『サピエンス全史』の認知革命「虚構を共有する」とは何

2022年11月29日 08時40分30秒 | 社会・文化・政治・経済

『サピエンス全史』と『ホモ・デウス』(2)認知革命

長谷川眞理子
 
総合研究大学院大学長
情報・テキスト
ユヴァル・ノア・ハラリの『サピエンス全史』の第1部では、認知革命についての議論が展開される。
人類は、主観としての認識だけではなく、他人も同じものを認識しているという認識を持つことによって、虚構を共有する能力を身に付けた。
この能力こそが、人類の持つ集団としての力を発揮させることに大きく役立ったのである。(全5回中第2回)
 
時間:08:03
収録日:2019/04/03
追加日:2019/08/02
 
≪全文≫

●虚構を共有できるようになった認知革命とは何か


 まず『サピエンス全史』の認知革命について詳しく考えてみましょう。「虚構を共有する」とは具体的にはどういうことでしょうか。

 例えば、この本で挙げられているのは、プジョーという会社の例です。実体としてここに本があるということとは異なり、プジョーという会社は実体として存在しているわけではありません。どういうことかというと、その会社でさまざまな人が働いていて、株式の売買がなされていますが、株式に関する法律や、法人格を有する法人という存在などは、全て私たちのつくり出した物語、すなわち虚構だということです。

 プジョーが倒産すると、多くの人が解雇されるなどして、さまざまな意味でその存在が無くなります。しかし、会社という存在やプジョーという自動車の名前などは、実体としてそこにあるものではありません。それは、その存在を了解しているという、心の中で持っている信念で、そうした虚構がみんなで共有されているから、会社という組織や国家という組織が存在できているのです。

 こうした考え方は、認知心理学的には「三項関係の理解の共有」といえると思います。それについて説明すると、私、あなた、そして外の世界という3つの存在がある中で、私が世界をどう見ているか、あなたが世界をどう見ているか、私があなたをどう見ているか、という3つの関係があり、私とあなたと世界という3つ(三項)の関係をお互いに理解し合うこと、そしてその理解を互いに共有していることです。その理解が共有されると、言葉を用いて、名前を付けることができます。


●実在しているものから抽象的な概念まで共有することができる人類


 例えば、ここに犬がいて、花があるとします。犬に名前を付けます。花にも名前を付けます。そして、私は犬を見ていて、あなたも犬を見ている。私は花を見ていて、あなたも花を見ているとします。ここに犬と花があるということを、私が知っているということをあなたが知っている、という全体の関係性を、言葉を介してコミュニケーションすることができます。

 その先に、犬や花など実在しているもの以外の何らかの表象についても、言語化して共有することができるようになります。例えば、平和とは何か、勇気とは何か、といった実在するものではない概念を言葉で表すことで、それを私はこう思っていて、あなたはそう思っていると、お互いに了解する。平和や勇気、あるいは貧乏などの抽象的な概念が何を指しているのかということに関して、お互い了解ができて、それらの概念について話すことができるようになるということです。

 実在しない概念や目的、価値などのものを、みんなで共有する中で生まれてくる総体が文化です。そのようにして、(ヒトは)意見を一致させて、協力して何かを成し遂げることもできるのです。そういったことを他の動物はしません。


●赤ちゃん、お母さん、犬の間の三項関係の例


 三項関係の理解に関する説明では、私はワンワン(犬)をよく使います。かわいいワンワンがいると、赤ちゃんはワンワンを見て、それからお母さんの顔を見ます。そこで、お母さんもワンワンを見ていると認識します。その後、お互いに目を見合わせます。赤ちゃんは「ワンワンって言った」とお母さんに伝えます。お母さんは「そうね、ワンワンね」と返します。ここで、お互いに相手の頭の中にワンワンが映っていると思っているわけです。

 お母さんは赤ちゃんの頭の中にワンワンの像があると思っていて、赤ちゃんもお母さんの頭の中にワンワンの像があると思っている。すなわち、そのことをお互いが知っているというのは、赤ちゃんの頭の中にはお母さんの頭の中に関する認識があって、さらにそのお母さんの頭の中にワンワンの像があるという認識もある、という入れ子構造になっているということです。

 赤ちゃんもお母さんも、個別にそのように認識しています。そして、目を見合わせてうなずくことを通じて、相手の頭の中にもワンワンがいることを、お互いに了解するわけです。

 この例では、実在するもの(ワンワン、犬)に対しての認識が同じであることを確認しています。次に、ワンワンは「かわいい」という感覚に移ります。このかわいいという感覚は何なのか。何となくかわいいと思うと、にこにこしたくなります。「かわいいわね」といってお母さんが微笑みかけると、赤ちゃんも「かわいい」と微笑み返します。そうしたやり取りを通じて、かわいいという、そこに実物として存在しない感覚をお互いに了解し合うことができるのです。

 さらに、過去に起こっ...

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