Cosmos Factory

伊那谷の境界域から見えること、思ったことを遺します

地蔵盆

2005-08-19 08:17:10 | 民俗学
 まもなく地蔵盆である。福井県小浜市の地蔵盆を何度か訪れたのは、昭和60年代であった。小浜市西津は中央に国道162号が走り、両側に古い街並みが続く漁港である。毎年8月23日と24日に地蔵盆が行われる。町内にある祠から取り出された地蔵を子どもたちが海辺で洗い、絵の具で彩色し、組み立てられた地蔵堂へ祀るもので、地蔵堂はこのときのために建てられる。どこでも地蔵堂に祀られるのではなく、町によっては当番の家の表の間を利用したり、公会堂へ祀るところもある。
 堂の表には赤、黄、緑などの色紙を長く張り合わせて「南無地蔵大菩薩」と書かれた幟旗が笹竹に下げられ、「南無地蔵尊」と書かれた提灯が吊り下げられる。賽銭箱がおかれ、奥の祭壇には、普段路傍に立つ地蔵尊が移される。
 23日朝、子どもたちが鉦と太鼓をたたき「起きろ、起きろ」と囃し、町内をまわることで、地蔵盆が始まる。子どもたちの親方を大将といい、中学2年が務めるという。町内では、あちこちで飾り立てた堂や宿が見られ、子どもたちのたたく鉦や太鼓の音が聞こえる。堂の前を通ると、
「マイテンノー マイテンノー マイラニャ トウサンゾー」
と囃し、賽銭を要求するのである。賽銭をあげると「アリガトー アリガトー」と囃したててくれる。
 小浜の地蔵盆の特徴は、この通せんぼを出張して行うことである。地蔵をもって出張するのではなく、石ころに地蔵の絵を描き、それを本尊にして道端で地蔵堂と同じように通せんぼをするのである。菓子の空き箱を賽銭箱に見立て、小遣い稼ぎをするのである。こうした出張をするのをねらって、それこそカメラマンが賽銭で釣って、思い思いの場所へ連れ出し、写真を撮る集団があったりする。ついでに写真を、と思うと、カメラマンたちに「おまえは賽銭を払ってないだろー」と撮ることを邪魔される。世の中金だよ、という世界を、子どもたちに見せ付けているようで、先の「カメラマンの不幸」ではないが、気分はよくない。
 さて、かつては地蔵堂に子どもたちが泊まっておこもりをしたという。そして先にものべたように朝方「起きろ、起きろ」と行事の始まりをふれて歩く。長野県下水内郡栄村箕作で行われる道祖神祭りでも、宿でおこもりをし、1月14日の未明に「起きろ、起きろ」とふれて歩く。通せんぼはかつて松本の三九郎(正月の松焼き行事)でも行われたといい、道祖神行事に共通するものが多い。
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