2012年3 月13日 (火曜日)
「私たちの罪ね」
加奈子は肩を激しく震わせて、徹の腕の中で豊かな胸を当てて泣いた。
沼田城址の桜の木立で競うように蝉が鳴いていた。
陽は子持山に隠れようとしており、時折遠雷が聞こえ風は激しく木立を揺らした。
徹は人影を感じていたが、加奈子を強く抱き寄せて加奈子の唇を吸った。
加奈子はポニーテールの頭を振るようにして、徹の口を避けた。
徹は欲情を抑えらないので、激しい息遣いのなかで再び加奈子の頭を両手で押さえて顔を強引に引き寄せた。
「ヤメテ、今日はダメ!」加奈子は激しく身を捩った。
徹は加奈子の女心を理解していなかった。
話は前後するが、尾瀬のハイキングで長蔵小屋に泊った日、徹は加奈子の豊かな胸を弄った。
妹の君江が隣で寝息を立てていた。
加奈子は、しばらく徹の手をそのままにしていたが、「もう、ヤメテ」と強く手を払った。
「おばさんが、死にそうなの。それを考えると私寝られないの」
加奈子は徹に背を向けて、咽び泣いた。
徹は身を起して、「悪かったね」と加奈子の背向かって声をかけた。
人生には、何が起こるかわからないものだ。
尾瀬のハイキングから、2か月が過ぎていた。
沼田の祇園祭は全国各地の祇園祭の例に見られるように、京都の八坂神社祇園祭に端を発している。
沼田祇園祭を「おぎょん」と呼んでいた。
加奈子と君江を誘って徹は、おぎょんへ行く。
加奈子の浴衣姿は豊かな胸を一層際立たせていて、徹は欲情を駆り立てられた。
「おぎょん」と呼ばれた沼田祇園祭は、8月3・4・5日の3日間開かれていた。
“蚕すんだら沼田のまつりつれていくから辛抱おしよ”と唄われていた。
勇壮豪快な御輿が並んで街を練り歩くが、優美華麗な山車運行が祭りの主役でもある。
この山車のことを「まんどう」と呼ぶのも沼田の独特である。
その日も200軒を越える露店が集まっていた。
群馬県沼田の夏祭りは、この「沼田まつり・おぎょん」で終止符を打ち、『おぎょん』を境にして農家は農繁期に入るのである。
2012年3 月14日 (水曜日)
創作欄 徹の青春 8
「おぎょん」と呼ばれている沼田の祇園祭は、徹と加奈子に大きな黒い影を落とした。
お囃子が聞こえてくると胸が深く痛んだ。
あの日の夜、「2人が熱くなっている。お兄ちゃん私、消えてやろうか?」
徹と加奈子に何か気配を察したのだろうか、君江が悪戯っぽく笑みを浮かべて突然言う。
「この金魚、死んでは困るから、私、先に家へ帰る」と金魚すくいで捕った金魚2匹が入ったにニール袋を2人の目の前に掲げた。
「気をつけて帰りな」
徹の心配は口先だけで、内心ほくそ笑んでいた。
君江は浴衣姿の裾を肌蹴るようにして、駆け出していく。
「1人で帰って、大丈夫かしら?」
加奈子は人影に隠れて行く君江の行方を危惧していた。
「大丈夫さ、人が一杯居るじゃないか」
徹は大胆になって加奈子の腰に手を回していた。
祭は徹の血をたぎらせていた。
浴衣姿の加奈子は16歳であったが、思いのほか豊かな腰をしていた。
「私、嫌な予感がするの。私たちも帰りましょう」
加奈子は徹の手を押しのけるようにした。
御輿の還御を待って繰り広げられる最後の夜の各町の「まんどう」の優雅に奏でるお沼田祇園囃子の競演が見ものであった。
徹が住む材木町の山車、加奈子が住む上之町の山車、原新町の山車、下之町の山車、西倉内町の山車、東倉内町の山車、清水町山車、馬喰町の山車、鍛冶町の山車などが集合してきた。
