今度、どこ登ろうかな?

山と山登りについての独り言

・富士見山、御殿山

2013年11月23日 | 山登りの記録 2013
平成25年11月16日(土) 
  富士見山1,639.5m、御殿山1,669.9m

 10月は台風で足止め、11月になったら今度は早い寒波襲来で北の方の山々は雪に埋まってしまった。予定の山をこなせず、早くも冬モードの山にシフトするしかない。昨年11月下旬に櫛形山をはじめ幾つかの山を登った続きで、山梨の西側の山を登ろうと計画した。七面山から見た富士見山は印象に残っていたので、これはまず登ることにして、その他は富士周辺の山でどこにしようかと考えた。随分昔に登った毛無山に続く雨ヶ岳と竜ヶ岳はまだ登っていない。2日目はあまり行程の長い山だと、帰りの事もある…なので、短時間に登れてしまう雨ヶ岳と竜ヶ岳ならゆっくりでも昼過ぎ早くには降りられるから、1日目は富士見山・御殿山、2日目は雨ヶ岳・竜ヶ岳と決めて、金曜の夕方仕事を終えてそのまま山梨に向かった。

 佐久回りで山梨に向かう。週末だからか?いつになく県内でひどく渋滞した影響で、佐久で8時を過ぎ、清里から韮崎に出たらもう10時を回ってしまった。深夜営業のスーパーで不足分の食料を調達し、R52を南アルプス市経由で身延町に入る。身延役場手前で右折して、県営青少年自然の里という施設を目安に富士見山登山口に向かう。富士見山には500m程しか離れていないが、平須口と堂平口という2つの登山口がある。この山の東側を鉢巻するように富士見山林道が山の中腹を水平に走っており、平須口は青少年自然の里からそのまま上って林道にぶつかる水道施設がある地点、堂平口はそこから林道を500mばかり北に進んだ堂平集落の外れで、どちらも直ぐ前にはバス停があった。

 平須口には駐車場が無い(バスの回転場所の広場があって駐車禁止とあるが、ここは以前駐車場であったところ)。堂平口はバス停の脇に2台程車が停められるスペースがあった。今回平須口から登ることにしていたので、駐車禁止の広場の脇、バスの回転には支障が無い所に停めさせていただいた。既に時刻は0時半になっていた。回転広場?には、林道が跨ぐ沢の堰堤工事をしているのに使っている大きなパワーショベルが1台止めてあった。駐車禁止の看板には100m先の駐車場に停めるようにと書かれているが、その100m先の駐車場がどこなのか?しばらく周辺を探したが見つからなかった(よそから来た人には分からない不備な説明の様でした)。月明かりで明るい晩だ。冷え込みはそれ程でもなく、冬用のシュラフで快適。やや寝る時間は少なくなったが、7時に出発する予定でシュラフに潜った。

 明るくなって6時半頃シュラフから出た。パンを食べて支度をし、予定どおり7時2分に出発する。それ程寒くは無いが、一応出発の時はパーカーをはおった(直ぐに暑くなって脱いだ)。車を停めた直ぐ上に「平須」のバス停と簡易水道施設があって、道の向かいが登山口で階段が上っている。山梨の100名山富士見山登山口と書かれた大きな標識や幾つかの看板類がある賑やかな登山口だった。階段を上ると直ぐに杉林の中ふかふかの道をしばらく登る。ここの杉林やその上の檜林は良く手入れされ、間伐された細木や枝打ちされた枝が林内に散乱している。登り始めからいわゆる号目標識じゃないけれど、現在地の標高を書いた看板が50m登るごとに立っていた。余りの多さにわずらわしさを感じるが、これは富士見山が地元の学校登山の対象になっていることがそうさせている様だ。展望台と呼ばれている石祠と鳥居のある山頂手前のピーク(地元ではこの展望台峰を元々山頂としていた様だ)には学校登山の奉納絵馬など、それにまつわるものが沢山見られた。

 登り始めて尾根上になると、休憩所の様なトタン造りの壊れかけた小屋が2ヶ所に建っていた。下の方では鉄砲を撃つ音がパンパンと聞こえている。昨日から猟期に入り、今日が初めての土曜だ。間違って撃たれちゃかなわない。その対象になる相手のシカの方はというと、上の方から盛んに悲しげな鹿の遠音(とおね)が聞こえているが、しばらくは彼らの受難の時期だろう。

