られた前述のシーンはまさに出色ですが、登場人物が置かれた不安定な環境(高三、てのはね。家庭環境もそうだけどさ)と、「ピクニック」というイベントの高揚感、読者の側にある「青春」なるものへの追憶。それらの「ゆらぎ」がシンクロして、複雑ながらも喜ばしい、「特別」な感情を抱かせるのでしょうね。

…まあこんだけ誉めといてなんですけど、それでもこの作品の端整よりは『麦の海に沈む果実』の過剰なロマンが好きなんだよな、俺。

あと思い出したのはキングの『死のロングウォーク』。こっちは絵空事だけど、読んでる間の印象はなんか似てる気がしたんだよな…「ロングウォーク」の喚起する感情、それを書く作家のモチベーションって、結構共通のものがあるのかもね(順弥の存在もあることだし)。

作品の評価はBプラス。

夜のピクニック夜のピクニック
恩田 陸

新潮社 2006-09
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