大阪市内の何処か公園のような所で待ち合わせをしていた。相手は技術士さんであった。技術士の会合で研究発表をするので、原稿を事前に見て欲しいとのことであった。現れた技術士さんは自分より少し若かったが、白髪のなかなか貫禄ある紳士であった。自転車に乗り飄々とした出で立ちで現れた。
技術士さんは顔を見るや否やカバンから原稿を取り出した。初めから自分に分かるような専門分野ではなかった。しかし、自分には先輩技術士としてのプライドがあり、何も分かりませんとは絶対に言えない立場にあった。実は、自分は技術士の資格だけは30年以上も前に取ってはいたが、その後は、どのような分野であれ、技術的な仕事を何一つやっていない素人であった。一方、相手の技術士さんはこの道一筋で何十年も過ごしてきた専門家であった。
一瞬、場違いの自分を意識した。原稿を受け取ってパラパラと目を通したが、案の定、宇宙語の論文を見ているような感じで、中身は何も分からなかった。それでも、金輪際何も分かりませんとは言えないと思った。自分のプライドを保ちつつ、事態をどのように収束させればよいかだけを考えていた。
「この漢字が間違っていますよ」「ここには句読点を入れた方がいいですね」「この図の配置は右より左の方が良いのではないですか」などと言いつつ時間を稼いだ。そのうちに何かひらめくだろうと思いながら、じりじりと時間だけが過ぎて行った。しかし、時間が経っても、気の利いたことは何一つ思いつかなかった。
ふと思った。立場は逆であるが、自分が会社に居た頃、事務屋か技術屋か分からないような上司との面談で、自分の書いた技術報告書を介して、同じような雰囲気を感じたことがあった。この技術士さんも、当時の自分と同じように、ぺこぺこと頭を下げて感謝や反省の言葉を投げていた。自分は、まんざら悪い気もせず、大変重要な助言を沢山して上げたような気がしていた。
それ以上、意味のありそうな話題がなくなって、相手の技術士さんは自転車に乗って帰ろうとした。技術士さんは、「後ろの荷台に乗れば、近くの駅まで送ってあげますよ」と言ってくれた。自分は喜んで荷台にまたがった。気が付けば、自転車を漕ぐ技術士さんとは別に、もう一人の男が技術士さんの前に乗っていて、一台の自転車に3人が乗っていることに気が付いた。3人乗りの自転車は意外とすいすいと走った。
暫くすると、上りの坂道に差し掛かった。それでも自転車は何とか走っていたが、自転車を漕ぐ技術士さんに悪いと思って、自分は荷台から降りて後ろから押した。気が付くと前に乗っていたもう一人の男も自転車を押していた。暫く二人で自転車を押していると、坂道が勾配の違う二つの道に分かれていることに気が付いた。自転車は勾配の急な方を上がっていく。自分の方には大した勾配がない。段差のために、自分はこれ以上自転車が押せないところまで来た。自分は自転車から手を離した。もう一人の男は、こちらに気が付かないまま自転車を押し続けていた。そのうちに、自転車に乗って一段高い位置に居る技術士さんと自分とが横向きで顔が会った。
技術士さんは怪訝そうな顔をしたが、そのまま前進した。自分も坂道が段差の異なる二つに分かれていることを理由にして、そのまま進んだ。暫くして技術士さんの自転車は完全に見えなくなった。技術士さんとは挨拶もせずそのまま別れた。実は、自分は自転車を押しながら、技術士さんに技術的な問題で的確なアドバイスができなかった自分のことを気にしていた。自分は不甲斐ない男ではないかと、悔やみ一杯の気分に支配されていた。
自分は思った。ああ良かった。難しい状況に追い込まれずに済んだ。本当は、未だ何かのアドバイスをしなければ、自分の役割が終わっていないと思っていた。また、このままでは、自分の自尊心が満たされないとも思っていた。駅までまだ少々の時間があったからだ。しかし、たまたま差し掛かった道が二つに分かれていたのだ。自分から逃げたわけではないのだ。この単純な理由を理由として、急に自分には何も言い訳する必要がなくなった。自分は救われた思いで本当にほっとしていた。
