自分は須磨の海岸に居た。目の前が海水浴場で白い砂浜が広がっていた。不思議なことに直ぐ目の前に江ノ島と同じくらいの大きさの緑豊かな島があった。現実には須磨の海岸にそのような島はない。あるとしても遠くにかすむ淡路の島だ。しかし、自分は此処が須磨であることをはっきりと認識していた。
なぜか自分は、その浜辺に面して立つ豪壮な邸宅を譲り受けたのであった。引越しが終わって、家族一同、食堂に集まっていた。食堂と言っても、玄関に直結しており、其処で商売が出来るほどの広さがあった。普通のレストランと同じように多数のテーブルや椅子があり、植栽のグリーンまで整備されていた。これから、この豪華な邸宅に家族一緒に住むようになるのだと幸福感が支配していた。
自分は一人外へ出た。直ぐ傍に浜辺があったが、浜辺に出るまでの細い道の両側には、立派なヨーロッパスタイルのレストランや土産物店がずらりと並んでいた。これは良いところに住処を変えたものだと思った。自分も、夏の間くらいは、これらのレストランと張り合って商売ができるかもしれないと思った。これまでの人生で求め続けてきた、自分がオーナーとなるビジネスをいつでも始められるようになった。自然と喜びがこみ上げてくるのであった。
浜辺を歩くと、海岸の直ぐ傍の島は結構大きな島であった。島の頂上に生えている松の木の一本一本までもがはっきりと見えた。実に風光明媚な場所であった。シーズンになれば沢山の海水浴客が来るだろうと期待に胸が躍った。
周辺の探索を終えて、豪華なレストランの立ち並ぶ細道を通って自宅へ向かった。ふと気が付くと、自分の目の前を身だしなみの良い和服姿の老夫婦が並んで歩いていた。数メートル離れて、その後を歩いていると、その夫婦は何の遠慮もなく、何と我が家の玄関に向かい、そのまま家の中へ入って行くではないか。「あれ知らない人が家へ入っていく」と慌てて後を追った。
玄関をくぐると、入口に直結する食堂はしんとしていて、其処には誰も居なかった。老夫婦は何処へ行ったのかと探した。隣の部屋に入ると、老夫婦が畳の上に二人並んで寝そべっていた。何と失礼な人たちだと思って声をかけた。二人は黙っていた。それもそのはずである。二人は其処で亡くなっていたのであった。二人の顔には涙の跡が幾筋も光っていた。悲嘆の思いのまま最期を迎えたようであった。
自分はこの人たちに見覚えがなかった。しかし、この夫婦はこの邸宅の元の所有者であったらしい。数年前にこの家を建てるやいなや、不幸があって、二人一緒に亡くなったそうだ。長年の血の滲むような苦労がやっと実った直後のことであったらしい。この二人は、その後も、何度も亡霊になって、この辺りをさまよっていたという。自分が目撃したのも、どうやらその幽霊の背中であった。ぞくっと背中を寒いものが走った。直ぐに逃げ出さなくてはと思ったが足が動かなかった。
暫くして、阪急電車に乗って須磨の駅で降りた。目の前には何もなかった。レストラン街も大きな島も何もなかった。自分は夢を見ていたのだと夢の中で考えていた。
目が覚めてから思った。自分のような人間が何の苦労もなく、大きな財産を手に入れるはずがないのだ。また、平和で幸福に見える人や物でも、実際には自分の知らないことがその後ろに隠れていることがある。誰もが、一見、幸福に見えても、他人には告げることが出来ない不幸や悩みを抱えている。真実を知らず、他人の前で、自分のことばかりしゃべって、はしゃぎ回っていてはいけないのだ。


なぜか自分は、その浜辺に面して立つ豪壮な邸宅を譲り受けたのであった。引越しが終わって、家族一同、食堂に集まっていた。食堂と言っても、玄関に直結しており、其処で商売が出来るほどの広さがあった。普通のレストランと同じように多数のテーブルや椅子があり、植栽のグリーンまで整備されていた。これから、この豪華な邸宅に家族一緒に住むようになるのだと幸福感が支配していた。
自分は一人外へ出た。直ぐ傍に浜辺があったが、浜辺に出るまでの細い道の両側には、立派なヨーロッパスタイルのレストランや土産物店がずらりと並んでいた。これは良いところに住処を変えたものだと思った。自分も、夏の間くらいは、これらのレストランと張り合って商売ができるかもしれないと思った。これまでの人生で求め続けてきた、自分がオーナーとなるビジネスをいつでも始められるようになった。自然と喜びがこみ上げてくるのであった。
