「アラビアのロレンス」(改訂版) 中野好夫著
沙漠の叙事詩 2
アカバ急襲の直前、サイクス=ピコ秘密協定の存在がロレンスの耳に入った。この暴露の発端はロシア革命であった。革命政府は旧帝政政府の公文書を捜査し、この背信的密約を入手した。この内容を察知したトルコ政府は、アラブ叛乱軍の後方撹乱のためにこれを利用した。
当然の結果としてアラブ人はロレンスに詰問した。アラブ人たちは、イギリス政府の約束を保証する事を求めた。彼はひとたび戦争が終わればアラブ人たちへの約束など死文字と化すことは容易に想像できたが、中東戦局の勝利にはアラブ人が欠かせないため、イギリスはその約束を必ず実行すると保証した。
彼は、誓った。列国も適切な対応をせざるをえなくするため、アラブ叛乱を中東戦局の一翼ならしる事を。
六月十九日アカバを目指す進軍が始まった。連日六時間行動しては、一、二時間の休憩を取ることを日夜を通して続けた。そしていよいよアカバを急襲した。
ついに七月六日、ウェッジ出発以来実に五十七日にして待望のアカバ入市は成就せられたのであった。アカバ攻略のもっとも重大な意義は、
沙漠の叙事詩 2
アカバ急襲の直前、サイクス=ピコ秘密協定の存在がロレンスの耳に入った。この暴露の発端はロシア革命であった。革命政府は旧帝政政府の公文書を捜査し、この背信的密約を入手した。この内容を察知したトルコ政府は、アラブ叛乱軍の後方撹乱のためにこれを利用した。
当然の結果としてアラブ人はロレンスに詰問した。アラブ人たちは、イギリス政府の約束を保証する事を求めた。彼はひとたび戦争が終わればアラブ人たちへの約束など死文字と化すことは容易に想像できたが、中東戦局の勝利にはアラブ人が欠かせないため、イギリスはその約束を必ず実行すると保証した。
彼は、誓った。列国も適切な対応をせざるをえなくするため、アラブ叛乱を中東戦局の一翼ならしる事を。
だが、それにしても、彼の良心はその負債(おいめ)を払ったことにはならなかった。「欺瞞という事実は依然として別の問題だった」からである。
六月十九日アカバを目指す進軍が始まった。連日六時間行動しては、一、二時間の休憩を取ることを日夜を通して続けた。そしていよいよアカバを急襲した。
闘士アウダを先頭とする五十騎のらくだ隊は、高地を下りなだれを打って殺到した。戦闘は数分にして決定した。
ついに七月六日、ウェッジ出発以来実に五十七日にして待望のアカバ入市は成就せられたのであった。アカバ攻略のもっとも重大な意義は、
この最初は渺たる一地方土民の蜂起にすぎなかったアラブ叛乱が、いまやある意味では中東戦局を左右しかねないフランケンシュタインの怪物に成長しかけたことである。