目が覚めてから、気の毒な安倍総理にも、何か本当らしい辻褄の合う理由を見つけてあげることが出来ないかと暫く考えていた。


技術士さんは顔を見るや否やカバンから原稿を取り出した。初めから自分に分かるような専門分野ではなかった。しかし、自分には先輩技術士としてのプライドがあり、何も分かりませんとは絶対に言えない立場にあった。実は、自分は技術士の資格だけは30年以上も前に取ってはいたが、その後は、どのような分野であれ、技術的な仕事を何一つやっていない素人であった。一方、相手の技術士さんはこの道一筋で何十年も過ごしてきた専門家であった。
一瞬、場違いの自分を意識した。原稿を受け取ってパラパラと目を通したが、案の定、宇宙語の論文を見ているような感じで、中身は何も分からなかった。それでも、金輪際何も分かりませんとは言えないと思った。自分のプライドを保ちつつ、事態をどのように収束させればよいかだけを考えていた。
「この漢字が間違っていますよ」「ここには句読点を入れた方がいいですね」「この図の配置は右より左の方が良いのではないですか」などと言いつつ時間を稼いだ。そのうちに何かひらめくだろうと思いながら、じりじりと時間だけが過ぎて行った。しかし、時間が経っても、気の利いたことは何一つ思いつかなかった。
ふと思った。立場は逆であるが、自分が会社に居た頃、事務屋か技術屋か分からないような上司との面談で、自分の書いた技術報告書を介して、同じような雰囲気を感じたことがあった。この技術士さんも、当時の自分と同じように、ぺこぺこと頭を下げて感謝や反省の言葉を投げていた。自分は、まんざら悪い気もせず、大変重要な助言を沢山して上げたような気がしていた。
それ以上、意味のありそうな話題がなくなって、相手の技術士さんは自転車に乗って帰ろうとした。技術士さんは、「後ろの荷台に乗れば、近くの駅まで送ってあげますよ」と言ってくれた。自分は喜んで荷台にまたがった。気が付けば、自転車を漕ぐ技術士さんとは別に、もう一人の男が技術士さんの前に乗っていて、一台の自転車に3人が乗っていることに気が付いた。3人乗りの自転車は意外とすいすいと走った。
暫くすると、上りの坂道に差し掛かった。それでも自転車は何とか走っていたが、自転車を漕ぐ技術士さんに悪いと思って、自分は荷台から降りて後ろから押した。気が付くと前に乗っていたもう一人の男も自転車を押していた。暫く二人で自転車を押していると、坂道が勾配の違う二つの道に分かれていることに気が付いた。自転車は勾配の急な方を上がっていく。自分の方には大した勾配がない。段差のために、自分はこれ以上自転車が押せないところまで来た。自分は自転車から手を離した。もう一人の男は、こちらに気が付かないまま自転車を押し続けていた。そのうちに、自転車に乗って一段高い位置に居る技術士さんと自分とが横向きで顔が会った。
技術士さんは怪訝そうな顔をしたが、そのまま前進した。自分も坂道が段差の異なる二つに分かれていることを理由にして、そのまま進んだ。暫くして技術士さんの自転車は完全に見えなくなった。技術士さんとは挨拶もせずそのまま別れた。実は、自分は自転車を押しながら、技術士さんに技術的な問題で的確なアドバイスができなかった自分のことを気にしていた。自分は不甲斐ない男ではないかと、悔やみ一杯の気分に支配されていた。
自分は思った。ああ良かった。難しい状況に追い込まれずに済んだ。本当は、未だ何かのアドバイスをしなければ、自分の役割が終わっていないと思っていた。また、このままでは、自分の自尊心が満たされないとも思っていた。駅までまだ少々の時間があったからだ。しかし、たまたま差し掛かった道が二つに分かれていたのだ。自分から逃げたわけではないのだ。この単純な理由を理由として、急に自分には何も言い訳する必要がなくなった。自分は救われた思いで本当にほっとしていた。
目が覚めてから、気の毒な安倍総理にも、何か本当らしい辻褄の合う理由を見つけてあげることが出来ないかと暫く考えていた。


