夫の高島啓介の事件の被害者・津田まどかさん(仮名)は、元暴走族で新宿を拠点とする暴力団の組員の男と同棲していたところ、警察の捜査で居場所は判明して、東京地裁で初公判がようやく行われれることに。
春川直人弁護士の連絡で、私は東京地裁へ向かった。
霞が関の地下鉄駅から階段を上ると、右側に東京地裁の建物があった。
初めてのことで、金属探知を通過する時は、とても緊張したわ。
個人で傍聴する場合には、東京地裁の1階ロビーの守衛ボックスに備えつけてある「開廷表」で、その日に審理される事件の時間や法廷番号等を確認する。
そのことは、春川弁護士から事前に聞いていた。
狭い法廷だったのに、報道席には記者たちが5人ほどいたので驚いた。
法廷の絵を描く人も一人。
一般席の被告側の傍聴は私一人。
被害者側の津田まどかさんの関係がいたのかどうかはわからなかった。
衝撃だったのは二人の刑務官に引率された手錠・腰縄姿の夫啓介の姿だった。
夫はうなだれたままで、傍聴席を一切見ることはなかったの。
開始時刻になると裁判官席の後ろにある入口から裁判官が入廷したので、裁判官が見えたら起立し、裁判官が裁判官席に着席する前に全員が礼をした。
正面奥の裁判官(通常、裁判官は1名)
左側検察官(通常、検察官は1名です)
右側=弁護人(弁護士)
手前=被告人
前の台=正面奥の3名=裁判官(通常、裁判官は1名です)
左側の2名=検察官(通常、検察官は1名です)
右側の2名=弁護人(弁護士)
手前の緑色の服の男性=被告人
被告人前=証言台
法廷が始まると、まず、被告人の夫が法廷中央の証言台前に立つよう指示された。
そこに立つと、裁判官から、人定質問という手続きが行われた。
簡単にいえば、本人確認。
聞かれるのは、氏名、本籍、住所、生年月日、職業で、聞かれたとおりに答えるだけ。
罪状認否
人定質問が終わると、いわゆる罪状認否が行われた。
まず、検察官が、起訴状に記載された事件の内容を読み上げた。
起訴状の記載はシンプルなもので、「被告人は、新宿のホテルで、当時加害者が17歳と知り名が淫らな行為におよんだ」
というような必要最小限の情報だけ。
検察官が起訴状を読み上げた後、裁判官から被告人に対して、黙秘権の説明が行われた。
そして、起訴状に記載された内容に間違っているところはないか、要するに被告人が本当にそれを行ったのかなどを裁判官から質問した。
夫は「間違いありません。そのとおりです」と答える。
その時点で、この事件が犯行を認めている自白事件なのか、犯行を否定している否認事件なのかが確定した。
これが終わると、被告人の夫は元の長椅子席に二人の刑務官に挟まれて着席するよう指示され、しばらく座って裁判の様子を見ているだけになる。
その後の裁判の流れは、私にとって、とても長い時間に思われたの。
審理が終わり、再び手錠と腰縄姿の夫は、刑務官2二人に引率され退廷するのに、傍聴性の私の方に視線を向けことは一度もなかった、それがとても口惜しかった
その姿は哀れそのもので、私は思ず涙ぐむ。
私は春川弁護士に「本当にありがとうございます。感謝するばかりです」と挨拶し、お礼を述べた。
「大丈夫ですよ。釈放申請もしますから・・・」慰めの言葉に、また私は涙を浮かべた。
参考
冒頭陳述
罪状認否がおわると、検察官から「冒頭陳述」が行われた。
これは、今回の事件がどういう流れで起きたのか、どういう被害があったのかを具体的に説明するもの。
起訴状朗読では必要最小限の情報しか記載されず、事件の動機や背景などはわからないので、この冒頭陳述で内容を明らかにしていく。
なお、注意が必要なのは、この冒頭陳述は、検察官側から見た事件の説明でしかないということです。つまり、検察官の考えはこうだ、というものです。
ですので、被告人の言い分はこれと違う可能性はありますし、裁判所の考えも異なる可能性もあります。
検察官側の見立てを説明するのが冒頭陳述という手続きです。
これが終わった後、弁護人や被告人が反論をすると思われる方もいるかと思いますが、実は大半の事件では、弁護人や被告人が冒頭陳述を行うことはありません。
複雑な否認事件や裁判員裁判になっている事件では、弁護人も対抗して冒頭陳述を行うことがありますが(裁判員裁判では必ず行います)、それ以外の事件では冒頭陳述を行わないことが普通です。
