urt's nest

ミステリとかロックとかお笑いとかサッカーのこと。

小野不由美『屍鬼』新潮文庫

2006年03月18日 | reading
ネタバレ注意。

文庫本全五巻、『人狼城』とどっちが長いですかね…。
しかしことこの作品に関しては、この「長さ」に必然性が感じられます。閉鎖的で保守的、物見高い典型的なムラ社会としての外場、そこに暮らす「個」としての人々の姿、また闖入する「屍鬼」たちの存在が非常に丹念かつ端整に描かれ、作家の筆力が質量伴った重厚さとして、この大作の「長さ」を支えているからです。
五巻目など圧倒的なスピード感で、徹夜で読んでしまいました。「個」として描かれていた外場の人々が集団的な狂気へと突き進むのと同時に、得体の知れない「集団」として描かれていた屍鬼たちが「個」として描かれる(律子や徹、沙子らの煩悶にそれが顕著ですが)ところ、また「屍鬼」をめぐる哲学的な問答の主体の移り変わりなど、小説の構成としても見事なものを持っていると思いましたが、特に感心したのは登場人物の人間描写。文房具屋の老人たちの物見高さ、恵の夢想性、かおりと昭の純朴と勇敢、正雄や篤の卑小。孝江の時代錯誤な特権意識、佐知子や登美子の狷介、結城の頑迷。夏野のクレバーさや敏夫の冷徹、静信のナイーブさなど、「人間を描く」ということがエンタテインメントとして成立している、素晴らしい人物造型と描写力(まあ若干類型的ではありますが)。郁美や信明の使い方もなかなか面白かった。後者には期待してたんだけどね…最高に情けない。
「屍鬼」が村人の心理のなかで否定されていく過程もなかなか絶望的で素敵な描写でした。その存在をめぐる問答は、静信の苦悩を「ナイーブさ」としてしか捉えられなかったように、正直どうでもよかったんだけど。あともう一つ難点を言うなら、展開が焦らしプレイの割にラスト(山火事でなく)が見え透いてしまってるなあ、と。あれだけ悩ませたらねえ。
あと個人的に面白かったのは、作中作の使い方とか、モノローグにフラッシュバックするように描写が入り込む手法が某綾辻を彷彿とさせるなあ、と。それに辰巳の演説。

《「(前略)ぼくにとって沙子はね、滅びの象徴なんです。すべてのものは滅びる。意味なんてものは飛散して消失する。けれども沙子がそれに抵抗してあがくさまは見応えがある。落下していく様子そのものが、見ていて飽きないんです――綺麗だと思う」》(376p)

…槍中かよ。さすが夫婦。

まとめましょうか。
恐怖の対象がなかなか見えない、しかし小説の手腕で読ませられつつ、いざ対立の構図が見えれば圧倒的な迫力と、パニック小説のようなスピード感で読ませる、傑作です。

作品の評価はAマイナス。

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