冨田敬士の翻訳ノート

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「民法入門」(第6版)(有斐閣双書)

2012-08-30 13:56:54 | 書評
「民法入門」(第6版)(有斐閣双書)
幾代通,遠藤浩編
B5版,300ページ


 英文の内容を正確に理解するには,英語の能力だけでなく専門知識も当然必要になる。法律分野では法律の基本的な仕組みや理論を体系的に押さえておくことが必要だろう。第何条に何が書いてあるかといった実務的な知識は必要ないが。
 日本の法律は主として6つに分化され,六法と呼ばれている。そのうち民事の分野は民法が基本になるので,翻訳者としてはぜひ民法を一通り学習しておきたい。英文の法律文書を訳すときも,日本の民法の知識があればそれを手がかりに,内容をより深く理解することができる。
 有斐閣双書の「民法入門」(第6版)が最近発売された。初版の出版が1972年というから, じつに40年間も続いたことになる。この第6版で注目したのは編集の仕方。旧版を見たことがないので比較はできないが,この版は実質的に第2章の「契約」から始まっている。世の中が契約社会であることを考えると,「契約」から説き起こすのは自然なことである。だが,民法の参考書や教科書の大部分はそういう編集にはなっていなくて,一般原則の「総則」から解説を始める。これは,日本の民法がドイツ民法の編さんに準じてパンデクテン方式を採用しているからであろう。パンデクテン方式とは,簡単に言えば民法全体あるいは編に共通する原則を最初に配置し,その後に具体的な個別規定を配置するというもの。法律の原則は抽象的なので,それを最初に解説されると予備知識のない人にはやたらに難しく感じられて,面白くもなんともない。
 その点,この「民法入門」の編集方針は初学者にとってわかりやすい。カバーに「短期間に民法の全容が修得できるように工夫した入門書」と表記されているとおり,範囲も親族法と相続法まで包括的に取り上げている。300ページ足らずの小冊子なので,解説が広く浅くなる傾向はやむを得ないかもしれないが,民法のような大法典を一冊にまとめた編集者の手腕は高く評価できる。ある程度の予備知識があればどこからでも学習することができる。
 執筆者は総勢19名で,それぞれの分担箇所に執筆者の氏名が表記されている。書き手がこれだけ多いと文体がバラバラになって読みにくいのではないかと気になったが,文章は意外に統一されている。編集者の方であらかじめ調整したということかもしれない。一人の執筆者が書いた場合のように文体に統一的な個性が感じられないのは,やむを得ない。この種の解説書には,情報が誤解なく伝わる飾り気のない文体がよい。一文の長さを短めにし,なるべくやさしく論述してほしい。
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