時の泉庭園

小説は、基本、ハッピーエンド。
話は、最後まで出来上がってからUPなので、全部完結済み。

(^◇^)・・・みん兎

君思えども見えず 1

2010-11-11 10:02:22 | やらへども鬼
 前にUPしたやらえども鬼の続きもの書いてしまいました・・
 
 間が空いてるのと。
 アクセスも0ではないようだし、何となく設定がわかるような個所は、書き加えたのですが・・
 もしよろしければ、カテゴリーの「やらえども鬼」をクリックして、過去の話もどうぞ。
 



「君思えども見えず」  やらへども鬼 その三

繁栄を詠う平安の京は、今が盛りと光り輝いていた。光があれば、また影も存在すること然り。我が世の春を謳歌する貴族たちをも悩ます、闇のもの。
怨霊、悪霊、鬼・・はたまた、夢見・・軽いものから、重いものまで、これら一手を引き受ける退魔師、陰陽師といわれた人たちが平安の京にはたくさんいた。
あるところに、父君は公卿の高貴な身分、母君は、陰陽師の家柄・・の姫君がいました。姫君は、さる宮さまの奥方である一方で・・世間には内緒のお仕事、町の陰陽師をしていましたとさ。
姫君のもとには、日々、様々な出来事がおこります。
さて、今日は彼女にどんな話が舞い込みますことやら。
今は昔・・いずれの御時か・・・・。この物語もはじまりは、そんな感じで。
 