浜辺を歩くと、海岸の直ぐ傍の島は結構大きな島であった。島の頂上に生えている松の木の一本一本までもがはっきりと見えた。実に風光明媚な場所であった。シーズンになれば沢山の海水浴客が来るだろうと期待に胸が躍った。
周辺の探索を終えて、豪華なレストランの立ち並ぶ細道を通って自宅へ向かった。ふと気が付くと、自分の目の前を身だしなみの良い和服姿の老夫婦が並んで歩いていた。数メートル離れて、その後を歩いていると、その夫婦は何の遠慮もなく、何と我が家の玄関に向かい、そのまま家の中へ入って行くではないか。「あれ知らない人が家へ入っていく」と慌てて後を追った。
玄関をくぐると、入口に直結する食堂はしんとしていて、其処には誰も居なかった。老夫婦は何処へ行ったのかと探した。隣の部屋に入ると、老夫婦が畳の上に二人並んで寝そべっていた。何と失礼な人たちだと思って声をかけた。二人は黙っていた。それもそのはずである。二人は其処で亡くなっていたのであった。二人の顔には涙の跡が幾筋も光っていた。悲嘆の思いのまま最期を迎えたようであった。
自分はこの人たちに見覚えがなかった。しかし、この夫婦はこの邸宅の元の所有者であったらしい。数年前にこの家を建てるやいなや、不幸があって、二人一緒に亡くなったそうだ。長年の血の滲むような苦労がやっと実った直後のことであったらしい。この二人は、その後も、何度も亡霊になって、この辺りをさまよっていたという。自分が目撃したのも、どうやらその幽霊の背中であった。ぞくっと背中を寒いものが走った。直ぐに逃げ出さなくてはと思ったが足が動かなかった。
暫くして、阪急電車に乗って須磨の駅で降りた。目の前には何もなかった。レストラン街も大きな島も何もなかった。自分は夢を見ていたのだと夢の中で考えていた。
目が覚めてから思った。自分のような人間が何の苦労もなく、大きな財産を手に入れるはずがないのだ。また、平和で幸福に見える人や物でも、実際には自分の知らないことがその後ろに隠れていることがある。誰もが、一見、幸福に見えても、他人には告げることが出来ない不幸や悩みを抱えている。真実を知らず、他人の前で、自分のことばかりしゃべって、はしゃぎ回っていてはいけないのだ。



氷山は海面上に現れているのは約10分の1だけで残りは海面下に隠れており外からは見えないという。
誰しも皆、なんらかの心配事や問題を抱えており、何とか打破しようと必死に努力し人生を生きていると思う。ただそれが外(第三者)からはわからないだけなのだと思う。
もし何の悩みや問題もなく人生を送っている人がいるとしたら、緊張もなく、問題や悩みを解決しようとする努力もなく、その人はダメ人間になってしまうのではないだろうか。
人間も氷山と同じで外から見えるのはごく一部
。人はそのごく一部を見て他人のことをとかくいろいろと言うものである。
かく言う小生もつい誘惑に駆られ、真実をよく知らずに他人の事をとやかく言ったり、自分のことばかりしゃったりしてあとから後悔することがあるが、心して注意していかなければと思っています。
ところで阪神大震災で人づてに聞いた話ですが、一軒の家が倒壊せず、しゃんと建っていたので、近所の家が少し傾いた人が羨んで言いました。「お宅は家が無傷で良かったですね」と。これに対して無傷の家の人は無言で立ち去ったそうです。その後、羨んだ人は無言で立ち去った人の悪口を散々言ったそうです。しかし、本当は、家が無傷のお宅では、タンスの下敷きになって、ご主人が亡くなっており、何も言えずに立ち去っただけだったのでしょう。他人のことは外観だけでは分らないものですね。
しかし、ある程度、自分のしんどいことや悩みは他人にもしゃべらないといけません。それだけで治ることもありますし、他人も色々と理解して助言もしてくれます。この世の中は一人になって孤立して悩んでいる人の方がはるかに多いので、このブログでも、もっとしゃべることを奨励するような内容にした方が良かったかと反省しています。
しゃべり過ぎて後悔することが多く、頷きながら拝見。
それにしても、須磨で豪華レストランとは・・・。お近くなのでしょうか。
私は須磨は2度しか行ったことがありません。一度は主人と、あと一度はカルタの仲間とまいりました。
そうそう、丁度関守稲荷の境内に「淡路島かよふ千鳥の・・・」の碑の工事中でした。随分昔のことです。
山梨から来たのではということで、ブルーシートを外して拝見させてくださいました。
カルタの仲間でしたので、皆大喜びでした。
須磨寺はじめあちらこちら周りましたことを、久しぶりに思いだしました。
有難うございました。