午後10時から須賀神社境内で行われるみこしと祭囃子の競演では、人の波と熱気につつまれ、祭は最高潮に達する。
「まんどうの祭り囃子の競演を少し見てから帰ろうか?」
徹は懇願するように、加奈子の手を握り締めた。
「それなら、少しだけね」
加奈子は念を入れるように徹の手を握り返した。
「徹さんの手熱い。熱でもあるようね」
加奈子は徹の顔に目を注いだ。
徹は加奈子のきらきら輝くような瞳を見つめて、「この子と結婚することになるのだろうな」と想ってた。
それは予感のようなものであった。
徹の従姉の香苗は中学校を卒業し、15歳で川場村の親戚の農家に嫁いだ。
相手の勝雄は20歳で、父が戦死していたので、沼田農業高校を卒業して農家を継いでいた。
徹は母の実家が川場村にあるので、子どものころから勝雄を知っていた。
勝雄の家系は、美男美女を輩出しており近隣でも知られていた。
顔立ちに気品もあった。
蔵が4つもある村では一番の資産家であったが、農地解放で多くの田畑、山林などを失っていた。
徹の父、加奈子の父も戦死していたので、勝雄の存在は気になっていた。
従姉の香苗は16歳で男の子を産んだ。
加奈子の年で母親になったのだ。
香苗のことを思うと加奈子と徹が結婚しても不思議ではない。
だが、運命の悪戯で徹と加奈子に別れがやってきた。
あの夜、先に帰ったはずの君江は帰宅していなかった。
徹の母は川場村の実家へ帰っていた。
義父は農協の旅行で新潟県の湯沢温泉に行っていた。
両親が家に居なかったので、徹の気持ちは解放された気分になっていたので、加奈子を自宅に誘ったのである。
だが家の電灯は1つも灯っていなかった。
「私、胸騒ぎがする。警察に届けましょう」
加奈子は悪い想念を払うようにポニーテールの頭を振って、両手で豊かな胸を押さえた。
「イヤ、君江は友だちに出会っているんじゃないか?」
徹は最悪な事態など少しも考えずに楽観していた。
「徹さん!心配じゃないの! 私、交番へ行く」
加奈子は下駄音を高鳴らせて駆け出して行った。
「加奈子の取り越し苦労だ」
徹は縁側にしゃがみ込み、苦笑を浮かべながら月空を仰いでいた。
2012年3 月15日 (木曜日)
創作欄 徹の青春 9
検事調書によると、藤沢勝海は昭和11年、東京・大田区蒲田に生まれた。
父は中国の満州へ軍属として行っていたが、行方不明となった。
多分、戦死したのであろうが、確かなことは分かっていない。
昭和20年、戦争が本土空襲に及んだことから日本政府は「縁故者への疎開」を奨励したが、学校毎の集団疎開(学校疎開)も多く行われた。
勝海たちは山梨県の甲府へ学校疎開した。
1945年(昭和20年)3月10日に行われた大空襲で、母との兄、弟、妹3人のを失った。
終戦後、国民学校の先生の配慮で、勝海は母の妹一家に育てられ孤児にならずにすんだ。
だが、群馬県の北部月夜野の学校ではイジメにあった。
孤独な勝海は1人で何時も川で遊んでいた。
北には遠く谷川連峰が見えており、魅せられるように仰ぎ見ていた。
近くには大峰山、三峯山が迫るように見えており、何時か登りたいと思っていた。
そして月夜野は清流である利根川と赤谷川の合流に囲まれた山紫水明の地であった。
きれいな澄んだ水と緑が濃い森林に勝海は心を和ませられていた。
学校疎開で住んだ山梨県の甲府とは違った趣が月夜野にはあった。
作家・石原慎太郎の短編小説『太陽の季節』が芥川賞を受賞し話題となり、この小説をもとに、1956年に映画化され人気を博した。