欠けた月が出ている。
今日は、星が燦然と冴え渡る夜空ではなく、雲がたくさん流れ、何となく薄暗い夜だ。
それでも、最近聞こえ始めた、秋の虫の声など、縁に腰かけて聞いていると、しんみりと趣深いものだ。
雨水(うすい)は、狩衣姿の、寛いだ格好。
どうかするとまだ、暑いので、涼しく見える白の狩衣。開いた肩口から、濃い青色が見えていた。
建物の廂の間に置かれた箏の前に座っているゆりと話をしながら、やっと涼しくなった夜の庭の風情を楽しんでいた。・・・狩衣は、その名の通り狩りの時に着用しても、楽に身動きが出来るかたちで、普段着。女のもとを訪れる時は着ないものだろうが、これは、この際仕方がない・・か。ゆりは、うんと頷いて、目の前の箏を一音つま弾く。
目をつぶって、また、一音。・・・・・そうやって、ひとつ、またひとつと、音が増えていく。曲を弾くのではなくて、音を楽しんでいるみたい。箏はこの屋敷にあった物で、弾いたことがないその琴の音を確かめていた。
彼女の手の動きにつれて、明るい萌黄の袿の袖からこぼれた単衣や重ねた衣がのぞいて、さらさら・・と音を立てる。萌黄の袿は、裏の衣の色が表に少し見えるように仕立てられているので、蘇芳色の愛らしい色で縁取られていた。
その色目を見ながら、出がけに侍女のまとのが、はりきって着せてくれたのを思い出して、ゆりは、ちょっと苦笑い。・・何て言ってたっけ?
ああ、そう。「忍ぶ恋・・にかけて、忍ぶという色目にしてみました。でも、ゆりさまに合わせて、なるべく明るいめの爽やかな萌黄で仕立ててもらいましたよ。」喜喜としていた。そこまで張り切らなくても・・と思い、はっと気付く。
 でも、これじゃ、人目を忍んで会ってるふうにみえないかも。
いつもと変わらない、穏やかな空気が流れている。
それは、ゆりにとっても大事な時間だけれど、今は、それらしく、見えないと困るのだ。・・・これ、仕事なんだよね。・・・・・・・。心のなかで、つっこむ。
「雨水・・・・。え~っとね。あの・・・。」
「ゆり姫・・・?」
 雨水がゆりの瞳をのぞく。その視線を受け止めて、ゆりが躊躇をする。雨水は、訝しげな表情を見せ、縁の縁に腰かけていたところから、移動して来る。
さらさら・・と、静かな衣擦れの音が近づく。
「あ・・いや・・別に・・・。」
 雨水が慣れた仕草で、ゆりのすぐそばに寄って来て座ってる。それは、ゆりの方も同じことで・・・・同じことなのだけれど、わずかな逡巡。ま、いいっか。ゆりは、心の中で、割り切ることにし、差し出された雨水の腕に静かに身を沈める。
「どうしたの?落ち着かない?」
「う~ん。どっからか、見られてると思うと、やっぱり・・ね。それに。」
 顔をちょっと上げて、すぐそばの雨水の目を見る。
「物語の男君と女君みたいにしてればいいって・・まとのが言ってたけれど。依頼主の頭の中将さまと、愛する女君に、遠目で見えるかしら?」
「ああ、それは違う。依頼主は、中将さまだけど、女君の相手ではないよ。」
「え?・・・てっきり、あっちこっち手を出してるから、ややこしいことになってるのは、中将さまかと。」
ゆりが呟いた時、部屋の奥の御帳台(みちょうだい)の影の暗がりから、声がした。
「ひどいな、ゆりどの。日頃、私のことを、どんな目で見てるんだい。それより、君達、夫婦のくせに、ぎこちないぞ~。そこで押し倒せとは言わないが、さっさと御帳台のほうへでも移動して、誤魔化せよ・・・。」
 その声に、ぎょっとなったゆり。
「ちょっ、中将さ・・?もご。」
 ゆりの口には、雨水の手がそっと押しあてられている。雨水の腕に力が入り、慌てて、腰を浮かしそうになった彼女を押しとどめる。勢いぎゅっと抱きしめられた感じになる。
「おびき出す怨霊をどうしても見てみたいって言うので、そこに隠れてもらっていたんだ。」
「・・物好きね・・。それなら、いるならいるって、言ってくれればいいのに。」
 ゆりは、ちょっと頬を赤らめ、一応文句も言ってみる。この頭の中将は、雨水やゆりの身元を知っていても、受け入れてくれる奇特な人で、旧知の間柄だ。しょっちゅう、二人に、依頼をくれる、お得意様でもある。雨水が、腕の力を緩める。
「ちょうどいい。御帳台の中へ。本人から、事情を聞く?」
「・・・そうね。」
 雨水の、片手が奥の御帳台を示す。ゆりが頷くと、彼に誘われるような形で、そちらの方へ移動する。御帳台は、寝殿の主の居場所で、中に座席が設えてある。
上から布の垂れ下がった囲いで、見た目は、天幕で造られた小さな部屋のようでもあり、天蓋付きベットのような趣でもある。座席があるが、もちろん、横になることもあるので、まさに寝所そのものかもしれないが。
ともかく、近くに寄って来ない限り、人の目に晒されないようになっているので、外からは伺えない。いい雰囲気の男と女が、そんな場所へ引っ込んだのだから、垣間見る人がいれば、当然、想像されるのは・・・・・。
ゆりたちのぎこちな~い感じを誤魔化すのは、そっちの案に乗ったほうがいい。
 垣間見る・・・人・・・ではないか。ゆりは、考えて目をぱちぱちさせた。
この依頼はもともと、ゆりに来たものではない。
もちろん、依頼は、この屋敷に出る怪現象を取り除くことであるのだけれど・・・。
それが、この屋敷で、カップルがいい雰囲気になった時に現れる現象なので、ゆりにも協力してくれと頼まれた。だから、ゆりは、詳細は聞いていない。
「鬼が出るねえ・・・。本当に、じっと、立っているだけなの?」
