ショートショート『ジムノペディ』

2012年06月25日 | ショートショート



錆び朽ちたフェンスにもたれて待っていた。
ジェット機が西へ翔けていく。工場のサイレンと爆音が混じり合い夕暮れ空に轟く。
栄養ドリンクを注いだコップ越しみたいな、おぞましい空の色。
遠く鉄塔から風が吹いてきて、草原を波立たせてわたしに迫り、そしてわたしを越えて行った。さらに日が翳って、さらに空気を陰鬱にしていく。
わたしは目を閉じてジムノペディをハミングした。マスクの中で歌声がくぐもった。
すぐ傍で金網が鳴った。目を開かなくても、彼が来たのがわかった。
「明日は休校だってさ。レベル6なんだと」
「今月になって、何回めだっけ?増えたよね、最近」
確かに増えている。警報レベルの日が年々増えて、外出できなくなっている。今年になってさらにひどい。
ホントに隣の国から汚染された空気が流れ込んできているのが原因なんだろうか?
原因が特定できないまま、対策が行き詰まったまま、じわじわと状況は悪化している。
わたしが小さかった頃は、風がない、陽射しの強い日に限られていた。それが今や常に注意報レベルに達している。
うつむくわたしの手に彼の手が触れる。そして手を握りあう。もちろん手袋越しだが。
わたしは彼の目をのぞきこむ。そして見つめあう。もちろん防護マスクのシールド越しだが。
口元のキャニスターがぶつかってカチャカチャ音を立てた。
マスクを外して、頬を寄せ合うことも唇を重ねることもできない。
そういう行為は大人にしか許されない。
自宅に清浄な空気テントを備えることができた大人たちだけに与えられた特権なのだ。
それさえあれば子孫が残せるというわけでもない。
最近、妊娠する女性が激減している。病気に因るものか汚染に因るものか、専門家も原因を特定できないままだ。
日没の空に黒雲が幾重にも蠢き、とぐろを巻くドラゴンに見えて身震いした。
「わたしたちに未来ってあるのかしら?」
「愛しあって結婚して子どもが生まれて、子どもが成長してまた愛しあって。その繰り返しさ」
彼が後ろから抱きしめてくれた。
悩んでも悩まなくても、なるようにしかならない。・・・でも。
父さんや母さんの時代には、光化学スモッグ警報が出ただけでニュースになったという。
わたしたちの子どもたちは、いったいどんな空気の中で生きることになるのだろう。


 
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6 コメント

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未来はどこへ (haru)
2012-06-25 19:08:02
清々しい日々はどこへいったのでしょうね。
昔「花はどこへ行った」っていう唄がありました。
どこかへ行ったのではなく、自分たちが汚したのでしょうね。
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サティ (ヴァッキーノ)
2012-06-25 22:16:07
ジムノペディかグノシエンヌか。
世界の終わりには、
グノシエンヌが会うかもしれません。
でも、語彙の響きでは、ジムノペディがいいですね。
汚染されて、徐々に死ぬのはイヤです。
バッサリと思い切って、首をはねてください!
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世界の終り (りんさん)
2012-06-25 23:37:04
これは、長編で読みたいような話ですね。
絶望的な世界の中でも、人は愛し合うんですね。
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haruさんへ (矢菱虎犇)
2012-06-26 02:20:00
世界の終末って、ボクはジワジワ、ジワジワとやってくると思うんです。核戦争とか、そういう突発的なできごとじゃなくて。気がついたときには空気がすっかりダメになってしまっているみたいな。そんな世界をお話にしてみましたぁ。
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ヴァッキーノさんへ (矢菱虎犇)
2012-06-26 02:38:27
先週、『サティさんはかわりもの』なんつう絵本を読みました。エリック・サティっていろんな意味で常識はずれの人だったんですねぇ。死んじまった部屋は壁じゅう飛行船の絵だらけだったとか・・・
そりゃそうと、今回のお題は『光化学スモッグ』・・・ふざけるわけにもいかず苦戦しました。
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りんさんへ (矢菱虎犇)
2012-06-26 02:43:07
>これは、長編で読みたいような話ですね。
えー!無理ですよ~。
こんな雰囲気のお話を何日も書き続けたら、きっとノイローゼになっちまいます。長いの、書けないんだよなぁ。
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