THE READING JOURNAL

読書日誌と雑文

「青衣の女」

2008-11-27 | Weblog
「フェルメール全点踏破の旅」 朽木 ゆり子 著

5.アムステルダム ≪牛乳を注ぐ女≫≪恋文≫≪青衣の女≫

ここでは、アムステルダム国立美術館に所蔵されている、4枚の絵のうち前節に出てきた≪小路≫(ココ参照)以外の3つについて解説されている。

アムステルダム国立美術館は二〇〇三年から二〇〇八年まで館内のアスベストのために閉鎖された。そして、特別展示用に建設された新館のフィリップス・ウィングは安全が確認されたため、そこでのみ作品を展示されていた。
著者がアムステルダムをおとづれた時は、≪恋文≫は市内にあるアムステルダム歴史博物館に貸し出され、他の3枚、
≪牛乳を注ぐ女≫≪青衣の女≫≪小路≫はフィリップス・ウィングに飾られていた。

フェルメールの絵の大部分は宗教画ではない、その理由は十六世紀から十七世紀にかけての絵画の発展に関連している。
十六世紀に宗教改革が起こった。カルヴァンは、カトリック教会で盛んだった聖像を禁止しさらに聖人画や聖母子像も禁止した。
ネーデルランド(現在のオランダとベルギーに相当)では、カルヴァン派の勢力が強く十六世紀半ばに聖像破壊運動が起こった。
当時(十六世紀)は、ネーデルランドはカトリック信仰が強かったスペインの支配下であったため、スペインはカトリック信仰を強要し各地で反乱がおこった。そして一五八一年に北部ネーデルランド(現在のオランダ)はスペインから独立する(南部ネーデルランド(現在のベルギー)はスペイン領にとどまる)
十七世紀になるとアムステルダムが世界的な商業・金融ネットワークの中心地となり、商人が力を持ちオランダの黄金時代を迎えた。
そのような時代の変化は絵画にも大きな影響を与えた。それまで、芸術家の最大のパトロンは教会であり、絵のテーマの大部分はキリスト教に関連するものだった、しかし、宗教改革で聖像が禁止された後は教会からの注文はほとんどなかった。その代りに、力をもった豊の商人が新たなクライアントとして登場する。彼らは画家に肖像画を注文した。クライアントが変わる事により絵のテーマも日常的で身近なものに変化し静物画・風俗画などが描かれた。また、美術市場が開拓され、特定の人の注文によらず不特定の買い手のために描いた絵も出てきた。
十七世紀半ばまでのオランダでは多くの画家により多くの絵がかかれた。しかし、十七世紀の半ばに英蘭戦争がはじまり、一六七二年にルイ十四世に侵略され、オランダの国力が衰退するとともに、芸術の黄金期も終わりを告げた。

フェルメールは、オランダ画家の栄光時代を経験するぎりぎりの時代に仕事をはじめ、それから約二十年間絵を描いて、一六七五年に四十三歳で亡くなった。もっと長生きしていれば、オランダ美術衰退の影響に直撃されていたかもしれない。

牛乳を注ぐ女
この絵は、単身像としては≪窓辺で手紙を読む女≫(ココ参照)の次に書かれた絵である。
≪窓辺で手紙を読む女≫では、心をかき乱されるような雰囲気があるが、この絵には豊かさと安定感がある。描かれている女は庶民の女である。
この絵は左側にたくさんの要素が詰め込まれ、右側が空っぽであるという非対称な構図になっている。それが独特の空間感覚を作り出している。
赤外線写真から、この絵の右側には、洗たく物の入った大きな籠が描かれていた事がわかっている。しかし、フェルメールはそれを小さな足温器に変えてしまった。そして右側の空間を広げた。
当時、足温器は情熱を表す小道具であった、そしてよく見ると後ろのタイルの模様が弓と矢をもったキューピットである。このことから、この絵が何らかの形で愛や情熱を描こうとしたという解釈も可能である。しかし、美術史学者の多くはフェルメールには、この絵にそのような寓意を持ちこむ意図はなかったとしている。
右側にはいろいろな要素が書き込まれている。テーブルを良く見ると明らかに透視法に違反している。この絵は、写実的に見えるが、実は微妙な操作がされている。

恋文
この絵は、フェルメールの後期の作品である。≪恋文≫というタイトルは、二人の女性の後にかかっている画中画が海の絵であることから来ている。当時、恋愛を海の状態で寓意する共通の了解があった。

フェルメールは、初期には物語やイメージ性を意図的に排除しようと試みていたようで、≪牛乳を注ぐ女≫でも明らかなように、自分の絵で寓意が果たす役割を限定した。しかし、後期になるとそれが変わり、画中画や小道具を多く登場させるようになる。

この絵は、一九七〇年にブリュッセルで盗難にあっている。犯人は額縁の内側にナイフを刺しこんで絵を切り取り、しかもそれを丸めてお尻のポケットに突っ込むという荒っぽい手口だった。そのため犯人が捕まって絵が戻ってきたが、絵は大きなダメージを受けていた。最大の問題は、絵柄の一部がなくなっていたことである。この絵の修復に関しては損傷した場所をそのままにしておくという方法も検討されたが、結局、修復家の手により元の絵柄に戻すことになった。

青衣の女
この絵は、小型の絵にも関わらず無限の広がりを感じさせる作品である。好みもあるが、≪真珠の首飾り≫とともに最高傑作の呼び声が高い。
構図は≪窓辺で手紙を読む女≫(ココ参照)によく似ているが、最大の特徴はこの絵に窓がないことである。また、
≪窓辺で手紙を読む女≫で見られたカーテンもない。

窓やカーテンといったリアルな世界の尺度を感じさせるものを排除することで、フェルメールは、絵の中に別の世界を作り出した。

この絵の女性のシルエットが理由で、彼女が妊娠していると見る学者も多い、一方、これは当時流行っていた綿入れふうのスカートをはいているだけだと推測する学者もいる。

この絵の大きな特徴は色調だ。この絵には青のグラデーションがちらばめられている。椅子の背もたれやシート、テーブルの上の布、そして手前にかかっている布も青のバリエーションであり、さらに壁に反射する光にも青の片鱗がある。左手の椅子が壁に落としている影にもフルーがある。この椅子の影、よく見ると二重になっている。左側から入ってくる外部の光の他にもう一つ光源があるのではないか。すべてに青が介在することによって、絵全体は均質になるが、同時にリアリティが失われる。