さらに石原慎太郎原作の『処刑の部屋』(1956年)、『狂った果実』(1956年)が公開され、「太陽族映画」と称していた。
勝海はそれらの映画を観て強い衝撃を受けた。
事実、この時代の背景として「太陽族映画」を観て影響を受けたとして、青少年が強姦や暴行、不純異性行為など様々な事件を起こし社会問題化した。
中学を卒業した勝海は、大工となっていた。
そして、仕事が休みの日は、太陽族のような派手な服装をして沼田の繁華街をうろうろしていた。
「女なんかな、顔を二発、三発は叩いてから、やるもんだ。女はな、初めは抵抗するさ。でもな、女だって気持いいこと知っているから、すぐに抵抗しなくなる。中にはな、ヨガってしがみついて、俺の体を離さない女もいるぜ」
勝海は遊び仲間に自慢気に強姦を吹聴していた。
勝海は強姦されたことを警察に訴える女性が1人もいなかったので、すでに8人の女性たちを強姦してきた。
何時も単独で犯行を重ねてきていた。
おぎょんの日、15歳の君江は勝海たちの不良仲間3人に強姦されたのだ。
君江は男たちに犯されながら、母が熱心にしていた宗教の題目を涙声で唱えていた。
その声は初めは男たちには聞こえていなかった。
だが、男の1人が気づいたのである。
「こいつ、何か唱えていやがる、成仏させれやるか」
男の1人が君江を犯しながら首を絞めたのである。
「ああ、殺されるんだな」
やせ細り非力な君江は抵抗を諦め、覚悟を決め題目を唱えた。
だが、男は突然、激しい腹痛に苦しみだしたのである。
急性虫垂炎であった。
「殺すことないよ!」と17歳の少年が背後で男を制した。
君江の首を絞めた男は19歳であった。
11 »
2012年3 月15日 (木曜日)
創作欄 徹の青春 10
「友だちの妹が、おぎょんから先に帰ったのに、家に居ないんです。
探してください」
加奈子は肩で息をしながら、交番の前に立つ40代と思われる警官に訴えた。
「友だちの妹、いくつだ?」
「15歳です。中学3年生です。何かがあったのかもしれません」
「15歳だな。遊び盛りだ。まだ、おぎょんは終わっていない。どこかで祭を見物しているんだろう」
「とても心配でなりません。探してください」
警官は威圧するように鋭い目を加奈子に注いだ。
「まだ、事件が起こったわけではないんだろう。探せだとふざけるな!」
警官は左手で帽子のつばを押さえ、右手で警棒を握りながら、胸を突き出し仁王立ちのようになると、左手で加奈子を追い払うような仕草をした。
「こうなったら、徹さんと二人で君江さんを探すほかない」
加奈子は踵を返して、駆け出して行く。
胸騒ぎが高まるなかで、涙が込み上げてきた。
だが、信じがかいことに、徹はそ知らぬ顔をして居間で萩原朔太郎の詩集を読んでいた。
「徹さんは、心配ではないの。きっと、君江さんに何かがあったのよ。探しに行きましょう」
やれやれという表情を浮かべると徹は、さも面倒くさそうに詩集を閉じた。
「この人を何故、恋したのだろう?」
加奈子は、無神経な徹の態度に呆れ返った。
そして、いっぺんに恋心が覚めてゆくのを感じはめていた。
17歳の徹はまったく新聞を読んでいない。
いわゆる新聞の3面記事を読んだ記憶がなかったのだ。
読むのは詩や短歌、俳句、小説であり、世間の動きにはまったく疎かった。
ある意味で純粋でもあるが、厳密に言えば無知蒙昧である。
徹は強姦という犯罪があることすら知らなかった。
彼が読んでいた文字のなかに、強姦という文字は一度も出てこなかったのである。
「私たちの罪ね」
