澎湖島のニガウリ日誌

Nigauri Diary in Penghoo Islands 澎湖島のニガウリを育て、その成長過程を記録します。

「日航123便 墜落の新事実」(青山透子著)

2018年05月06日 13時28分05秒 | 

日航123便 墜落の新事実~目撃証言から深層に迫る」(青山透子著 河出書房新社 2017年)を読む。



 33年前(1985年)に起きたこの航空事故の原因について、今なお疑問が投げかけられていることを、この本を読むまで私は知らなかった。当時は、修理不備により圧力隔壁が壊れたことに起因する事故としてしか報道されなかったからだ。その後、週刊誌などでは、いろいろな「噂」が流布されたと思うが、それを鵜呑みにするほどヒマではなかった。ところが、本書の著者である青山透子氏は、事故当時、日航客室乗務員であり、123便の亡くなった機長、乗務員、生還した乗務員とも面識、交流があった。いわば、「内部」の人であった著者が、32年を経た昨年夏、本書を著したという事実は、軽々に看過できないと思われた。

 読後の印象を言えば、事故の「核心」を衝く著作ではない、ということ。つまり、周辺事実を重ね合わせて、在日米軍と日本政府による、ある種の「謀略」「隠蔽」を匂わせる結論になっているものの、いまひとつ説得力に欠ける。

 だが、興味深く、驚くべき記述がいくつも示されている。

 
「人間は、世間の常識とは別の不可思議なことや思いもかけないことを知った時、二とおりの反応があることを学んだ。…一つは、多くの疑問を追究しようとする精神を持つ人間で、研究者的な視点で情報収集や分析に取り組むタイプだ。しかしながら一般的に見ると、公の発表とは異なることを言う偏屈な人、荒唐無稽な話をする人、とレッテルを貼られやすくなる。…もう一つは、事実を聞いた瞬間に、自分は関係ないと知らないふりをする人間で、その振る舞いは実に滑稽だ。例えば、ある新聞記者に知り得た事実を話したところ、自分だけの胸に収めておくからと言い、”明日からは電車の乗り降りに気を付けた方がよい、ホームは端っこを歩かないで”と逆に脅されるようになった。さらに別の記者は調査報道が日本は遅れているので米国並みにしなければならない、と熱く語っていた割には、事実を知るとメールも無視され”原発事故で忙しいから無理”という返事がやっと送られてきた。…別のテレビプロデューサーは”誰も後部圧力隔壁が事故原因だなんて、いまさら信じている人はいない。ただし、決定的証拠がなければテレビ局全員の首が飛ぶ。日米戦争になるという人もいる。戦争になってもいいのですか?”と、いきなり戦争の話が出てきたりした。」(
p.74)

 著者が暗示するように、日航機墜落事故の原因は米軍機のミサイル誤射であったかも知れない。だが、上記のエピソードからも自明のように、日本のマスメディアがその事実を報道することなどあり得ない。横田基地に鎮座する在日米軍は、神聖不可侵のタブーなのだから。
 福島原発事故当時、枝野官房長官は「現時点では、何の問題もない」としらじらしいウソをつきとおしたが、これに真っ向から対決するマスメディアは皆無だった。そのことを思い出すだけで十分だろう。

 タブーを見て見ぬふりをする国民性、「真実」を追究する気などサラサラないマスメディア。これでは、日航123便の墜落原因は、未来永劫分からないだろうな、と感じた。
 
 

 


 



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