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村上春樹『中国行きのスロウ・ボート』中公文庫

2006年01月20日 | reading
ネタバレ一応注意。

《それでも僕はかつての忠実な外野手としてのささやかな誇りをトランクの底につめ、港の石段に腰を下ろし、空白の水平線上にいつか姿を現わすかもしれない中国行きのスロウ・ボートを待とう。そして中国の街の光輝く屋根を想い、その緑なす草原を想おう。》(表題作51p)

村上春樹の第一短編集です。ちょうど文春文庫の新刊で出ているところでもありますし、古川日出男のリミックス作品(『二○○二年のスロウ・ボート』)との絡みで論じたりしたいところですが完全に内容失念…こりゃ再読かな。
力及ばず、その「主題」に関して、その文学が描き出したいものについて僕は理解が及びません。しかし新鮮なイメージと流麗で喚起力豊かな文章、洒落た会話(《「知らないのかい?」と彼は言った。「シャンパンには用途なんてない。栓を抜くべき時があるだけさ」》(「ニューヨーク炭鉱の悲劇」109p)…てのはちょっとスカし過ぎかな)、そういった村上春樹的な小説の魅力は、この短編という形式で純度の高いものとして楽しめると思います。面白いです、実に。ミステリを離れての僕の読書の趣味ってのは分かりやすくて、「新鮮なイメージ」ってのが重要なんですよね。古川日出男にしてもいしいしんじにしても。ミステリなら端的なのは『匣の中の失楽』かな。その純文学における端的な例がやはり村上春樹なのだと思います。
細かい点で気づいたことは、砒素中毒の傍証としてのもの以外で、「爪に浮かんだ線」に関する描写を初めて読んだ気がする(「午後の最後の芝生」172p)。あと煙草を貰うって行為がコミュニケーションツールとしての機能を果たし過ぎ。こうすればお洒落に人に近づけるのだね…でも煙草吸わねーんだ俺。

短編中で特に良かったのは表題作と、ややボーナストラック的位置付けながら、コミカルなミステリ・パロディの「シドニーのグリーン・ストリート」。

《シドニーのグリーン・ストリートというのはこういう通りだ。僕はいつも思うのだけれど、もし地球のどこかに超特大の尻の穴を作らなきゃならなくなったとしたら、その場所はここ以外にはありえない。つまり、シドニーのグリーン・ストリートだ。》(「シドニーのグリーン・ストリート」256p)

作品の評価はBプラス。

中国行きのスロウ・ボート中国行きのスロウ・ボート
村上 春樹

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