 御帳台の厚い帳越しに話をする。
「ああ。害を及ぼすこともないらしい。この家は、親しくしてる人から頼まれた。参議の兼雅どの。亡くなられているが、父親は、ゆりどのの父上の一番上の兄上ではないか?会ったことは・・ない・・な、きっと。」
「ええ。実は私、父方の繋がりで知ってる従姉弟は、兄上だけなの。」
 けれど、子供の時に養子になって以来ずっと兄として親しんできたので、厳密に言えば、従兄妹に分類していいものかどうか・・・ゆりは、考えた。
 兄弟で、行き来はあるようだが、ゆりは父の大納言の暮らす本邸で育ったわけではないので、伯父や伯母といった人たちのことは名前くらいしか知らない程度だ。
深窓の姫はそうそう、人に会わせることはない、ということを抜きにしても、ゆりが普通の姫と違う事情を抱えているので、大納言も殊更、外では姫の話を避けているようなので、逆に向こうがゆりの存在を知っているかどうか・・というくらいだ。
従兄妹どうしとはいえ、遠い存在だ。
「人柄とかわからないけれど、それが何か?」
「いや。別に、知らなくても、よくある話だ。兼雅どのが、この別邸で、女と過ごしていた。」
「・・・その言い方。奥方様じゃないのね・・・・・・。」
「まあな・・。方違えと称して、ここで数日過ごしたというわけさ。もっとも、怪現象のお陰で、ゆっくり親しくすることも出来なかったみたいだがな。」
「奥方さまの生霊じゃないの?」
 あきれた表情を隠しもせずに、ゆりはちょっとばかし、ご機嫌悪い反応だ。中将は、ゆりの傍にいる雨水がとばっちりを受けるのではないかと思い、一瞬だけ、気の毒に思う。世の奥方が角を出しているときは、ご機嫌をとる為に、男は弱いものだ。もちろん、この場合角というのはあくまで例えで、雨水がどうこうしたというわけではない。けれど、へたに宥めたら、不機嫌の虫の矛先が向きかねない。
だが、ここで話をきるわけにもいかない。かまわず先を続ける。
「ところが、どうもそうではないらしい。気味の悪い話を兼雅どのが友人たちに話して、肝試し方々、ここを使わせてもらった者たちが全員、見たんだ。」
「へえ~。物見高いっていうか、穢れにわざわざ遭いに行く人もいるんだ・・・って、全員、わけありの女連れ?当然そのあとご祈祷やなんかで、お仕事は休みよね。職務怠慢だわ。」
ふうう・・とわざとらしく、ため息をつくゆり。
「・・そうだな・・・害を為す事もないらしいが。ここは、なかなか意趣を凝らした庭があり、別邸ではあるが、使えないんじゃ、仕様がない。私に、いい陰陽師を紹介してくれと・・話がまわってきたわけだ。」
「何故?それぞれ、懇意になさってる方がいるはずじゃ・・・。」
「それは、雨水どのと私が懇意にしているのを知って・・・その、何故か、雨水どのは、あの院のもとに監視かたがた出入りしている若いが凄腕の陰陽師と評判になっているらしい。それで、奥方に内緒にしたい兼雅どのから、頼まれた。」
 雨水が身じろぎした。どうも、居心地悪そうだ。
「・・はげしく誤解があるようですが・・・。詳しく弁解することもできませんね・・。」
 雨水は、本当は院の皇子。ゆりと同じく、世間にはそのことを隠して、一陰陽師として通している。雨水の父の院は、実はちょっとした問題があって、その事件に係ったから、ゆりと雨水はこうして一緒になったのだが、その事件で、鬼になりかけた院は、今は平静になり、療養中で、静かな日常を送っている。
そんな父のもとに、見舞いに度々訪れるのも、子としての情は当然だが、院に出入りする者に面がわれては、雨水にとっては、不都合だ。事件前までは、院の御子として知られていなかったので、世間には院の皇子の顔を知る者は少ないので、今のような生活が出来るのだから・・・。そのまま知られないままの御子でいたほうが、雨水にとって都合がよかったのだが、院のもとに留まったのは、やはり心配が残っていたからだ。住まいは別でも、しょっちゅう顔出しが可能な方法を模索したのだった。
院のもとには、事件は知らない者がいないほどなので、下仕えさえもなり手が少なく、院の御所とは思えないほど人目が少ないが、無人というわけではない。いちいち人を遠ざけるのも面倒で、最近では、偵察よろしく帝からご機嫌伺いに遣わされた、よくやってくる陰陽師として通している。
雨水を院の皇子と知っているのは、そこでも、ごく少数の者だ。
「うん。すべて話せることでもないしな。」
 雨水が、上衣の首の括りの紐をしゅるっと解く。
狩衣の上だけ脱いで、御帳台からわざとはみ出すように、置く。
「・・・うまく騙されて出てくればいいのですが・・。」
 ゆりも、慌てて羽織っている袿を肩から滑らせ、見えるように置いておこうとする。雨水の手がそれを止める。
「ゆり姫。裾だけ見せておくといいよ。いざというとき、ここから出れないだろう?」
「あ・・うん。」
ちらりと分厚い奥の帳のほうを見て、ゆりが頷く。
「一体、どんなのがでてくるのかしら・・・出て・・って・・え?」
 廊下の向こうから、騒がしい声が近づいて来る。床板を踏みならす数人の人の気配に、思わず外へ出て確かめようとした時、その女は飛び込んで来た。


 御帳台の写真 こんなのです。




一応、平安という時代設定ですが、「しのぶ」という重ねは、この時代にはどうやらなかったようです。
京都書院アートコレクション(文庫)かさねの色目から、名前が気に入ったのでこれにしたのですが、
とりあえず、明記しておきますね。