宿業論に違和感を家人が感じる。
医師は家人に「奥さん大変でしたね」と慰めの言葉をかけた。
医師は妻が身勝手な夫に振り回せれ、精神的にも打撃を受けていることを察したのであろう。
「こんな患者は居ませんね」と医師は呆れていた。
「心配して探したのですよ。何度も携帯電話に連絡したり、自宅にも電話をしました」と看護師が言う。
「すいませんでした」と家人は看護師にわびた。
勝手に血液検査を受けずに黙って病院から断らずに帰ってしまったのである。
「気分が悪くなったら、一言声をかけてくれたら心配しなかったのですがね」と看護師。
こんな夫を持ったのは「あなたの宿業」と言われても家人は何のことだか分からない。
「まるで、私が悪いみたいな言い方された」と家人は憤慨した。
上から目線で、相手は家人を信仰に目覚めさせたようとしたようなのだ。
だが信仰心のない者には通用しない。
「宿業て、何んなの?!」と問う。
「奥さん大変でしたね」の医師の言葉の方が家人の心に届いたようだ。
当人は、手術が2月と聞いた途端に気分が悪くなる。
今日は12月26日、それまで腸が閉塞し破裂したら、確実に死ぬのではないか?!
そう考えただけで目まいがしてきた。
「2月まで身は持つのだろうか?」
腸破裂という爆弾を抱えているような身なのだ。
1月4日の手術を止めて、JAとりで総合医療センターから北柏の慈恵医医大病院に転院した結果であった。
あくまで、自分で選択したのである。
「1月は手術の日程がいっぱいでむりですね」
看護師の突き放すような言葉に気分が悪くなり、「どうしよう」と居ても立ってもいられない気分となる。
もう今更、JAとりで総合医療センターには戻れない、こうなったら柏のかん病院しかないか・・・
取手東病院に行って頭を下げて、紹介状を書いてもらおうか?
などと考えながら北柏駅から取手駅へ戻ってきた。
そして、酒を飲みながら、思案する。
「これが自ら招いた宿業か」などと想いながらレバーを3本食べる。
夏ごろから54㌔の体重は49㌔に減っていた。
下血で血液不足も心配。
輸血も必要なのだろう。
JAとりで総合医療センターで処方された増血薬も無くなり、街の薬局で買う。
これが約3800円。
病院なら自己負担は330円ほど。
10分の1以下。
1割負担の健康保険の恩恵である。
11月から3つの病院を体験する。
病院新聞社時代、あるいは日本薬業新聞時代は、病院薬局を担当し、多くの医療機関へ行く。
さらに病院経営研究所の機関誌のアルバイト取材を川田所長が生きている間、任されていた。
日本歯科新聞社に所属してからも3年間続けた。
取材費はなく、お酒など10日に1回ほどご馳走になっていた。
病院の事務長たちの交流の場であり、色々な病院に皆で見学に行く。
当時の看護婦の引き抜きなどの相談も受けた。
若い頃に取材に行っていた医療機関へ患者となってお世話になるとは、これも長い人生のこと避けられないことなのだ。
医師は家人に「奥さん大変でしたね」と慰めの言葉をかけた。
医師は妻が身勝手な夫に振り回せれ、精神的にも打撃を受けていることを察したのであろう。
「こんな患者は居ませんね」と医師は呆れていた。
「心配して探したのですよ。何度も携帯電話に連絡したり、自宅にも電話をしました」と看護師が言う。
「すいませんでした」と家人は看護師にわびた。
勝手に血液検査を受けずに黙って病院から断らずに帰ってしまったのである。
「気分が悪くなったら、一言声をかけてくれたら心配しなかったのですがね」と看護師。
こんな夫を持ったのは「あなたの宿業」と言われても家人は何のことだか分からない。
「まるで、私が悪いみたいな言い方された」と家人は憤慨した。
上から目線で、相手は家人を信仰に目覚めさせたようとしたようなのだ。
だが信仰心のない者には通用しない。
「宿業て、何んなの?!」と問う。
「奥さん大変でしたね」の医師の言葉の方が家人の心に届いたようだ。
当人は、手術が2月と聞いた途端に気分が悪くなる。
今日は12月26日、それまで腸が閉塞し破裂したら、確実に死ぬのではないか?!
そう考えただけで目まいがしてきた。
「2月まで身は持つのだろうか?」
腸破裂という爆弾を抱えているような身なのだ。
1月4日の手術を止めて、JAとりで総合医療センターから北柏の慈恵医医大病院に転院した結果であった。
あくまで、自分で選択したのである。
「1月は手術の日程がいっぱいでむりですね」
看護師の突き放すような言葉に気分が悪くなり、「どうしよう」と居ても立ってもいられない気分となる。
もう今更、JAとりで総合医療センターには戻れない、こうなったら柏のかん病院しかないか・・・
取手東病院に行って頭を下げて、紹介状を書いてもらおうか?
などと考えながら北柏駅から取手駅へ戻ってきた。
そして、酒を飲みながら、思案する。
「これが自ら招いた宿業か」などと想いながらレバーを3本食べる。
夏ごろから54㌔の体重は49㌔に減っていた。
下血で血液不足も心配。
輸血も必要なのだろう。
JAとりで総合医療センターで処方された増血薬も無くなり、街の薬局で買う。
これが約3800円。
病院なら自己負担は330円ほど。
10分の1以下。
1割負担の健康保険の恩恵である。
11月から3つの病院を体験する。
病院新聞社時代、あるいは日本薬業新聞時代は、病院薬局を担当し、多くの医療機関へ行く。
さらに病院経営研究所の機関誌のアルバイト取材を川田所長が生きている間、任されていた。
日本歯科新聞社に所属してからも3年間続けた。
取材費はなく、お酒など10日に1回ほどご馳走になっていた。
病院の事務長たちの交流の場であり、色々な病院に皆で見学に行く。
当時の看護婦の引き抜きなどの相談も受けた。
若い頃に取材に行っていた医療機関へ患者となってお世話になるとは、これも長い人生のこと避けられないことなのだ。
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