 杉から檜になり、ブナやナラの巨木が散在する広葉樹林になる。紅葉は盛りを過ぎて葉が落ちているものが半分くらい、山頂稜線付近はすっかり葉の落ちた初冬の山の雰囲気だ。稜線に出るまで展望があるところもあまり無く、ジグザグの急登を只ひたすら登っていく。9時42分にようやく山頂稜線の分岐に出た。登ってきた東側は自然林だが、反対側や稜線は昨年登った源氏山や丸山と同じで植林された落葉松林だった。落葉松のスリットを通して西に並んだ南アルプスの銀嶺が光っている。正面が荒川岳でその南に赤石岳が見え、白峰三山は北に遠く見えている。分岐から一山上り下りして、9時50分に石祠と鳥居や色々なものがあって賑やかな展望台峰に着いた。東には木々が切れ正面に大きく富士山も見えるが、残念ながらこの時間では逆光だった。富士見山とはいうものの、山頂周辺で富士が見えるのは唯一ここだけ、一帯は樹林の山で基本的に展望の良い所はほとんど無い。展望台と名がついているここも、東と西に少しばかり木々の切れ間から眺めがある程度だ。ここは、時期にはダイヤモンド富士が見られる位置だった。近頃この『ダイヤモンド富士』というのが流行っているらしい。何事にも流行があるが、誰がそんな名前を思いついたのだろうか?皆既日食(又は金環食)のダイヤモンドリング当たりからの発想・ネーミングなのだろうが、これを写真に撮ろうとする人々で、富士見山林道の撮影ポイントなどは大変賑やかになるらしい(流行らせると踊る、主体性の無い人々…)。

 展望台峰からちょっとした岩場を降りて、2つばかりコブを上り下りして登りついた眺めの無い落葉松のピークが三角点のある富士見山山頂だった。10時15分に到着した。地元で富士見山山頂としていたらしい手前の石祠のあるピーク(展望台峰)が、何時の間にか二等三角点がある先のピークに山頂の座を奪われてしまった様だ。三角点をありがたがって、三角点がある方が山頂だとする他所からの登山者が山頂を勝手に移してしまったと言えなくも無い。「でもなあ、昔っからこっちが山頂なんだけどな…」なんて地元の人の声が聞こえてきそうだ。地元の学校登山では展望台峰を今でも山頂として最終目的地としている様だったし、例のお団子串の様な山梨の山独特の山頂標識は展望台峰に立っていた。下って里から見上げた富士見山は、展望台峰がつんと突き立ち、最も高く山頂にふさわしい姿で見える。

 三角点峰(山頂)でしばし憩う。ここに三角点はあるものの、落葉松の植林内の平坦地という感じで展望台の様な山頂らしい雰囲気は全く無い。みかんを食べて喉を潤してからピザパンを食べた。標高の割りには山頂まで結構時間が掛かった山だった。木々越しに一列に並んだ南アルプスの銀嶺が見えているが、こんな状態なので一山一山同定できない。白峰三山は良く分かるが、後ははっきり識別できなかった。

 10時38分に富士見山山頂を下る。展望台峰で再度富士山や南アの写真を撮る。ここからだと荒川岳や赤石岳、布引山と笊ヶ岳などがハッキリ識別できた。周囲を良く見回すと、石祠の後ろには学校登山の時に置いていったものと思われる絵馬が大量にあったり、どこかに掛けてあったのが外れて最早ゴミ状態のブリキ板にペンキで描かれた古い展望絵図や、やはり学校登山を記念して建てられたと思われる小さな石碑等、この山が地元で古くから信仰され、親しまれている山であることを教えてくれる様々なモノが散見された。

 展望台から平須口分岐まで戻り、次の御殿山を目指してそのまま稜線を進む。落葉松林越しにやや遠くに見えている台形の山が御殿山の様だ。平須口分岐から幾らも行かない所で右に踏跡があるので行ってみると、鳥居が建つ神社があった。念力大国神という面白い名前だ。更に稜線を進み堂平口分岐に着く。ここに下山路とあるのを見ると、一般的には平須口から登って堂平口に降りるのが富士見山の登山コースと設定しているのだろうか?下りはこの道を採ったが、特に下り向きという様な印象は持たなかった。こちらの方が途中眺めの良い所があったくらいなものだ。

 堂平分岐から御殿山へ向かうと、いきなり道が怪しくなる。案内プレート類はそこそこあるものの道と呼べるようなものでは無くなった。幾つかのピークを越えて良く見える稜線を辿るので、天気も良く特に問題は無いがそれなりにRFが必要になる。分岐から二つ目のピークの鞍部付近は平坦で枝尾根に誘い込まれ易い。大ミズナラというプレートが付けられたミズナラの巨木が立っている。御殿山手前のピークで、稜線はやや北に折れるようになる。南アルプスが木々の切れ間から望める所もあるが、相変わらず展望はあまり良くない。落葉松林にナラやブナ等の広葉樹林が入り混じっている。稜線の概ね東側は広葉樹、西側は落葉松主体だ。振り返ると幾つものコブを並べたような富士見山の稜線が遠くなって見えた。

