2011.11.28 ガジェット通信
デジタル教科書……学校の教科書をデジタルにしよう。現在、生徒ひとりひとりに「本」の形で配布されている教科書を、「端末」に「ソフトウエア」を配布する形態に変えていこう。そんな運動が、昨年ぐらいから活発化しています。
この運動においてもっとも大きな影響力を持っている団体はDiTT(デジタル教科書教材協議会)です。簡単にいえば教育のデジタル化を推進しようという企業の集まりで、サイトを見ますと、電機企業・ソフトウエア企業・出版社・印刷会社など、実に多くの有名企業が名を連ねています。
あえて意地悪な言い方をすれば、日本全国の学校に自社製品を卸すことにより利潤と利権を得たい企業の集まり、といっていいでしょう。大企業の集まりですから、当然のこと政府に強い影響力を持っています。DiTTで決められたことが、今後の日本の教育を左右するものとなるといっても過言ではありません。最終決定権はむろん政府(文科省や総務省)にありますが、DiTTの意志を無視したものになることはまずあり得ません。
とはいえ、政府と企業だけで決めていいもんかな、とは誰もが思うでしょう。これは単なる「教科書改訂」ではありません。教室の風景・学校の風景・授業のありかた・教師のありかた・生徒のありかたを変える大きな変革なのです。教育は国家百年の計といいますが、「デジタル教科書」は日本という国のグランドデザインに大きく関わる問題です。真に国民的議論をしていくべき問題である、といっていいでしょう。
デジタル教科書に関して、DiTTとほぼ時を同じくして生まれた団体があります。「みんなのデジタル教科書教育研究会」(通称「デジ教研」)です。これは簡単にいえば「実際の教育現場」にいる人たち、先生たちを中心とした集まりです。デジタル教科書とはどんなもので、今後どのように採り入れられていくのか。デジ教研の発起人である新潟の小学校の先生、片山敏郎先生にお話をききました。
*
たぶん、一般の人たちは「デジタル教科書」といえば現在の教科書をタブレット端末に表示するのかな、と考えると思うんです。でも、デジ教研で思い描いているのはそういうものではありませんね。
「従来の教科書よりずっと広いものです。学校の授業で使用しているのは、教科書だけではありませんね。例えば資料集。『デジタル教科書』を現行の教材との関連でいえば、教科書に資料集を加えたものだと考えるといいかもしれません。デジタルの利点は、資料集にあたるものに動画や音声を加えることができること。さらに、コンテンツを豊かにして、無限に近い資料を用意することができることです。資料が豊かになれば、子どもの学び方も変わってきます。例えばひとつの課題に対して、A君とB君が全く別の資料を提示するというようなことが普通に起きるんです。つまり、個人が興味に応じて学習のきっかけをつかむことができるんですよ。……従来、授業は教師主導になりがちなことが多く、学習者が受け身になることもしばしばありました。でも、デジタル教科書を採り入れることで、そうではない形が実現できるんです。個々の子どもが何かをきっかけにディスカッションしたり、コミュニケーションしたり。ほかの子たちとやりとりができる。すごく深いところまで調べて、学習することもできます。多くのものに出会うことができるから、子どもたちの『学び』のきっかけが増えるんです。それがデジタ
ル教科書の最大のメリットだと思います」
計算とか漢字とかのドリルも変わってくるでしょうね。
「端末をとおして、生徒の学習内容を教師が把握することも可能になります。子どもが何に興味を持っていて、何が足りないかを知ることができますね。教師の側もそこからアクションを起こすことができます。デジタル教科書が実現すれば、これまでの教育形態も変わっていきます。むろん従来のスタイルもあるんですけど、そこに共同学習や自主学習の要素が加わっていくことになります」
デジタル教科書はいつごろ実現すると思いますか。
「DiTTは2015年を目標にしていますね。でも、たぶんムリだと思っています(笑)。生徒ひとりに一台の端末を持たせるって、すごく大きなジャンプなんですよ。コストも莫大にかかりますから、そう簡単に実現できるものじゃありません。教科書がいきなり端末に変われば、教育現場のインパクトも相当のものです。現在はとてもそういう状況にはありません。私は2020年以降だろうなあ、と思っています」
気の長い話ですねえ……。OECDが実施したデジタル読解力の調査によれば、韓国が1位で、日本は4位でした(米・英・仏などは不参加)。韓国は国策として情報化を進めていますし、ソニーや東芝よりもずっと巨大な電機企業サムスンが全面的にバックアップしています。差が開くばっかりだなあという気がしますが。
「そうしたデータも、決して大きなニュースにはなってませんよね。結局、すごく大きな話ですから、多くの人に『児童がデジタル教科書端末を活用する教育が必要だ』と思ってもらわなきゃいけないんですよ。そうなってはじめて、ようやく国が動くのだと思います」
みんながデジタル教科書を求めるようになるために、必要なものはなんだと思いますか。
「第一に認知されること。世界的に『教科書をデジタル化しよう』という動きがあることを知ってもらうことだと思います。第二に、効果があることをわかってもらうこと。具体的には、やはりデジタル教科書を採り入れることによって、成績があがったというような実績が必要です。ようやく文科省や総務省が研究指定校で実証実験をはじめたばかりですから、そうしたデータはじゅうぶんに集まっているとはいえません。いい結果があったという報告は聞いていますが、まだかぎられた事例にすぎない。その意味でも、まだまだ時間のかかることだと思っています」
そういう中で、デジ教研の役割はどんなものになると思いますか。
「デジ教研で話し合われているのはさまざまなんです。ハードウェア、ソフトウエアはむろんのこと、教室の問題、ICT支援員の問題、著作権の問題……デジタル教科書のあるべき姿について、多くの人が現場から意見を述べてくれています。意見はwikiという形でかなり蓄積ができていますが、それを整理するところまではいっていません。最終的には、多くの意見を集約し、提言の形で『現場の意見』を述べていくことができれば、と思っています。……学校にICT機器が採り入れられることはこれまでだってたくさんあったんです。でも、現場の意見がないために、高価な機器が教室の隅っこでホコリをかぶっている、というようなこともたくさんあるんですよ。そういうことがないようにするためには、やはり『企業の意図』に対して、『現場の意見』を伝えて、よりよいものを作ってもらうべきだと思うんです」
「『みんなのデジタル教科書』の『みんな』には2つの意味があると思っています。1つは、『みんな』が使うものであること。もう1つは、『みんな』で考えるものであること。みんなで考えたものを、どういう形でまとめていくかは、今後のデジ教研の課題だと思っています」
*
さきに、デジ教研は「先生たちの集まり」であると紹介しましたが、参加しているのは先生ばかりではありません。来たるべきデジタル教育のありかたに対して興味・関心を持つ人たちを、誰でも受け入れる形で運営されています(教員じゃない私も、メンバーのひとりに加えてもらっています)。
現在は活動の主体をFacebookにうつし、Facebookグループとして日夜(これは比喩でなく、ほんとに日夜です)、議論を戦わせています。下にリンクを掲載しますので、興味のあるかたはぜひご参加ください。
DiTT デジタル教科書教材協議会
みんなのデジタル教科書教育研究会
デジ教研Facebookグループ
デジタル読解力、日本4位 パソコン画面で計測…トップは韓国
(草野真一)