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創作欄  「屈辱」

2018年08月13日 09時31分44秒 | 創作欄
2012年10 月30日 (火曜日)
 
「存在することに意義がある」
奈々瀬幸雄は、その言葉を拠り所に今日まで生きてきた。
左の目の視力を失い片目となった時は忌々しい思いに苛まれた。
慣れない間は駅のホームの柱に頭をぶつかったこともあった。
毎日のように人ともぶつかった。
それで、苛立ちをぶつけ人と喧嘩にもなった。
肩が触れたという些細なことに過ぎなかったが、傷害事件にも発展した。
その日は、大事な営業の話で取引先へ急いでいた。
東京・丸の内の新築ビルの窓枠の製作を請け負う交渉であった。
相見積り(提案書と見積書の提出)を依頼されたのだ。
だが、殴った相手は何時ものように反撃してこなかった。
「あれ、どうしたんだ?!」幸雄は改めて右目を相手の眼前に据えた。
「傷害罪、現行犯逮捕する」その体格のいい男は毅然とした声を発した。
信じ難かったが、殴った相手は唇の脇に少し傷ができた私服警官だった。
警察署に連行される間に幸雄は、「これで仕事を失うな。何て運が悪いんだ」と歯ぎしりをしていた。
「オイ、お前、何時までも黙っていて、済むと思うなよ」
2人の若い警官に尋問された。
20代の後半と想われる1人の警官は、定期券を取り上げ中を調べていた。
「この女は、誰だ!」
定期券から愛人の優子の写真が出され、幸雄の鼻の先に突き付けられた。
幸雄は黙って冷笑を浮かべた。
「ウン、女(愛人)か」警官は冷笑を浮かべた。
それは屈辱であった。
もう1人の30代前半と想われる警官は、バックの中を探っていた。
「オイ、お前は47歳だな。分別もあるだろう。理由もなく人を殴るんじゃないよ」
「悪かったです」
幸雄は苦笑した。
「人を殴っておいて、薄ら笑いか。オイ、ふざけるな!」
バックを探っていた警官が怒声を発した。
「前科はあるのか?」若い警官は幸雄の顔色の変化を探るように聞きながら睨み据えた。
「ありません」
「オイ、嘘をついても、分かるんだからな」
バックの中身を全部机の上に出しながら、警官は鋭く言い放った。
前の会社でリストラされた幸雄は、今の企業に勤めてまだ1年余であった。
前職では部長で年収は約800万円あったが、今はその半分以下となっていた。
「こんな若造の警官になめられる身か。口も利きたくない。情けない」
一刻も早く解放されたいと思ったが、甘くはない。
調書を取られ、指紋も採られ、会写真も撮られ、幸雄は形式のとおりに傷害罪で送検された。




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