加奈子は肩を激しく震わせて、徹の腕の中で豊かな胸を当てて泣いた。
沼田城址の桜の木立で競うように蝉が鳴いていた。
陽は子持山に隠れようとしており、時折遠雷が聞こえ風は激しく木立を揺らした。
徹は人影を感じていたが、加奈子を強く抱き寄せて加奈子の唇を吸った。
加奈子はポニーテールの頭を振るようにして、徹の口を避けた。
徹は欲情を抑えらないので、激しい息遣いのなかで再び加奈子の頭を両手で押さえて顔を強引に引き寄せた。
「ヤメテ、今日はダメ!」加奈子は激しく身を捩った。
徹は加奈子の女心を理解していなかった。
話は前後するが、尾瀬のハイキングで長蔵小屋に泊った日、徹は加奈子の豊かな胸を弄った。
妹の君江が隣で寝息を立てていた。
加奈子は、しばらく徹の手をそのままにしていたが、「もう、ヤメテ」と強く手を払った。
「おばさんが、死にそうなの。それを考えると私寝られないの」
加奈子は徹に背を向けて、咽び泣いた。
徹は身を起して、「悪かったね」と加奈子の背向かって声をかけた。
人生には、何が起こるかわからないものだ。
尾瀬のハイキングから、2か月が過ぎていた。
沼田の祇園祭は全国各地の祇園祭の例に見られるように、京都の八坂神社祇園祭に端を発している。
沼田祇園祭を「おぎょん」と呼んでいた。
加奈子と君江を誘って徹は、おぎょんへ行く。
加奈子の浴衣姿は豊かな胸を一層際立たせていて、徹は欲情を駆り立てられた。
「おぎょん」と呼ばれた沼田祇園祭は、8月3・4・5日の3日間開かれていた。
“蚕すんだら沼田のまつりつれていくから辛抱おしよ”と唄われていた。
勇壮豪快な御輿が並んで街を練り歩くが、優美華麗な山車運行が祭りの主役でもある。
この山車のことを「まんどう」と呼ぶのも沼田の独特である。
その日も200軒を越える露店が集まっていた。
群馬県沼田の夏祭りは、この「沼田まつり・おぎょん」で終止符を打ち、『おぎょん』を境にして農家は農繁期に入るのである。
2012年3 月14日 (水曜日)
創作欄 徹の青春 8
「おぎょん」と呼ばれている沼田の祇園祭は、徹と加奈子に大きな黒い影を落とした。
お囃子が聞こえてくると胸が深く痛んだ。
あの日の夜、「2人が熱くなっている。お兄ちゃん私、消えてやろうか?」
徹と加奈子に何か気配を察したのだろうか、君江が悪戯っぽく笑みを浮かべて突然言う。
「この金魚、死んでは困るから、私、先に家へ帰る」と金魚すくいで捕った金魚2匹が入ったにニール袋を2人の目の前に掲げた。
「気をつけて帰りな」
徹の心配は口先だけで、内心ほくそ笑んでいた。
君江は浴衣姿の裾を肌蹴るようにして、駆け出していく。
「1人で帰って、大丈夫かしら?」
加奈子は人影に隠れて行く君江の行方を危惧していた。
「大丈夫さ、人が一杯居るじゃないか」
徹は大胆になって加奈子の腰に手を回していた。
祭は徹の血をたぎらせていた。
浴衣姿の加奈子は16歳であったが、思いのほか豊かな腰をしていた。
「私、嫌な予感がするの。私たちも帰りましょう」
加奈子は徹の手を押しのけるようにした。
御輿の還御を待って繰り広げられる最後の夜の各町の「まんどう」の優雅に奏でるお沼田祇園囃子の競演が見ものであった。
徹が住む材木町の山車、加奈子が住む上之町の山車、原新町の山車、下之町の山車、西倉内町の山車、東倉内町の山車、清水町山車、馬喰町の山車、鍛冶町の山車などが集合してきた。
午後10時から須賀神社境内で行われるみこしと祭囃子の競演では、人の波と熱気につつまれ、祭は最高潮に達する。