 同じ様なコブを幾つか越えた後、12時23分に御殿山山頂に着く。木々に囲まれ眺めの無い小平地で、落ち葉の中に埋もれて頭を少し出した三等三角点がぽつんとあった。ここまでの間に幾つもあったコースプレートに『三角点』と書かれているだけで、他には何も無かった。地味で静かな山頂。朝から誰にも会わないが、これから人がやって来るということも無さそうだ。ヒトケの無い居心地の良い山頂だった。倒木に腰掛け、ここまで食べずに持ってきた大きな王林リンゴに噛り付く。甘酸っぱい果汁が口中に広がり、言いようの無い満足感に浸された。続いてハムと卵のパンを食べ、何の音も聞こえてこない静寂境を満喫する。今日はしばらく続いた寒波も収まり、いわゆる小春日和だ。風も無く陽射しを浴びていると、ぽかぽかとして暖かい。そんな調子だから、登りでは結構汗をかいたりした。しかし、この時期ともなれば日は短く、午後になるともう早くも夕方の様な雰囲気も漂う。

 12時53分に重い腰を上げ往路を引き返す。堂平口分岐まで、さすがに来た道なのでもう不明瞭な道に躊躇することなく1時45分に戻ってきた。休日であるのに、相変わらず人には会わない。この稜線下でずっと続いていた鉄砲の音もしなくなった。分岐でちょっと休み、1時56分に下り始める。こちらの道の方がどちらかといえば歩き易い。平須登山道にあったようなクサリ場(特に無くても問題はないが…)も無かった。ジグザグに急な斜面を下りきると堂平集落に繋がる尾根に移って降りる、尾根に繋がる大きなトラバース道でたまたま?風か大雨かで道脇の木々がそっくり反対側に倒れているところがあり、思いも寄らなく展望が開けた。甲府盆地が奥に広がり、それを囲む山々が眺められた。明日登る予定の雨ヶ岳と竜ヶ岳も、高く黒々と見える毛無山に続いて見えていた。こうしてみても、甲府盆地に町が集中している様子が良く分かった。尾根に移るところで道の直ぐ下に黒いモノが動いたので、一瞬クマか?と思って良く見たら、じいっと身じろぎもせずにこちらを伺っているカモシカだった。このカモシカは随分毛の色が黒かった

 太い尾根を下ってくと、ブナの巨木が目に付く。中でも真っ直ぐに立った見事な巨木は名前をつけても良いようなもので、これ程のブナは記憶に無い。荘厳な雰囲気すらあって、しばらくその根元で20m近くある樹幹を見上げてしまった。樹勢も盛んでどのくらいの年月ここに立っているのだろう。その下にはツガの巨木もあった。堂平登山口に着く手前に、平須登山道にあった様なトタン造りの休憩小屋があったが、こちらの方がずっと新しく、実際に休憩することが可能な小屋だった。山仕事をする人のお休み場なのだろうか。こちらの道は終始広葉樹林の中を下っていくが、最後は宗教法人の道場?の様な建物の脇に階段で下りて、そこが登山口になっていたのでびっくりした。車道を降りると堂平集落のバス停前に出た。夕方の雰囲気の山上集落の向こうには、すっかり陽が翳って青黒く見えている毛無山塊と、その上に寒そうな色をした富士山が大きかった。林道を10分ほど歩いて朝出発した平須口下の駐車場(今はバスの回転場所に変わっている?)に3時23分に戻った。大きなパワーショベルはもう今日の工事が終わったのか、朝とは違う位置に停められていた。休日なのに、結局一日中山では人に会わない静かな山だった。

 支度を済ませ、山上集落から下に降りる。この周辺は、こんなに急な山の斜面に古い民家が多くひしめき合っている特徴的な山上集落だった。空き家も有る様だが、新しく家を建てて住んでいるらしい若い人の姿も見受けられた。集落を降りると、映画のロケに使えそうな2階建て木造校舎の小学校が広い校庭の向こうに建っている。ここは既に廃校の様だったが、保存をしていくものなのかそれなりに補修している様子できれいな建物だった。

 山を降りて身延の町を通り下部温泉に向かう。下部温泉に来たのは初めてだ。温泉地として昔から名が知られているが、下部温泉駅周辺に旅館が幾つか見られる程度で、意外にこぢんまりした温泉地だった。下部温泉会館という温泉街奥の日帰り温泉施設で入浴した。小さな内湯だけなので、時間帯からか入浴客も多く、狭い湯船は人で一杯だ。それにしても、みんないつまでも湯から出ないでお湯に浸かっているのは、湯がぬるくて容易に身体が温まらないせいだった。その上、湯に浸かっていると塩素臭もしている。有名な温泉地の中にある日帰り温泉だけに、期待を裏切り非常に残念だった。随分長く湯に浸かっていたのに、湯から出ても芯まで温まらず寒かった。入浴後は身延の町で食事をし、次の日に登る雨ヶ岳・竜ヶ岳の登山口である本栖湖から富士宮に抜ける割石峠へ向かった。

※後からネットの記録で確認したところ、御殿山の山頂は三角点から更に200m先にあったということが分かった。なので真の山頂は踏んでいない様だ。そこには石祠やベンチがあるということ…平坦な山頂部の北外れが山頂だった らしい。

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