今年も早12月。ぼちぼちと正月の
準備ということで、お飾りを探してい
たら、蘇民将来お飾り風の手ぬぐいを
見つけたので迷わず買ってしまう。
こちら、伊勢二見の羊羹屋さん五十鈴
勢語庵で売られてるものですが、塩羊
羹も中々よろしいお味です。
暮れ辺りから、これを室内で暖簾代わ
りに掛けるとしよう。お伊勢気分も味
わえるし、スサノオ神とは縁を感じる。
本物の大きな飾りは高価なので、いつ
も通り玄関飾りは地元のものでいい。
次いで、添加物まみれではあるが、正
月用に冷凍お節を注文した。
たまになら、毒も承知で食えば、体に
は悪くとも、気は心で打ち消し合って
霧散すると思って食うべし。
酒も同じで、楽しさを優先させる。
無農薬無化学肥料で栽培された酒米で
醸された寺田屋本家さんの純米酒も正
月用に注文したし、麹も頼んだので、
甘酒と発酵あんころ餅も作りたい。
ちなみに、蘇民将来伝説とは、日本の
物語のようでそうではない。
日本人のルーツは、エジプト、ギリシ
ャ、イランなどの中東地域にあるとい
うこと。
それ以前の縄文にまで遡りたい人はい
るが、それはそれで区切りたい。
列島には、牛はいなかったし、信仰は
長い年月をかけて中東で発展したもの。
当然ながら、ユダヤ教徒や原始キリス
ト教徒、もっと古いゾロアスター教も
関わって来る。
そして、日本の祭りは、塩を盛り、や
たらと火を焚き上げる。
いずれ、人類のるつぼとしての日本の
歴史に別角度で光が当たることになる。
ところで、宗教嫌いな日本人は多いと
言うが、単に自由でいたいというだけ
の裏返し。
それを証拠に、困りごとが起きれば、
神だろうが仏だろうが、占いだろうが、
龍神だろうが、蛇や狐だろうが、宇宙
人だろうが、何でも来いになり果てる。
かつての祭祀場だったと思われるパワ
ースポットが大好きで、他村であろう
が構わずに神域に乗り込んで、お願い
事三昧だ。
ひとしきり拝んでは、神殿の背後に回
ってまで催促をし、あちこちに銭を置
いて回る者までいるという迷信のてん
こ盛り。
賽銭収入が増え、祭りで酒が飲めると
悪い気がしない地元民もいるだろうが、
神域も何もあったもんじゃない。
欲が欲を呼んで、深山の奥の院にまで
分け入って、ご利益は、ここじゃない
とダメだなんて言う始末。
そして、お守りを買いあさり、石を身
に付け、お祓いや魔除けを好む人は多
く、そういう人達ほど祈りが長く、う
っかりすると待たされるが、参道から
続く参拝の気の流れが途切れてしまう
から、正直言って、めんどくさい。
僕は、地元のスサノオ神と恵比須様、
伊勢以外ほとんど出向くことは無い。
観光の道すがら、あいさつに顔を出す
程度。人の嫌な行為を見ないために、
あえて行くことは避けている。
氏神は、年に一度、元日の初詣だけ。
正月明けに、えべっさんへ。福の神は
見ているだけで嬉しくなる。
お伊勢さんへは、しばらく行っていな
いが、自宅の神前でアマテラスオホミ
カミと思えば、そこに寄られると思っ
ているから遠出する意味はあまりない。
「仏、ほっとけ、神、かまうな」
とは、誰が言ったのか? ダジャレの
ようでいて、的を得ていて、人の成り
立ちを理解していたら、そうなるとい
うだけのこと。
知らないから、成仏せずに禍となり、
生きて神力や霊力に縋りつく真似をす
るようになる。
さて、今年も後1か月でお終い。
外国に目を向けると、まあ大変なこと。
欧米はインフレ、東欧と中東は戦争で、
中国は言うに及ばず。南米も朝鮮半島
もきな臭い。
池田大作の隠し子と噂される前原氏が、
金回りが良くなったのか新党というじ
ゃないか。
来年は、アメリカも日本も政局だ。
日本は、売国奴が多過ぎで、三輪の大
神様がご立腹だそうだ。
来年は、お化けが出るぞ。
いや、役目を負った新顔が、神々の後
押しで出始めるということだろうな。
知らんけど。笑
ではでは。