・みるかぎり起伏をもちて善悪の彼方の砂漠ゆふぐれてゆく・
「冬木」所収。1964年(昭和39年)作。
著述業のしての活動もようやく安定し、旅行詠が多くなってきた時期である。「冬木」の作品にも、知床・三方五胡・玄界灘・来島海峡・白河の関・蔵王山・吾妻山といった国内からタイ・パリ・ジュネーヴ・モンブラン・ヴェネチア・フィレンツェ・ローマ・ナポリ・ポンペイなどを詠んだものがある。
「冬木」の最後が1965年(昭和40年)で、翌66年(昭和41年)は年末に鼻より出血。病院で越年して、老いを意識し始める。いわば、「壮年期・充実期」にあたる。
さてこの一首だが、ヨーロッパ旅行の帰りシナイ半島から北アラビアの上空を飛行機で通過した時の作である。
太陽は西の地平に沈む。飛行機は東へ飛んでいるから、夕暮れるさまは或いは急速であるように感じられたかも知れない。1ドル=360円の時代だから海外旅行そのものが珍しかった頃である。北アフリカから西アジアにかけての砂漠は広大な砂と岩の連続。「善悪の彼方」と捉えたことで、海外旅行の珍しさに依りかからない作品となった。
「一つの句で短歌が立ち上がってくる」と述べたのは河野裕子。句またがりだが「善悪の彼方」がそれに当たるだろう。