「まんどうの祭り囃子の競演を少し見てから帰ろうか?」
徹は懇願するように、加奈子の手を握り締めた。
「それなら、少しだけね」
加奈子は念を入れるように徹の手を握り返した。
「徹さんの手熱い。熱でもあるようね」
加奈子は徹の顔に目を注いだ。
徹は加奈子のきらきら輝くような瞳を見つめて、「この子と結婚することになるのだろうな」と想ってた。
それは予感のようなものであった。
徹の従姉の香苗は中学校を卒業し、15歳で川場村の親戚の農家に嫁いだ。
相手の勝雄は20歳で、父が戦死していたので、沼田農業高校を卒業して農家を継いでいた。
徹は母の実家が川場村にあるので、子どものころから勝雄を知っていた。
勝雄の家系は、美男美女を輩出しており近隣でも知られていた。
顔立ちに気品もあった。
蔵が4つもある村では一番の資産家であったが、農地解放で多くの田畑、山林などを失っていた。
徹の父、加奈子の父も戦死していたので、勝雄の存在は気になっていた。
従姉の香苗は16歳で男の子を産んだ。
加奈子の年で母親になったのだ。
香苗のことを思うと加奈子と徹が結婚しても不思議ではない。
だが、運命の悪戯で徹と加奈子に別れがやってきた。
あの夜、先に帰ったはずの君江は帰宅していなかった。
徹の母は川場村の実家へ帰っていた。
義父は農協の旅行で新潟県の湯沢温泉に行っていた。
両親が家に居なかったので、徹の気持ちは解放された気分になっていたので、加奈子を自宅に誘ったのである。
だが家の電灯は1つも灯っていなかった。
「私、胸騒ぎがする。警察に届けましょう」
加奈子は悪い想念を払うようにポニーテールの頭を振って、両手で豊かな胸を押さえた。
「イヤ、君江は友だちに出会っているんじゃないか?」
徹は最悪な事態など少しも考えずに楽観していた。
「徹さん!心配じゃないの! 私、交番へ行く」
加奈子は下駄音を高鳴らせて駆け出して行った。
「加奈子の取り越し苦労だ」
徹は縁側にしゃがみ込み、苦笑を浮かべながら月空を仰いでいた。
2012年3 月15日 (木曜日)
創作欄 徹の青春 9
検事調書によると、藤沢勝海は昭和11年、東京・大田区蒲田に生まれた。
父は中国の満州へ軍属として行っていたが、行方不明となった。
多分、戦死したのであろうが、確かなことは分かっていない。
昭和20年、戦争が本土空襲に及んだことから日本政府は「縁故者への疎開」を奨励したが、学校毎の集団疎開(学校疎開)も多く行われた。
勝海たちは山梨県の甲府へ学校疎開した。
1945年(昭和20年)3月10日に行われた大空襲で、母との兄、弟、妹3人のを失った。
終戦後、国民学校の先生の配慮で、勝海は母の妹一家に育てられ孤児にならずにすんだ。
だが、群馬県の北部月夜野の学校ではイジメにあった。
孤独な勝海は1人で何時も川で遊んでいた。
北には遠く谷川連峰が見えており、魅せられるように仰ぎ見ていた。
近くには大峰山、三峯山が迫るように見えており、何時か登りたいと思っていた。
そして月夜野は清流である利根川と赤谷川の合流に囲まれた山紫水明の地であった。
きれいな澄んだ水と緑が濃い森林に勝海は心を和ませられていた。
学校疎開で住んだ山梨県の甲府とは違った趣が月夜野にはあった。
作家・石原慎太郎の短編小説『太陽の季節』が芥川賞を受賞し話題となり、この小説をもとに、1956年に映画化され人気を博した。
さらに石原慎太郎原作の『処刑の部屋』(1956年)、『狂った果実』(1956年)が公開され、「太陽族映画」と称していた。
