<AI Update> 日本の「AI法」案の概要と実務上のポイント(速報)
NO&T Technology Law Update テクノロジー法ニュースレター
- 著者等
- 殿村桂司、小松諒(共著)
- 出版社
- 長島・大野・常松法律事務所
- 書籍名・掲載誌
- NO&T Technology Law Update ~テクノロジー法ニュースレター~ No.59(2025年3月)
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1. はじめに
2025年2月28日、政府において、「人工知能関連技術の研究開発及び活用の推進に関する法律」の法律案(以下「AI法案」といいます。)が閣議決定され、国会に提出されました※1。AI法案は、成立すれば日本において初めてのAI制度に関する法律となるものであり、近時のAIを取り巻く状況において非常に重要な位置づけを持つこととなるため国内外から注目を集めています。
AIの研究開発・活用の促進とそれに伴うリスクへの対応を達成するためのAI制度の在り方については、各国において異なるアプローチが検討されています。欧州においては、2024年5月にAI法(Artificial Intelligence Act)※2が成立し、いわゆるハードローアプローチが採られている一方、日本においては、2024年4月に総務省・経産省から「AI事業者ガイドライン」が公表されるなど、いわゆるソフトローアプローチが採られてきましたが、同ガイドライン公表後も、法整備の要否を含めたAI制度の在り方についての議論は継続されてきました。2024年8月からは、内閣府の下に設置された「AI制度研究会」※3において、多数の研究者、事業者等からのヒアリングを含む議論が行われ、2025年2月4日に、その結果をまとめた「中間とりまとめ」(以下「中間とりまとめ」といいます。)が公表されました※4。中間とりまとめにおいて、政府によるAIを対象とする指針の整備やAIに関する実態の調査・把握を、事業者の活動にもたらす影響等を考慮しつつ、法制度により実施すべきとの提言がなされていたところ、AI法案は、かかる提言を受けて策定された法律案であり、今国会での成立が目指されています。
政府は、AI法案を中心に「世界のモデルとなる制度」を構築し、日本が「最もAIを開発・活用しやすい国」となることを目指しています。本ニュースレターでは、AI法案の概要(下記2.)と実務上のポイント(下記3.)について紹介いたします。
2. AI法案の概要
AI法案の概要は、国会に提出された概要資料において以下のようにまとめられています。
AI法案の概要
(内閣府資料※5より抜粋)
AI法案は、AIの研究開発・活用に関する基本理念や政府におけるAIに関する基本計画の策定、国による基本的施策の実施とそのための人工知能戦略本部(以下「AI戦略本部」といいます。)の設置等を定める内容を中心としており、その多くの条項が国や政府を対象とする基本法的な性質のものとなっています。民間事業者の義務を定める条項は、第7条における活用事業者の責務に限られており、その意味では、AIの提供者や利用者に対して様々な義務・遵守事項を課す欧州AI法とは異なるアプローチのものといえます。
AI法案は、4つの章から構成される全28条からなる法律です。以下、章ごとの概要について紹介します。
(1) 第1章:総則(第1条~第10条)
第1章「総則」には、目的(第1条)、定義(第2条)、基本理念(第3条)、国の責務(第4条)、地方公共団体の責務(第5条)、研究開発機関の責務等(第6条)、活用事業者の責務(第7条)、国民の責務(第8条)、連携の強化(第9条)、法制上の措置等(第10条)が定められています。
目的では、人工知能関連技術(以下「AI関連技術」といいます。)の研究開発・活用の推進に関する施策について、基本理念と基本計画等を定めるとともに、AI戦略本部を設置し、AI関連技術の研究開発・活用推進施策の総合的かつ計画的な推進を図り、国民生活の向上と国民経済の健全な発展に寄与することがAI法案の目的として挙げられています。
基本理念は、上記の概要に示された項目が挙げられているところ、透明性確保の背景として、AI関連技術の研究開発・活用が、「犯罪への利用、個人情報の漏えい、著作権の侵害その他国民生活の平穏及び国民の権利利益が害される事態を助長するおそれがある」と指摘されている点が注目されます。
国・地方公共団体や大学等の研究開発機関の責務として、総合的かつ計画的な施策の策定とその実施(国・地方公共団体)や、研究開発成果の普及、人材育成、国・地方公共団体の施策への協力等(研究開発機関)が規定されています。これらに加え、民間事業者であるAI関連技術を活用した製品・サービスの開発又は提供をしようとする者その他のAI関連技術を事業活動において活用しようとする者(以下「活用事業者」といいます。)と国民の責務も規定されています。
下記3.において、AI法案の対象であるAI関連技術の定義(第2条)と、民間事業者が名宛人となっている活用事業者の責務(第7条)について、より詳しく紹介します。
(2) 第2章:基本的施策(第11条~第17条)
第2章「基本的施策」には、研究開発の推進等(第11条)、施設及び設備等の整備及び共用の促進(第12条)、適正性の確保(第13条)、人材の確保等(第14条)、教育の振興等(第15条)、調査研究等(第16条)、国際協力(第17条)が定められています。