これは、被告人の犯行を証明する義務は検察官にあり、弁護人や被告人が、積極的に意見を述べたり、無罪を証明する必要がないとされていることと関係しています。
ただ、実際は、通常の自白事件では冒頭陳述を行わなくても裁判官は理解できるだろう、という考えがあるから、あえて弁護人が冒頭陳述まで行っていないのでしょう(なお、検察官は、法律上、必ず冒頭陳述を行う義務があります)。
検察官の立証
冒頭陳述は検察官の言い分ですので、それだけでは何も証明されたことになりません。
ですので、冒頭陳述が終わった後、検察官は、事件の内容を立証・証明していきます。
証明といっても、ほとんどは、捜査資料の要約を読み上げるだけで、証人尋問などを行う事件は一部に限られています。
通常の自白事件であれば、その読み上げも5分から10分程度で行われています。
しかし、否認事件であれば、検察官も多数の証人尋問を実施することもあり、その尋問を行うために日を変えて何度も公判を実施することになります。
弁護側の立証
検察官の立証が終わると、今度は弁護人・被告人側からの立証が行われます。
自白事件であれば、被告人の刑の重さが問題となりますので、被告人が事件後に深く反省してきたことや、家族が監督していくこと、被害者に弁償し示談が成立していることなどを立証する必要があります。
そのために関係書類を提出するほか、家族や被告人自身の尋問を行うことになります。
家族と被告人が証言台に立つときは、通常、家族から証言を行い、被告人は最後になります。
事前に弁護人と打合せをしてから公判にのぞむことになりますので、証言の際も、何をいっていいか全くわからないということは少ないと思いますが、特に被告人質問は刑事裁判の山場ですので、よく準備し、言いたことを明確に裁判官に伝える必要があります。
弁護側の証人尋問、被告人質問が終了すると、審理はほぼ終了です。
論告・弁論
お互いの立証が終了した後、検察官が、「論告」(ろんこく)を行います。
これは、検察官が審理の内容を踏まえて、どのような判決をすべきかを主張するものです。「○○という証拠があり、○○という事情があるから、被告人を有罪にして、懲役○年の刑を科すべきである」、という内容になります。
冒頭陳述と内容は似通ってくることもありますが、懲役○年にすべき、という「求刑」が行われる点が特徴です。
これに対し、弁護人からは、「弁論」(テレビなどでは「最終弁論」という言い方が多いですね)を行います。これは、検察官の論告に対抗して、弁護人として適切な判決はこうあるべきだという意見を主張する場です。「○○という証拠からすると、被告人の犯行は立証されておらず、無罪だ」「○○という事情があるから、被告人には執行猶予付きの判決で十分である」というのが弁論です。
被告人の意見陳述
審理の一番最後には、被告人が再び証言台に立ちます。
裁判官から、「これで審理を終えますが、最後に何か言いたいことはありますか」と質問されます。
被告人に、言い残したことや、一番伝えたいことを話す最後のチャンスを与えるためのものです。
ただ、その直前に被告人質問で十分話したいことを話していることも多く、「特に付け加えることはありません」という内容で終わってしまう例もみかけます。
傍聴席にいる家族への言葉だったり、被害者への謝罪だったり、今後に向けての決意など、内容はさまざまですが、裁判の終わりに際して何も言うことがないというのでは、どうしても物足りない感じがしてしまうからです。
なお、重大事件や否認事件では、意見陳述を何十分も、場合によっては1時間以上することもありますが、自白事件では本当に一言、二言で終えることが通常でしょう。
被告人の陳述が終わると、判決の言い渡し日時を裁判官が指定し、その日は終了します。
判決言い渡し
指定された判決公判で、裁判官から、判決の結論と理由が宣告され、第一審は終了となります。
内容に応じ、控訴するかどうかを検討することになりますが、控訴をしないのであれば、そこで刑事裁判は終わりです。
控訴する場合には、控訴の手続きを行い、高等裁判所で第二審が実施されることになります。
これが通常の自白事件であれば、1時間以内、1回の裁判で実施されることがほとんどでしょう。
裁判員裁判などではもう少し時間をかけますが、流れはほとんど変わりません。
このような、裁判のそれぞれの場面でどのように対応していくかは、弁護士と被告人が十分に打合せをして、しっかりと決めておく必要があります。