勝海はそれらの映画を観て強い衝撃を受けた。
事実、この時代の背景として「太陽族映画」を観て影響を受けたとして、青少年が強姦や暴行、不純異性行為など様々な事件を起こし社会問題化した。
中学を卒業した勝海は、大工となっていた。
そして、仕事が休みの日は、太陽族のような派手な服装をして沼田の繁華街をうろうろしていた。
「女なんかな、顔を二発、三発は叩いてから、やるもんだ。女はな、初めは抵抗するさ。でもな、女だって気持いいこと知っているから、すぐに抵抗しなくなる。中にはな、ヨガってしがみついて、俺の体を離さない女もいるぜ」
勝海は遊び仲間に自慢気に強姦を吹聴していた。
勝海は強姦されたことを警察に訴える女性が1人もいなかったので、すでに8人の女性たちを強姦してきた。
何時も単独で犯行を重ねてきていた。
おぎょんの日、15歳の君江は勝海たちの不良仲間3人に強姦されたのだ。
君江は男たちに犯されながら、母が熱心にしていた宗教の題目を涙声で唱えていた。
その声は初めは男たちには聞こえていなかった。
だが、男の1人が気づいたのである。
「こいつ、何か唱えていやがる、成仏させれやるか」
男の1人が君江を犯しながら首を絞めたのである。
「ああ、殺されるんだな」
やせ細り非力な君江は抵抗を諦め、覚悟を決め題目を唱えた。
だが、男は突然、激しい腹痛に苦しみだしたのである。
急性虫垂炎であった。
「殺すことないよ!」と17歳の少年が背後で男を制した。
君江の首を絞めた男は19歳であった。
11 »
2012年3 月15日 (木曜日)
創作欄 徹の青春 10
「友だちの妹が、おぎょんから先に帰ったのに、家に居ないんです。
探してください」
加奈子は肩で息をしながら、交番の前に立つ40代と思われる警官に訴えた。
「友だちの妹、いくつだ?」
「15歳です。中学3年生です。何かがあったのかもしれません」
「15歳だな。遊び盛りだ。まだ、おぎょんは終わっていない。どこかで祭を見物しているんだろう」
「とても心配でなりません。探してください」
警官は威圧するように鋭い目を加奈子に注いだ。
「まだ、事件が起こったわけではないんだろう。探せだとふざけるな!」
警官は左手で帽子のつばを押さえ、右手で警棒を握りながら、胸を突き出し仁王立ちのようになると、左手で加奈子を追い払うような仕草をした。
「こうなったら、徹さんと二人で君江さんを探すほかない」
加奈子は踵を返して、駆け出して行く。
胸騒ぎが高まるなかで、涙が込み上げてきた。
だが、信じがかいことに、徹はそ知らぬ顔をして居間で萩原朔太郎の詩集を読んでいた。
「徹さんは、心配ではないの。きっと、君江さんに何かがあったのよ。探しに行きましょう」
やれやれという表情を浮かべると徹は、さも面倒くさそうに詩集を閉じた。
「この人を何故、恋したのだろう?」
加奈子は、無神経な徹の態度に呆れ返った。
そして、いっぺんに恋心が覚めてゆくのを感じはめていた。
17歳の徹はまったく新聞を読んでいない。
いわゆる新聞の3面記事を読んだ記憶がなかったのだ。
読むのは詩や短歌、俳句、小説であり、世間の動きにはまったく疎かった。
ある意味で純粋でもあるが、厳密に言えば無知蒙昧である。
徹は強姦という犯罪があることすら知らなかった。
彼が読んでいた文字のなかに、強姦という文字は一度も出てこなかったのである。
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