標記作品の画賛にはこう書いてある。
「此世にしたぬしくあらは来ん世ニハ 虫に鳥にもわれハ なりなん」
令和の新年号で、学校時代に聞いたことのあるその名前が再び呼び戻された、大伴旅人。
思いがけなく、すっかり有名になり登場した『万葉集』の大伴旅人の歌、これが小川芋銭『草汁漫画』秋の部の「虫に鳥にも」の図に書いてある画賛。
画像を見ると、瓢箪の世界に誰かが寝転んで本でも読んでいる風である。瓢箪の上方には紅葉が2葉。虫という言葉が賛にあり、紅葉も描いてあるから、確かに秋の部の図像だ。
瓢箪の中には、賛に合わせてか、既に鳥も飛んでいる。一つの世界、宇宙になっている。
寝転んで本を読んでいる人物は、既に酔っているに違いない。なぜなら、大伴旅人の上の和歌は、上機嫌に酒を誉める13首の連作に属するものだからだ。
験(しるし)なき物を思はずは一坏(ひとつき)の濁れる酒を飲むべくあるらし
これは、その連作の最も有名な歌だが、実は芋銭のこの図にもっと相応しい歌もあるのだ。
なかなかに人とあらずは酒壷(さかつぼ)に成りてしかも酒に染みなむ
芋銭の描くこの図の瓢箪は、従って、まさにこの歌人の、むしろそこに閉じこもっていたい、いや、それになってしまいたい、という酒壺世界の表現と言ってよい。
「虫に鳥にも」の人物、たぶん旅人、または彼に共感する芋銭その人でもよかろうが、その人物が、なぜ、瓢箪の形に囲まれているか、これでもうはっきりしたろう。