AI法案の中心的な内容の1つである国によるAIに関する実態の調査・把握に関し、第16条において、国の調査研究等及びその結果に基づく指導・助言等の措置の権限が定められています。また、第13条において、適正性の確保の観点から、国際的な規範に即した指針の整備等が定められています。このほか、第12条の「施設及び設備等の整備及び共用の促進」では、データセンターやデータセット等を研究開発機関や活用事業者が広く利用できるよう、整備・共有促進のために必要な措置を講じるとしている点も注目されます。
民間事業者にも影響のある調査研究等(第16条)と、国際的な規範に即した指針の整備等(第13条)については、下記3.においてより詳しく紹介します。
(3) 第3章:AI基本計画(第18条)
第3章では、人工知能基本計画(以下「AI基本計画」といいます。)について規定されています。政府は、基本理念に則り基本的施策を踏まえてAI基本計画を定めること、AI基本計画には、AI関連技術の研究開発・活用の推進に関する施策についての基本的な方針及び政府が総合的かつ計画的に講ずべき施策等が定められることとされています。
(4) 第4章:AI戦略本部(第19条~第28条)
第4章では、AI戦略本部の設置、所掌事務、組織・構成について規定されています。AI戦略本部は、内閣に設置され、AI基本計画案の作成・実施等を所管するもので、内閣総理大臣を本部長、内閣官房長官及びAI戦略担当大臣を副本部長として、その他の国務大臣を構成員として組織されるものとされています。AIの研究開発・活用に関しては省庁横断的な問題が発生することも多いため、全ての国務大臣が構成員となっていることは、より総合的・実効的な施策を講じていくためには重要であると考えられます。
(5) 附則
附則においては、施行期日(第1条)や検討(第2条)等が規定されています。AI法案の施行は、公布日からの施行が想定されており、AI基本計画とAI戦略本部に関しては公布日から3ヵ月以内の施行とされています。また、国際動向や社会経済情勢の変化を勘案しつつ、AI法案の施行状況について検討を加え、必要があると認めるときは所要の措置を講じる旨が規定されています。
3. AI法案の実務上のポイント
上述のとおりAI法案の多くの条項は国・政府を名宛人とするものであり、以下(2)で紹介する活用事業者の責務を除いて、民間事業者に対して直接の義務を創設するものではなく、また、かかる責務の違反に対する罰則の規定はありません。以上を前提に、以下では特に民間事業者において留意すべき実務上のポイントを紹介します。
(1) 「AI関連技術」の定義
まず、AI法案が対象とするAI関連技術の範囲を確認しておきたいと思います。AI関連技術は、第2条において以下のように定義されています。
(定義)
第二条 この法律において、「人工知能関連技術」とは、人工的な方法により人間の認知、推論及び判断に係る知的な能力を代替する機能を実現するために必要な技術並びに入力された情報を当該技術を利用して処理し、その結果を出力する機能を実現するための情報処理システムに関する技術をいう。
すなわち、AI関連技術には、①「人工的な方法により人間の認知、推論及び判断に係る知的な能力を代替する機能を実現するために必要な技術」と、②「入力された情報を当該技術を利用して処理し、その結果を出力する機能を実現するための情報処理システムに関する技術」の2つが含まれます。①又は②のいずれかに該当すればAI関連技術に該当することとなりますが、諸外国の例に比べるとやや広い規定となっているように思われます。
例えば、欧州AI法では、「AI」又は「AI技術」そのものの定義はありませんが、「AIシステム」について以下のとおり定義されています。
Article 3 Definitions
- ‘AI system’ means a machine-based system that is designed to operate with varying levels of autonomy and that may exhibit adaptiveness after deployment, and that, for explicit or implicit objectives, infers, from the input it receives, how to generate outputs such as predictions, content, recommendations, or decisions that can influence physical or virtual environments;
- 「AIシステム」とは、様々なレベルの自律性で動作するように設計され、導入後に順応性を示す可能性のある、機械ベースのシステムであって、明示的又は暗黙的な目的のために、物理的又は仮想的な環境に影響を与え得る予測、コンテンツ、推奨又は決定等のアウトプットを生成する方法を、受け取ったインプットから推論するものをいう。
(和訳は欧州連合日本政府代表部「EU AI規則の概要」※6より抜粋)
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